19. 思惑。隊の結成……?

 †


 久遠にとって退屈そのものと予想していた学園の生活は、意外にも新鮮なものだった。


 学園では一部の必修講義を除いて、自分で好きな科目を選んで受けることができた。

 鬼族の烽戈ふか術や戦闘術しか知らない久遠にとって見識を広めるにはもってこいだったし、何より驚くべきは講師の顔ぶれだった。

 かつて名を馳せた各種族を代表するような元探求者シーカーたち、中には今もランクに名を連ねるような者もいて、いったいどうやって彼らを招いたのか不思議になるほどだ。


 実技訓練においても、純粋に久遠と競ることのできる学生こそ稀だが、独自の術を日々伸ばしている者たちばかりで、初見では苦戦することもしばしばだった。


 そんな中、久遠がもっぱら傾倒したのは烽戈ふか術の開発だ。鬼族オウガヒト族ヒューマの混血である久遠は、鬼族オウガ独自の烽戈ふか術を万全に使いこなすことができず、だからこそ烽戈ふかによる身体強化や、刀術に力を注いできた。

 しかし、学園で学ぶにつれ、もしかしたら他の種族の烽戈ふか術を応用すれば、自分はもっと強くなれるのではと感じるようになっていた。


 現在、久遠が扱えるのは烽戈ふか印を断つ烽戈ふか刀術と、鬼族オウガが得意とする火の烽戈ふか術の一部分だ。ここに他の術を加えることができればと、日ごとに胸は高鳴った。


 そして多様な烽戈ふか術の使い手という点において、飛び抜けていたのはやはり旅人族ノマドだった。

 どの種族もある程度、術の方向性が決まっているのに対し、彼らの術は多岐に渡るし、そのどれもが段違いの質を誇っていた。


 学園には長らく旅人族ノマドの講師がいなかったらしい。もちろん旅人族ノマドの学生も皆無で、ウィズが記念すべき一人目だった。


 そしてウィズと時を同じくして、旅人族ノマドの講師が就任している。


 久遠、そしてセツナとウィズは、その旅人族ノマドの講師に呼び出されていた。


「おまえらには今後、俺の下で戦ってもらう」


 椅子に腰掛け、本に目を落としたままでシエルが言った。彼個人に与えられた、学園内の一室でのことだ。


 意外なことに、部屋は本で溢れかえっていた。本棚に入りきらなかった本が床にまで積み上がっている。

 そのほとんどは烽戈ふか術に関するもののようだが、旅人族ノマドの言語で書かれているようで、久遠には表紙の題目すら読み取れなかった。


「模擬戦のときも、そんなことを言っていたな。一体なんの話だ?」


 先日の模擬戦に乱入して、久遠を圧倒してみせた者と同一人物とは思えない落ち着き払った態度に多少困惑しながら久遠が言った。


「なんだクオン。ずいぶんな口をきくじゃねぇか。もっと強力な術で痛めつけてやるべきだったか?」


 ようやく読んでいた本から視線を上げたシエルは、いくぶんか先日の雰囲気に戻っている。翡翠ヤーデの双眸が剣呑な光を湛えて久遠を見た。


「ぜひまた手合わせ願いたいな。良い勉強になる」

「なんだ、妙に謙虚じゃねぇか。身の程をわきまえているあたりは将来有望。ま、いつでも相手してやるからよ。少々面倒だが、契約のひとつでもあるからな」

「話が見えないが……俺たちがお前の隊に入るとかいうのも、その契約とやらによるものか?」

「そうだ。オレの素性は嬢ちゃんやウィズから聞いているか?」


 シエルが、セツナとウィズをちらりと見ながら言った。


「大まかにはな。第八界エイティスを抜けて亡命してきたんだろ?」

「亡命って言い方は気にくわねぇが、まあそんな感じだ。で、そんときにヒト族界エル・ヒューマと取り引きしたわけだが、そいつにヒト族界エル・ヒューマ探求者シーカーとして戦うことと、お前らガキのお守りも入ってるってわけだ」

「それで、あんたの隊に俺たち三人を加えたいって?」

「手土産に第八界エイティスの動向も教えてやってな。近々大規模な襲撃がある。戦場となるのはここヒト族界エル・ヒューマだ。被害を抑えたいお偉いさん方は俺にも戦えとさ。俺は好きに隊を組むって条件でそれを受けた」


 久遠はじろりとセツナを見た。

 セツナは気まずそうに目を逸らす。セツナがシエルと面識があることは知っていたし、大規模襲撃や、それにシエルが参戦することも聞いていた。しかし自分やセツナが巻き込まれることになるのは初耳だった。


「あんた、自分の隊を作りたいんじゃなかったのか?」


 一向に視線を合わせようとしないセツナに尋ねた。


「もちろん将来的には、ね。でも、いきなり医療隊の存在を認めさせるのは難しいし、まずは通常の戦闘隊として実績を残さなきゃ。シエルさんの隊なら、確実に選抜される。それに……協力すれば将来、ウィズを私たちの隊にくれるっていうから」


