15. 模擬戦。強種たる二人。

 †


 講堂で形ばかりの式典を終えた久遠たち新入生は、いくつかの班に分かれて別々の施設へ案内されていた。ウィズが言っていた通り、観客席の設けられた訓練場で模擬戦を行うらしい。


 久遠とウィズが案内されたのは一際大きな訓練場だ。

 天井のない円形の建物で、中央に正方形の舞台が鎮座し、その周りに待機者や観覧者のスペースがある。さらにその外側に、千人以上は収容できるであろう観覧席が、ひな壇状に取り囲んでいた。


 その舞台上にいた。


 舞台の四隅には、複雑な式を刻んだ柱がそれぞれ設けられている。その柱同士を烽戈ふかの青い光が走り、その内側、すなわち舞台上を淡く輝かせていた。


 救命領域の烽戈ふか式だ。

 この中にいる者が、予め設定された以上の傷を受けると自動的に対象者の時間が巻き戻され、損傷そのものを無かったことにしてくれる仕組みだ。


「よかったな。手加減の心配は不要になったぞ?」


 相対する対戦者に向かって久遠は言い放った。


「はい。全力でいきます」


 対戦者——ウィズがこともなげに応えた。相手が久遠で良かったと、もしかしたら心から思っているのかもしれない。


 多くの新入生の中から、あろうことか唯一の知人と対戦することになるのかと最初は呆れた久遠だが、改めて考えると当然の組み合わせなのかもしれない。


 新入生の半数以上はヒト族エル・ヒューマで、残りの異種族の中でも旅人族ノマド鬼族オウガはウィズと久遠の二人だけだった。

 それほど七部族連合セヴァンスにおいて旅人族ノマド鬼族オウガが特別ということでもあり、その潜在能力の高い者同士をぶつけることに異論はない。


 そんな二人の対決ということも大きいのだろう。

 観覧席には多くの上級生が詰めかけていた。


 その中に琥珀色アンバーの女性の姿を認める。

 と、久遠の視線に気付いた女性——セツナがひらひらと手を振った。

 一つ上級生となるセツナは文字通り高みの見物を決め込む様子で何だか面白くない。無視してやるとセツナがふて腐れた表情になったので、それも無視してやった。


「制限時間は十分。救命領域の発動、または降参、場外で勝敗が決する。武器および烽戈ふか術の使用は認められる。救命領域の設定値はレベル二だ。……用意はいいな?」


 舞台の側で教師が言った。


 救命領域の設定値レベルは一から五まで存在し、一は僅かな傷でも発動、五なら致命傷または身体欠損で発動といった具合だ。

 今回のレベル二なら、すり傷や軽度の打撲程度なら大丈夫だが、それ以上の傷だと発動してしまう。


 久遠とウィズの表情が引き締まり、互いに十全の構えをとった。


「——模擬戦闘、開始」


 教師の合図と共に、久遠とウィズの烽戈ふかが一気に膨れあがって会場を包んだ。肌を焦がすような熱と、殺気すら孕んだ圧に新入生はもちろん、上級生や教師たちも気圧されている。


 先に久遠が動いた。ウィズの烽戈ふかの膜を、自らの烽戈ふかで押しやり、次の瞬間には居合いの射程に辿り着いている。


 久遠は体外へ放出していた烽戈ふかを鞘の内に一気に閉じ込める。

 同時に体内を奔る烽戈ふかを加速。体幹、右肩、右腕、そして指先へと、居合いに最適な奔流が生まれ、身を焼き、みるみる心臓が脈動を早めた。


 左手で握った鞘がにわかに熱を帯び、中で烽戈ふかが爆ぜた。合わせて全身の力を連動させて刀身を抜き放つ。


 気付いたときには久遠が刀を振り抜いた姿勢でいる。誰もがそう錯覚する、目にも止まらぬ居合い斬りだった。

 端から見ていた者に視認できたのは、刀身に尾を引いた紅蓮の炎だけだろう。


「——流石に速いですね」


 そんな文字通り電光石火の一太刀を、ウィズは僅かに後退するだけで躱してみせた。袈裟に切り裂かれた外套が破れ、被っていた頭巾が脱げて黒髪と翡翠ヤーデの瞳が露わになる。冷然とした眼差しがまっすぐに久遠に定められていた。


