22.記憶。
‡
夢を見ていた。
これが夢だと瞬時に理解できるのは、それだけ何度も見てきたからだ。その度に結末が変わらないものかと願ったが、何度繰り返しても変わらぬ最後にセツナは苛まれるほかなかった。
——すべての種族が手を取り合って、放浪者から七部族連合を守る。
調和を志すことだけでなく、自分たちが弱きを守るという方針もまた甘美だった。
傭兵、あるいは異種族ながら仲間として招かれた
「いってくるよ、セツナ」
「うん! いってらっしゃい、兄さん!」
戦場に赴く兄はいつも、優しげに頭を撫でてくれた。その手には銀色の紋様が浮かんでいる。銀の紋様は
若くして優秀な隊長だった兄はセツナにとって誇らしかったが、同時に怖くもあった。幼かったセツナは覚えていないが、父も母も
もちろんセツナは戦場を知らないが、兄がいなくなることに対する恐怖が、幼いセツナの心に戦場の恐ろしさを植えつけた。
兄はいつも笑顔で塔に帰ってきたが、怪我をしていることもあった。
セツナを不安にさせまいと何でもないことのように振る舞う兄を見るのが辛く、何もしてあげられない自分自身をセツナは恨んだ。
——だから医術だった。
兄が傷ついて帰ってきたとき手当てしてあげたい。その一心だった。
幸いにもヒト族界は七つの種族の中で最も医療が発達している。軟弱なヒト族ゆえに、救命の術が研究され進歩してきた結果だ。
セツナは持てる時間を全て費やして医術書を読み漁り、やがて独学に限界が来ると、師を求めた。名医と名高い機械族の女性に懇願すると、最初はにべもなく追い払われたが、しつこく頼み込んだことと、幼いセツナがすでに並みの医者以上の知識を有していることを知って、特別に弟子入りを許された。
幸運なことに才能もあったらしい。ヒト族年齢で十五になった頃には、難解な手術もこなせる医者になっていた。
傷ついて帰ってくる兄の手当をしてあげたいという願いが、戦場に赴く兄の助けになりたいという想いに変わるのは必然だった。
「セツナがいてくれるから、俺は安心して戦えるな」
そう言って兄は、昔から変わらない優しさでセツナを撫でた。
「兄さん。私、もう子供じゃないのよ?」
年頃のセツナは気恥ずかしくもあったが、やはり兄の手は心地良くて拒む気にはなれなかった。
こんな幸せがずっと続けばいい。そんな都合良くはいかないのが人生だと頭では理解していたが、幸福を噛みしめる日々が続けば続くほど、そんな事態は想像もできなくなっていった。
——兄が呪授者だった。
その知らせを聞いたとき、セツナはヒト族界の医療部隊の一員として待機していた。戦闘終了後に救命石の発動した
当時は、まだ呪授者の判別が今以上に不正確だったから、呪授者の暴走は一つの災害のような扱いだった。
これは現実かと疑うような、地に足着かない状態のセツナは、それでも兄の知らせが誤報と信じようとした。ここに残れという師匠の言葉にも従わなかった。
師匠の制止も聞かず、すぐさま戦場となった
巨大なビル群が倒壊し、あちこちで火の手が上がっていた。力尽きた
そのなかに、ぼろぼろになった兄は横たわっていた。
救命石が発動した痕跡はあったが、どうやら兄の暴走した
兄の周りには、救命石の発動した者が何人もいた。多くが兄の隊の隊員たちで、セツナにとっても塔で共に暮らす家族のような存在だった。
隊員たちは兄を止めようとして返り討ちにあったらしい。兄が得意とした、羽根を刃に変える
「兄さん——ッ!!」
セツナは横たわる兄に駆け寄り、その凄惨な姿に息を呑んだ。それでもすぐに状態を把握しようと動けたのは、医者として日々研鑽してきた賜だろう。
心臓が止まっていた。それで暴走は収まったらしい。一度心臓が止まれば、呪授者の呪いは消えると、何かの文献で目にしたことがあった。
すぐさま開胸して、治療を施した。外傷も内傷もひどかったが、心臓を動かすことができれば、兄は持ち前の
いくら兄が
医者としての冷静な部分がそう告げたが、湧き上がる感情に蓋はできなかった。
セツナは必死に唯一の肉親を助けよとした。
露わになった心臓を握って圧迫し、そうしながら
やがて、一度だけ、掌の中で兄の心臓が鼓動した。
兄の手の紋様から一枚の銀の羽根が舞い上がり、セツナの金の羽根たちの中で舞った。
その兄の手がゆっくりと持ち上がり、セツナの頭へ置かれた。
「——ごめんな」
虚ろな目で、それでもまっすぐにセツナを見てそう告げた。
何に対しての謝罪かセツナには分からなかった。
妹を独り残していく未練か、自ら傷つけてしまった仲間たちへの詫びか。
あるいは、その両方か。
いずれにせよ、兄がそれ以上を口にすることはなかった。
頭に置かれた手がだらりと落ちて、瞳を見開いたまま息絶えた。
セツナの羽根と共にあった、兄の羽根が銀色に燃え上がって消失した。
その先のことはあまり覚えていない。
追いかけてきた師匠が何か言っているのが聞こえた気がしたが、意識を手放そうしているセツナの耳には届かなかった。
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