 ウィズの入隊を予定と表現していたのはこういうことかとクオンは納得する。


 セツナの判断も妥当ではある。第八界エイティスとの戦闘は、一度に参戦できる人数が限られている。

 だからまずは一般兵として働き、折を見て医療隊の有用性を示していくという方針は間違ってはいない。

 それに、若いが実力ある旅人族ノマドが入隊するとなればセツナにとって渡りに船だったに違いない。


 ウィズ自身も塔での生活に馴染んでいるようだし、それに関して口出しするつもりもない。


「あんたの意図はわかった。そうなると確認が必要になるわけだが……」


 久遠は再度シエルを見た。また本を読み始めていたが久遠は気にせず続ける。


「シエル。おまえの狙いはなんだ?」


 ヒト族界エル・ヒューマの上層部は、並外れた実力のシエルを筆頭に、最強の精鋭隊を作りたいと考えたはずだ。シエルにとっても足手まといの学生を率いるよりその方が好都合のはず。

 それを蹴ってまで人選の権利を要求した理由が分からなかった。


 実績のある久遠や、実の子であり力もあるウィズはともかく、セツナを選ぶのは不自然といえた。


「なに、アハトへの嫌がらせだ」


 シエルはあっけらかんと答える。 


「アハト? 第八界エイティス神族デウス……会ったことがあるのか?」

「おいおい、俺はあっちにいたんだぜ。当然だろ」

神族デウスは、下々の者とおいそれ会わないもんだ」

七部族連合セヴァンス神族デウスどもはな。まあ、ヒト族界エル・ヒューマ神族デウスは比較的人間味があるようだが……、アハトはそれとも明確に違う。放浪者ロトスたちと積極的に関わり、こっちの世界を潰そうとしている」


 シエルがページをめくる音がやけに大きく響いた。


「なぜアハトを裏切る?」

「暇つぶし」


 単純かつ端的に過ぎる答えだ。


 久遠がその真意を捉えようとして、間ができた。

 シエルが顔を上げて、面白がるように久遠を眺めた。


「あまり深読みすんな。そのままの意味だ。アハトの野郎が機械獣ビスキウスを送り込むなんてまどろっこしいやり方ばっかしてるから、俺が参戦してやると言ったんだが却下されてな。それでこっち側についた方が面白そうと思ったまでだ」

「そんな理由で……」

「ガキには分からんかもしれんが、長く生きすぎると退屈するんだ。それに、ウィズに経験積ませるっていう意味でも、こっち側の方がいいしな。あっちは偏屈なヤツばっかで教育上よろしくない」


 これまでの流れから一転して、付け足したような言葉にこそ感情が込められているような気がした。そんな久遠の感想を知ってか知らずが、シエルは続ける。


「あいつの母親との約束でもあってな。面倒ではあるが、そいつを一人前に育て上げる」


 ウィズの母親、つまりは自分の妻との約束。

 息子の未来を想う親の気持ちは久遠でも想像することはできるが、それでもシエルの態度には何か違和感がある。

 そもそもこの男は、ウィズに対してどこか他人行儀なところがあるし、それはウィズの側も同じように思えた。


「年齢……実際のとこは知らんが、ヒト族ヒューマのものに換算すればお前らは年も近い。未熟者同士、ちょうど良いだろ? それと、嬢ちゃんは呪授者の呪いを解く術を探ることも、ウィズの身柄と引き替える条件にしている。呪授者はアハトにとって大きな思惑の一つだからな。邪魔立てしてやれば吠え面を拝めるかもな」


 また話がアハトへの嫌がらせへ戻っている。どこまでも真意の掴めない男だった。こんな男の下について良いのだろうかと思わずにはいられなかった。


「……入隊を断ると言ったら?」

「断らねぇさ、お前は」


 シエルは断定する。妙な説得力があった。


 有無を言わせない雰囲気が気に入らなくて、久遠は反論してみることにした。

 隣にいたセツナを親指で指して見せる。


「実績とウィズ獲得のために、おまえを利用したいこの人。それから息子であるウィズはともかく、俺にはおまえの下に着く理由がないな」

「居場所が必要だろう? 朱桐隊にはもちろん、今はヒト族界エル・ヒューマにもな。朱桐クオン、お前はそういうやつだ」

「……知ったふうなことを言うもんだな。お得意の術で、俺の人間性でも推し量ったのか?」

「一度戦えば、おおよそのことは把握できるものだ。お前は俺のことが分かったか? 何も感じ取れていないようじゃ、先が思いやられる」

「ふん。おまえが気にくわないやつだってことだけは確かだ」


 シエルがぱたんと本を閉じて久遠と向き合い、皮肉めいた笑みを浮かべる。


「なら、なぜ俺が気にくわないか考えてみることだ。しかしまあ……一応、俺の隊に入ることへの口実をやるよ。まず俺の術を教えてやる。それから、退屈しないよう戦場にも連れて行ってやる。どうだ? 学園で何年も無為に過ごすことはない。俺の元で強くなれ、クオン」


 そう言ってシエルは無造作に片手を差しだした。握手は、どの種族にも共通する絆の証だった。


 確かにシエルの提示する口実は、久遠には願ってもないものだ。シエルへの不信は変わらず消えなかったが、


「遠くないうちに実力差を覆してやる。後悔するなよ、師匠どの?」


 セツナとウィズが見守るなか、久遠はシエルの手を取ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る