26.作戦会議。

 †


「面倒だが作戦会議だ」


 訓練を終えた久遠たちはシエルの執務室へと移動していた。大机を四人で囲んでいる。


「まずこの隊での基本戦術を意思統一するぞ。役割を単純に振り分けると、クオンは近接戦闘型、嬢ちゃんが中距離支援型、ウィズが中距離戦闘型、んでオレが万能型ってとこか」


 机には手記記録の烽戈ふか式が組み込まれていて、白紙の画面が浮かび上がっていた。そこへ、現時点での情報をシエルが指で書き並べていく。


 久遠は拳を口に当てながら思考し、故郷では経験のない異種族混成隊の戦い方を脳内で探っていった。


「基本的にまとまって動くのが最善だが……。シエルと、状況によっては俺も単独行動して大丈夫か。逆に、あんたは絶対一人で行動するなよ。戦場が怪我人で溢れかえっても絶対にだ」


 キツい調子で言う久遠に、セツナはたじろいだ様子だ。


「わ、わかってるわよ」

「ほんとにほんとだな? 医療隊として赴くわけじゃないことも忘れるな」

「しつこい……! けど、前科あるから反論できないわ。約束するってば!」

「よし。それと、あんたの羽根を使った烽戈ふか術だが、自分以外を飛ばすことはできるか?」

「できるけど、自分に使うほど上手くは飛べないわ。人数が増えるほど速度も機動力も移動可能距離も落ちるかな」

「十分だ。翼族フィングの隊の基本戦術は、高機動を活かして戦場を掌握した上での要所攻撃。あんた一人の烽戈ふか術で再現するのは難しいが、同じような動きはできそうだ」


 セツナの烽戈ふか術は羽根を使った重力操作、そして形状変化による物質構築が主になる。機能が落ちるとはいえ、自分以外を飛ばせるのなら戦術の幅は広がりそうだった。


 久遠の意見に賛同するようにシエルも頷いている。


「嬢ちゃんの烽戈ふか術は移動手段以外に、戦闘中のサポートにも有効だろう。ただしそっちは連携の訓練が必要になるな」

「みんなの足を引っ張らないよう頑張ります!」


 シエルの言葉に、セツナは俄然やる気になって握り拳を作っている。


「で、ウィズは俺ほどではないが旅人族ノマド烽戈ふか術に精通している。単独でもそれなりの働きはするだろうが、クオンと連携した方が効率的だ。二人でよく合わせておけ。そこへ嬢ちゃんのサポートも加える感じだな」

「よろしくお願いします、クオンさん」

「あぁ。……だが、シエル」

「なんだ。なんか文句あんのか?」

「俺たち三人での戦術に異論はない。だが俺に純粋な鬼族オウガほどの火力はないぞ。朱桐隊でも決め手は他の連中で、俺は補佐的な役割を担うことが多いからな。最大火力という意味では、お前を絡めた方がいいと思う」

「最大火力も連携でなんとかしろ。特にお前の烽戈ふか印を斬る刀術は貴重だ。あれを有効活用できるようにしておけ」


 通常は触れもしないはずの烽戈ふか印を久遠が斬ることができるのは、ヒト族ヒューマの血のおかげだった。

 ヒト族ヒューマ烽戈ふか術は旅人族ノマドの下位互換。多様性はある一方で、威力や精度が脆弱だった。

 しかし久遠は、そのおかげで純粋な鬼族では扱えない類いの烽戈ふか術を編み出すことができ、烽戈ふか印斬りはその最たるものだった。


 しかし、機械獣ビスキウス烽戈ふか術を使ってくることはないから、模擬戦やランク戦で使うくらいしか用途がないのが現実だ。

 将来的に放浪者たちが戦場に直接投入されるのではと考えられていることもあって、それに備えて鍛えているというのが本音だった。


「あれは戦場では使い道ないんだが……ランク戦重視でいくのか?」


 探求者シーカー同士での戦いでなら烽戈ふか印斬りが活きることもあるだろう。ランクが上がるほど、与えられる特権や役割が増えていく。長い目で見れば重要ではあった。


 これにシエルは悪戯げな笑みを浮かべた。


「よろこべ、クオン。オレがあちらを抜けてくるとき、機械族マキナ旅人族ノマド放浪者ロトス機械獣ビスキウス烽戈ふか術を扱わせる研究をしていた。おそらく、次の襲撃には導入してくる。お前の力、存分に振るえるぞ」