 破れた外套から掌が差し出され、久遠に向けられる。

 そこに、蒼色の円環が浮かび出す。旅人族独特の烽戈ふかによる円環だ。


「ちッ……!」


 久遠は旅人族の烽戈ふか術に詳しいわけではない。

 それでも眼前の円環に、放出形の烽戈ふか術に共通する式列を見た。


 とっさにウィズの手首を掴み、上へ矛先を逸らす。その瞬間、圧縮された空気の爆ぜる音が耳を打った。円環から風の弾が轟音を伴って放たれ、遙か上空の厚い雲に大穴を空けた。


 穿たれた雲が渦巻くのを見上げながら、観客が息を呑んだ。

 それほどの威力だった。


 久遠は意に介さず、次の行動に移った。

 掴んでいたウィズの手首を引き込み、そのまま背負って投げ飛ばす。


(——隙を与えると何をしてくるか分からない。連撃で圧倒する)


 旅人族ノマド烽戈ふか術の強みは何と言ってもその多様性にある。

 いちいち烽戈ふか印を編まねばならない代わりに、効果も用途も様々な烽戈ふか術を生み出せるのだ。


 対して鬼族オウガ烽戈ふか術は、体内で練った烽戈ふかで身体を強化するか、放出して活用するのが主流となる。多様性には少々乏しいが、戦闘下での瞬発力こそ強みだった。


 だから隙を与えない。……そのつもりだった。


 石畳へ叩きつけられたウィズは上手く受け身をとったようで、未だにその瞳は沈着に久遠を見上げる。


 久遠はウィズの腕を拘束したまま、手にしていた刀を逆手に持ち替え、迷い無く切っ先をウィズの心臓に走らせた。


 鉄の壁でも殴りつけたような掌の痺れがあった。

 見ると、突如現れた小さな金色の円環がウィズの心臓を刃から守っている。


「——お前こそ速すぎるだろ……」


 円環の生成速度が並みではない。

 簡素な烽戈ふか印とはいえ、こんなにも咄嗟に烽戈ふか術を行使する旅人族を、久遠はかつて見たことがなかった。


「光栄です」


 淡々と言ったものだった。言い終わるときには、久遠とウィズの足下に、今度は大きめの蒼い円環が生じている。

 咄嗟に飛び退ったが、今度はその手をウィズが掴んで離さなかった。


 瞬時の判断でウィズを引き起こして一緒に円環の外へ逃れる。その瞬間、先ほどまで久遠たちがいた空間が歪んでひしゃげた。

 見ると、円環の領域に取り残されていたウィズの外套の端が、圧縮されて塵になっている。あのまま留まっていれば二人とも塵と化し、問答無用で救命領域が発動したに違いない。


(相打ち狙い……?)


 久遠がそんなことを思っている間に、今度は紅い球体がウィズと久遠の上空へ生成された。

 熱を孕んだ烽戈ふか印の塊はさながら小さな太陽だ。


「また諸共か……!」


 膨張し、爆ぜた。


 一瞬にして視界に光が瞬き、全身が痺れるような爆音に聴覚すら失った。右も左も分からなくなる。

 それでも久遠は、天性の平衡感覚を頼りに爆煙から抜け出した。


 僅かに煙を吸ってしまった。咳き込みながら、涙の滲む目でウィズの行方を探り、はたして驚くべき光景をとらえた。


「とっさに烽戈ふかで全身を防御……。感嘆すべき戦闘センスですね、クオンさん」


 爆煙から悠々と姿を現したウィズはなんと無傷だった。


「直撃だったろ。どんな絡繰りだ?」

「おれにだけ作用しないよう編んだ攻撃です」


 平然と言ってのるウィズだが、個人を識別する烽戈ふか術など見たことも聞いたこともなかった。


「でたらめなヤツめ」

「お互い様です。それより、そろそろ本気を出して下さい。アカギリクオンの噂は聞いています。こんなものではないでしょう?」


 決して挑発するふうではない。実力者同士が相対しているのだから、手加減も教授も不要。ただ全力でぶつかるのが筋。そういう意図と知れた。


 無意識のうちに、身体を巡る烽戈ふかの圧が増して、供給元である心臓が軋んだ。痛むまではいかない、すでに慣れきってしまった感覚だった。


 諌めるように烽戈ふかを抑え込んでくる、耳飾りピアス烽戈ふか式が邪魔に感じられたが、あと二割増しの烽戈ふかなら流せるはずだ。さらにその先に踏み込んで激痛が伴ったとしても、しばらくは大丈夫だと経験で知っている。


「こっちも色々事情があるんだが……。まあ、おまえたいなヤツと本気で戦うのは面白そうだ」


 戦場を自分の居場所と決めた。だから必要とあれば命を削ることに逡巡しはしない。それが自分にとっての正道と久遠は信じた。

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