11. 住処。翼族たちの塔。

「なにしてるの? 早く入ってちょうだい」


 美事な構えの門をくぐったセツナがこちらにふり向く。

 呆気にとられている久遠を怪訝そうに見つめた。


 ヒト族界エル・ヒューマの民家は、木材で枠組みをこしらえ、そこへ石材を積み上げていく建物が大半のようだ。

 他にも鬼族界エル・オウガのような和の屋敷や、おそらく機械族マキナの文化である機械仕掛けの建物などもちらほら見て取れた。


 多種多様な文化が入り混じる街並みは、和の文化に囲まれて育った久遠の目には異質に映ったものだ。だが今目の前にある建物は、それらをはるかに凌駕した。


 セツナの住む家らしい。

 らしいというのは、その規模に因った。


「確認だが……これがあんたの家か?」


 思わずそう訊ねてしまうほどに巨大だった。

 ヒト族界エル・ヒューマの重要施設に案内されたのかと疑ったほどだ。

 家というよりは塔と表現した方がしっくりくる。


 入り口となる門をくぐると、手入れの行き届いた庭園が広がり、その中央に白を基調とした塔がそびえていた。

 壁は硝子張りの占める割合が大きい。造形は均一な円筒でなく、ところどころ、それ一つが民家と呼べるような部屋が幹となる部分から飛び出していた。


 さらに周りの中空には、いくつもの小島が浮いており、そこにもまた別の建物がある。浮島には塔から道が延びているものもあれば、単独でただ浮いているだけのものもあった。


 呆然と見上げたまま圧倒されている久遠を見て、セツナは合点がいったようだった。


「あんなに立派なお屋敷に住んでる久遠くんでも驚くのね。ここはね、もとはヒト族界エル・ヒューマに移り住んできた翼族フィングたちの集合住宅だったのだけど——」


 何でもここは、ヒト族界に傭兵としてやってきた翼族フィング探求者シーカーたちと、その親族を合わせた数十人が共同で住まう建物だったが、ある事件をきっかけにセツナ一人を残してみんな出て行ってしまったらしい。


 そう説明してくれたセツナが、自嘲するように困り顔をした。

 何か事情がありそうな様子だが、セツナが口にした事件とやらに関して、久遠はあえて追求しなかった。


「まあ、あんなことがある前からみんな、実は故郷の翼族界エル・フィングが恋しくなってはいたのよね。ほら、私たちって、潔癖というか……頑固じゃない? ヒト族界エル・ヒューマに馴染めなかったみたいね」


 悲痛を堪えるような言い方だった。

 共に暮らした同族を私たちとくくっておきながら、どこか自分だけを異分子のように語っている。


 共に在るべき者たちの隣で、己をそこへ同化できないのは、辛い。それは久遠にもわかる。


「……潔癖かどうかは知らんが、あんたが頑固なのは間違いないな」

「ふふ、そうね。おかげで久遠くんをここまで引っ張ってこれたわ」


 意図して茶化してやると、敏感に察してくれたであろうセツナに少し元気が戻った。空元気もいいところだが、ないよりはましに違いない。


「今は何人住んでいるんだ?」

「久遠くんと私を含めて三人ね」

「……待て。なぜ俺を数に入れる?」

「え? だって久遠くん、ここに住むのよ?」

「何を言っている。俺には借家が用意してあると姉さんが……」


 言いながら、してやられたと久遠は苦い顔になった。

 それを見たセツナが思わずといった様子で吹き出す。


「……あんたのしわざか?」

「いいえ、ここに住むよう千瀬さんに提案したのは私だけどね。千瀬さん、久遠くんには自分で伝えると言っていたのよ?」


 まんまと騙された久遠がそんなにも面白いのか、セツナは込み上げる笑いを我慢できないでいる。


「別の宿を探す」

「あ! 待って待って、ごめんってば」


 踵を返した久遠の手をセツナが慌てて取った。


 じろりと睨んでやるが、セツナは動じず微笑んでみせるだけだ。


「あなたの住居は申請してあるから変更はできないわ。安心して、部屋はたくさん余ってるし、プライベートは保証します」


 久遠はなおも反論したが、そのことごとくをセツナは説き伏せていく。というより、苦言のことごとくがセツナの柔らかな物腰に溶かされていくようだった。


 握られたままだった手を、久遠は結局ふりほどくことはできなかった。


 †


「ここが玄関よ」


 我が家に入ったセツナは率先して久遠を案内している。半ば諦めの境地にある久遠は開き直ってそれを聞いた。


(——四年の我慢だ)


 学園とやらを卒業さえすれば、久遠は晴れて鬼族界エル・オウガへ帰ることができる。そういった制度があるのか定かではないが、何なら飛び級してでも早々に済ませてしまう心積もりでさえいた。


