7. 交渉材料。裁定のとき。

「他の種族へのコネができます」


 淡々とした様子で告げている。


 つい先ほどまで熱心に宿願を語っていた少女と同一人物とは思えない。

 だがそれだけ、探求者シーカーによる医療隊を本気で現実にするつもりなのだと察せられた。


「コネ、ね」


 千瀬が拳を唇に当てて、考える素振りを見せた。


「千瀬さんはヒト族界の探求者シーカーが昨シーズン何位だったかご存じですか?」

「六位ね。歴史上初の最下位脱出は見事と言えるわ。隊別では柊隊が二十二位だったかしら? 終盤に臨時加入した旅人族ノマドの戦果が大きいとはいえ、これも見事」

「さすがの見識です。おっしゃる通り、ヒト族界の探求者シーカーは年々力をつけていますが、これは他種族による助力が大きいです。私たちは、これから更に力をつけ、その地位と発言力を増していくことになるでしょう」

「時期尚早と言わざるを得ないけど、有り得ない話ではないわ。そこで私たち鬼族オウガも今のうちから他の種族の者たちとの繋がり、貴女がいうところのコネをつくっておくべきというわけね?」

「はい。常にランク二位を維持している鬼族界エル・オウガですが、一位の旅人族界エル・ノマドに次いで他種族排他の向きが強い……。それと、ここだけの話ですが、旅人族ノマドとも個人的なツテがあるので、そちらでもお役に立てるかと」


 セツナが身を乗り出して、まっすぐ千瀬に迫った。


「まずは学園に四年間、久遠くんを通わせていただけるだけで構いません! 四年後の身の振り方は千瀬さんと久遠くんに任せます!」

「それだと、久遠は私の隊に帰ってくる可能性が高いと思うわよ? こちらは他の種族と交流する機会を得て、貴女の言うコネを持ち帰ることができるけれど、あなたの益は一切なくなるわ」

「四年の間に、必ず久遠くんを口説き落としてみせます」


 あまりに自信満々なセツナに久遠が呆れ果てる一方で、千瀬はやけにあたたかな眼差しをセツナに向けている。


 セツナは、さあどうだとばかりに固唾を呑んで千瀬の返答を待った。


 しばらく考える素振りを見せた千瀬が、やがて口を開く。


「一考の価値はある、といったところかしら? どんなつてかは知らないけど、あの旅人族と交友を持てる機会も貴重。……さて、久遠。貴方はどう考えるかしら?」

「……道理はある。だが絵空ごとでもある。他の種族との繋がりが朱桐家に益をもたらすと言うが、個の力で劣るヒトヒューマが上手くいったからといって、俺たちにもそれが当てはまるとは限らない。それに姉さん、万に一つ試してみるとして、他の種族との間を取り持つような器用な真似が俺にできると思うのか?」

「そこは心配していないわ。貴方は一見ぶっきらぼうだけど、根は面倒見の良い子だからけっこう人好きされると思うわよ?」

「……身内びいきもいいところだ。姉さんは自分にできることは、俺にもできると勘違いしている」


 この姉は変なところで久遠を過大評価するところがある。しかし、千瀬本人はそれに疑いを持っていないから、久遠としては諭すような調子で一言二言添えることしかできないのが常だった。


「ほんとうにこの子は。謙虚というか、卑屈なところは昔から変わらないわね」


 だからこんな応答にも慣れてしまっている。


 もはや手札を出し切り、姉弟の会話をただ聞いているしかないセツナは生きた心地がしないだろう。

 しかし久遠の方も、この嫌な流れを断ち切らねばと内心必死だ。姉相手に無駄と知りながら、こればかりは譲れない。


 鬼族界エル・オウガにいたい。最前線で戦っていたい。貴女の元で力を尽くしたい。すがるような思いで、言葉を尽くした。


 しかし、千瀬の口からその裁定は下されることになった。


「わかりました。久遠をヒト族界エル・ヒューマの学園に行かせます。ただしセツナさんが言ったとおり、四年後にどうするかは久遠自身が決めることとします。いいわね、二人とも?」

「はい……!」


 セツナが喜びもあらわに返事をする。その手応えに握り拳までつくっていた。


 久遠は反論したい気持ちでいっぱいだったが、四年後に戻ってこられるという条件に免じて、しぶしぶながら受け入れるしかなかった。


(四年……。取るに足らない時間だ)


 こうなったら、姉が大いに賞賛せざるを得ないような益を手土産に帰ってきてやると強く誓ったのだった。

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