 これにクオンとセツナは戦慄した。

 とてもじゃないが歓迎することではない。ただでさえ激しい戦場が、より厳しさを増すことは明白だった。


 それでも心のどこかで、自分の力が活きる場所を与えられることに喜ぶ自分もいて、久遠は舌打ちしたくなるような気分になった。


「あと、オレはお前らと馴れ合う気はないからな。指示したとき以外、オレのことは無視して戦え」


 ついでのように加えられたシエルのこの発言にウィズが眉をひそめた。セツナも困惑の表情を浮かべている。


「隊長のあなたがそんなことを言うのですか? 万能を自称するなら、あなたもクオンさんやセツナさん、おれにも合わせて戦うべきだと思います」

「うーん、私もウィズと同じ意見かな。同じチームなんだもの。高め合ってこそよね」


 同調する二人を前にしたシエルは久遠に目配せした。


「クオン、お前の口から言ってやれ」

「隊長はお前だろう。統率しろよ」

「お前が言った方が早い」

「……了解だ、隊長殿。いいか、二人とも」


 久遠が切り出す。セツナもウィズも聞く体勢になってくれているし、聡い気質だから説明すれば分かってくれるだろう。


「たしかに二人の言うとおり、隊では連携するのが基本だ。よほど戦場が分散しないかぎり固まって動くからな。ただ、飛び抜けた実力者がいる場合はちょっと話が変わってくる。自力の差があまりに大きいと、上のヤツが下に合わせることになって、これは良くない。せっかくの戦力を殺す必要はないだろう」

「それでもおれは、力を合わせた方がいい場面もあると思いますが」


 意外にも反論したのはウィズだった。父親であるシエルの力量は知っているはずだからすぐにでも理解してくれそうなものだが、そうでもないようだ。逆にセツナは久遠の見解を素直に聞き入れている様子だった。


「もちろんシエルと協力することもあるだろう。でもその場合、二人がシエルを補佐という形ではなく、二人に補佐してもらった俺が、シエルと共闘という形の方がいいだろうな。加えて俺はシエルを邪魔しないよう間隙を埋める感じで動く。しゃくだが、シエルにはそれだけの実力がある。——それでいいか、隊長殿?」

「ま、オレ一人で手に負えないような相手がもしいたら考えてやるよ」


 ウィズはまだ何か言いたそうにしている気もするが、あまり感情を表に出さない少年だから真意は窺えなかった。


「……わかりました。おれはクオンさんとの連携、一応単独でも戦えるよう準備しておきます」


 一応の了解を得られたから、それで良しとする。


「じゃ、次はひと月後に迫った襲撃についてだ。さっきも言ったとおり、機械獣ビスキウス烽戈ふか術を使ってくる可能性がある」


 シエルが話を進めた。


 シエルがヒト族界エル・ノマドにもたらした情報によると、ひと月ほど後に第八界エイティスヒト族界エル・ヒューマへ大規模な襲撃を行うらしい。ヒト族界エル・ヒューマ探求者シーカー支部がこれを本部に報告し、各世界の七人の神族デウスが検討した結果、どうやら事実らしい。


 戦力に関してはまだ把握できていないそうだが、シエルの情報を信じれば近年探求者シーカーたちが手を煩わせている人型機械獣ビスキウスの最新型が投入されるとのことだ。


 そんな相手が烽戈ふか術を使うとすれば、これまでの戦場が根底から一変する恐れがあった。上層部がシエルを参加させた判断も頷ける。第八界エイティスにいたシエルの知識は貴重だし、そもそも実力が桁違いなのだ。


「と言っても、やることは変わんねぇわな。今話した形で問題ない。基本的に固まって動く。オレは単独、お前らは三人で連携。必要が生じればオレとクオンで共闘だ」


 久遠とセツナが頷いた。ウィズも沈黙することで肯定としている。


「あとは訓練しつつ追々だな」

「了解した。俺は訓練室にもどる」


 緊迫か高揚か曖昧だが、心臓の高鳴りを感じていた。無性に身体を動かしたい気分だった。


「あ、私も行くわ」

「おれももう少し術を試したいです」


 同じように士気が高まっているらしいセツナとウィズと共に部屋を後にしようとした。

 しかし、思い出したようにシエルが放った言葉に、久遠は動揺を隠すことができなかった。


「あぁ、そうだ久遠。今、次の襲撃に備える会議がヒト族界の支部で行われている。鬼族オウガの代表はお前の姉だ。せっかくだし久々に会っておけ」

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