烽戈昇降機エレクベイトは七つあるけど、全部違った階層に繋がっているから注意して。一応、転移陣もあるけど烽戈ふかは自前になるからおすすめはしないわ。——あ、でも久遠くんの烽戈ふか量なら大丈夫かしら?」

「余計な烽戈ふかを使うつもりはない。烽戈昇降機エレクベイトがあるならそれで十分だ」

「あら、もしかして転移酔いするタイプなの?」

「……そういうことにしておこう」


 実際は転移酔いするような軟弱な体質ではないが、本当のところを説明する気もなかったから適当に返事をしておく。

 無意識に右耳の耳飾りピアスをいじりながら、あらためて玄関とやらを見た。


 目の前に、烽戈ふかで淡く輝く七色の扉が並んでいて、空間全体が優しい光に満ちていた。それぞれの扉の先が、行き先の異なる烽戈昇降機エレクベイトらしい。搭乗して、行きたい階を選択すれば、自動でそこへ運んでくれる。



 一方で転移陣は、描かれた烽戈ふか式に烽戈ふかを注ぐことで、予め設定してある地点へ飛ぶことができる。

 しかし、おそろしく燃費が悪いことが欠点で、烽戈ふかの相性が良い翼族フィングであっても日に何度も使えるものではないらしい。同時に複数人で使用するのが普通だとセツナは話した。


 床で無数に光る転移陣には目もくれず、セツナは烽戈ふか昇降機の扉の一つの前に立った。


 扉の脇には掌くらいの大きさの烽戈ふか式が浮いて、触れて烽戈ふかを流すと薄い硝子を指で弾いたような涼やかな音がした。

 同時に重低音が遠くに聞こえた。上の階にあった烽戈ふか昇降機を降ろしているらしい。


烽戈昇降機エレクベイトの術式は教えた方がいいかな?」


 ふたり並んで待っていると、ふいにセツナが訊ねた。


 烽戈ふかを外力に変える方法は二つある。


 人が直接用いる烽戈ふか術。


 そして、予め編まれた式に烽戈ふかを流すことで発動する、烽戈昇降機エレクベイトのような烽戈ふか式だ。

 卓越した才能がなくても扱えるのが利点だが、烽戈ふかの流し方にコツがいるものも多い。


 久遠は先ほどセツナが触れた烽戈ふか式をちらりと見て、


「問題ないな」


 すぐさま把握している。


「さすがね」

「……この程度で持ち上げられてもな。だれでも読めるだろう、これくらい」

「慣れ親しんだ方式ならね。にしたって、久遠くんみたいに瞬時に読めるものではないし……。それとも久遠くんには、翼族フィング烽戈ふか式を扱った経験があるのかしら?」

「愚問だな。翼族フィングは鬼族を疎んでいるだろう?」


 翼族フィングは争いを好まない種族だし、先ほどセツナが評したように潔癖なところもある。必然、戦闘を好き好む鬼族オウガとは反りが合わなかった。


「そうね。そういう翼族フィングも少なくないわね」

「あんたも無理に俺に絡まなくてもいいぞ」

「ふふ、あなたこそ愚問だわ」


 軽口を叩いていると、烽戈昇降機エレクベイトの到着を知らせる音が聞こえた。開かれた扉にセツナが入っていき、久遠もそれに続いた。


 乗り込んでしばらく待つと、胃の腑が持ち上がるような独特な浮遊感があった。

 どうやら停止したらいい。


 烽戈昇降機エレクベイトから降りると、浮遊する烽戈燈籠ランタンたちが仄かな灯りを照らす大部屋に出た。

 奥に見える、十人ほどは囲めそうな大机テーブルと椅子は意匠を凝らした木製。手前には美事な刺繍の施されたふかふかの絨毯が敷かれ、これまた高級そうな長椅子ソファが鎮座していた。


 その長椅子ソファの脇で、暖炉の火がパチリと小さく爆ぜた。火はどうやら烽戈ふかでなく本物で、部屋は柔らかなぬくもりに包まれている。

 時計や本棚といった調度品も嫌みのない洒落たものばかりで、簡素だった塔の外観からは想像できない雰囲気だった。


団欒室リビングよ。適当にくつろいでいて。あの子には連絡してあるからすぐ来てくれるはずだけど……」


 どうやら、先ほどセツナが言っていた紹介したい子とやらと、ここで引き合わせる算段らしい。状況から見て、セツナ以外のもう一人の住人なのだろうと久遠は予想する。


 久遠は絨毯の上に腰を降ろして待つことにした。和文化の鬼族界エル・オウガ育ちゆえに、椅子に腰掛けるより床に座り込んだ方が落ち着くのだ。

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