6. 熱意。少女が求める隊長。

 呆気にとられる久遠と、強ばった面持ちのセツナをよそに、千瀬は微笑ましげに二人を見守っている。


「……馬鹿なことを。俺にできるのは一兵士として戦うことだけだ。もし朱桐隊の功績を当てにしているなら見当違いも甚だしい。それは隊長である姉さんのものだ」

「いいえ。私は久遠くん、あなたに隊長になってほしい」


 迷いなく言い切ったものだった。出会ったばかりの相手になぜそこまで入れ込めるのか、久遠にはわけが分からない。


「……あんた、どうかしてるぞ。隊長という地位を用意することで俺への交渉材料に考えているのか? 残念だが俺は朱桐隊の一員として戦うことに誇りを持っている。そもそもあんたの隊だ。あんたが指揮すればいい」

「さっきも言ったように、私の考えるチームには臨機応変な選択が迫られる。……でも私にはきっとそれができない」


 いかにも悔しげな表情だった。それを意外に思いつつ、久遠は納得した。

 患者を救うことを何より優先するセツナには確かに、戦闘と医療を臨機応変に行う決断は難しいだろう。時には怪我人を見捨てる決断も必要になるのだ。


 セツナは、自分が隊長では隊が立ちゆかなくなることをちゃんと分かっているようだ。


「なるほど。仲間の死にも動じない俺のような人間が適任というわけか」


 ひとまず納得のいく考えだと思っての発言で、久遠に他意はなかったのだが、これにセツナが慌てた様子になる。


「そうじゃないわ!」

「……? 何がだ?」


 わけがわからず首を傾げる久遠を前に、セツナは幾分か落ち着きを取り戻して言った。 


「あなたはあの時、確かに那由さんを見限ろうとしていたわ。でもそれは那由さんの意思を汲んでのこと。那由さんの右腕を諦める決断をしたときもそう。久遠くん、あなたの心はちゃんと泣いていた。その上で、状況に合った選択を見いだそうと必死だった」


 やけに優しげな言い方だった。

 臆面もなく他者の心情を語るなど傲慢も甚だしいと久遠は思う。


 しかし悔しいことに、自らの理解者が今まさに目の前にいるような錯覚に陥っていた。


(なんなんだこいつは……)


 わずかな動揺も見せぬよう必死な久遠をよそに、セツナの言葉は熱を帯びていく。


「指揮をとれるだけの、人を愛せないリーダーではダメなの。非情に徹する判断力と、仲間や患者への有情。相反する二つを持ったリーダーに、久遠くんはなれると私は思う」


 久遠はその熱意に引き寄せられるような思いがした。


 琥珀色アンバーの瞳が間近に迫るような気すらしたが、こちらは気のせいではなかった。いつの間にかセツナが久遠に近付き、色白の頬を上気させながら間近で語っていた。


 セツナ自身は気付いていないのかもしれない。

 鼻が触れ合いそうなほど近い距離で覗き込まれ、久遠は後ずさりしようとしたが後ろは壁だ。


「俺は……」


 何か反論せねばと、まとまらない思考のまま口を開いた。


 そのとき、突如として大きな柏手の音が部屋に響いた。


 久遠とセツナがはっとなって見ると、胸の前で合掌したままの千瀬の姿があった。


「このあたりが潮時ね。セツナさん、ひとまず久遠から離れてあげて」


 言われたセツナは一度二度と目をしばたかせてから久遠に向き直り、その距離の近さに気付いて目を瞠った。

 次いで小さな悲鳴を上げて久遠から離れた。

 顔を真っ赤にして俯き、なんとか聞き取れる声で「ごめんなさい……」と呟いた。


 久遠は呆れたふうを装いながら、内心ではほっとしている。それなりに生きているから異性に迫られた経験も多少はあるが、そういったものとは明らかに違う。こんなにも純真な心持ちで詰め寄られたのは初めてだった。


「セツナさん、一つだけ質問させてちょうだい」

「は、はい。どうぞ何なりと」


 千瀬の声がけに、セツナがまた身構える。気を張ったり緩めたり忙しい限りだった。


「久遠を差し出すことで、こちらに益はあるかしら? 貴女の志と気持ちは察するけれど、久遠は私たちにとっても大事な戦力。本人にもその気がない以上、おいそれと差し出すわけにはいかない。久遠に経験を積ませる、という一点だけでは、正直損失の方がはるかに大きいわ」


 どこまでも正論な千瀬の言葉に、久遠は腕組みしながら頷いている。先ほどはおかしな展開にもなったが、どうやら話は良い方向に向かっているようだ。


 しかし、これまた用意していたであろう、いわゆる交渉材料をセツナが言い放ったことで、事態はまたもや曖昧なものになる。

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