14. 比類。道すがら。
†
(やはり
案内人に導かれるまま敷地に踏み入った久遠は思った。学園への入学日だ。
今朝セツナに渡された制服は意外にもしっくりきた。
上級生となるセツナは今はいないが、彼女の制服も
隣を歩くウィズは、こちらも与えられた制服を着てはいるのだが、その上にいつもの外套を纏っていた。目深に被った頭巾から覗く
豪奢な
壁で囲まれた広大な敷地に、いくつもの建造物が建ち並んでいるのだが、いずれも異なる文化の産物のようだ。
とはいえ、ただただ乱雑然としているわけでもなく、中に入ってしまえば、これはこれである種の統一感を思わせるから不思議だ。
道の脇には豊かな自然も溢れている。そんな道の先に、母屋と見られる一際大きな建物が見えた。
窓には学生と思わしき人影が幾人も行き交っているのが見えた。
どうやらそこへ向かっているらしい。
「クオンさん、知っていますか」
ウィズが唐突に話しかけてきた。頭一つ分背の低いウィズの方を久遠が見やったが、当の本人はこちらを見てはいなかった。
「何をだ?」
「入学の儀では、おれたちの力量を見せる機会が得られるそうです」
得られるという口ぶりからは、ウィズがそれを望んでいるようにも察することができるが、実際は平坦に過ぎる声音で本心は定かでない。
そもそも、久遠はこの見知ったばかりの同居人が、果たしてどんな思惑で
「へぇ、身体能力やら
「いえ、それは明日以降らしいです。今日は模擬戦……という名目で新人同士が公開戦闘を行うそうですよ。教師陣や上級生たちへの顔見せも兼ねているのだとか」
「それは面倒だな……」
どの程度の相手と戦うかにもよるが、今まで共に鍛錬に励んできた
変な目立ち方をして面倒事を引き込むのは御免だった。
「……どう戦うのが正しいのでしょうか?」
久遠がげんなりとしていると、隣からそんな問いがあった。見るとウィズがこちらを見上げていた。
言葉に本心からの疑問と取れる響きがあって、久遠は意外に思った。
「どうするって、普通に戦うだけだろう。どうせ救命領域を使っての模擬戦だしな。……おまえ、救命領域は知っているか?」
ウィズが
「体験したことはありませんが、セツナさんから聞いています。領域内の者が致命傷を負った瞬間に、時間を巻き戻す
「そうだ。厳密には致命傷ではなく、予め設定された以上の傷を負った瞬間に発動だな。要は、相手を間違って殺す事態を防げるわけだ」
「本気で何度も戦えるとなると、かなり効率的に経験値を積めますね。……それは、戦闘中に負った傷すべてが全快するのでしょうか? 例えば、途中かすり傷を負っていて、最終的に致命傷を受けた場合は?」
大切なことを確認するような尋ね方に、久遠はウィズの意図を測る。
自分が負傷することを恐れているのか、あるいは……。
「その場合、致命傷だけ回復で、事前に負っていた傷はそのままだな。あくまで、ほんの僅かな時間を巻き戻すだけだ」
「なるほど。では下手に時間をかけず、一撃で仕留めた方がいいですね。しかし、あまりに圧倒しては対戦相手の矜持が……いえ、
悩ましいようにぶつぶつ言うウィズの姿に、久遠はこの少年の本質を垣間見た気がした。
(——境遇のせいか?)
それは、ウィズ自身の正道を未だ見いだしていないことを意味している。
そのくせ、自分の存在や能力への確信が希薄かというと、決してそんなことはない。自分が他者にどう影響するかという思考は、自身が不在の者にはできないものだし、何よりウィズは自分の能力に並々ならぬ自信を持っているらしかった。
(頭が回るし、能力もあるのだろう。しかし圧倒的に経験値が伴っていない)
要するに、そういうことなのだろう。
この少年はここで大きく成長するのかもしれない。ふいにそんな考えが浮かんで、
(——じゃあ俺は?)
自然とその問いに繋がった。
答えは、すぐに出た。
この場所を、ただ通り過ぎていく場所としか見なしていない久遠には、ウィズを待っているような成長はきっと見込めない。
世の中には、どんな経験も正しく血肉にしていく才人がいる。ウィズもきっと、そういう存在なのだと、ほんの少しの会話で悟ってしまった。
混血として
世界はただただ閉鎖的で、あるいは輪廻のごとく繰り返してきた。捨てられない郷愁こそ、その証拠だった。
怜悧な熱を帯びた少年の隣にあって、今はそれが、ひどく寂しく辛いことのように久遠には思えていた。
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