5. 戦場の宿命。探求者たちが迎える死。

「久遠をヒト族界エル・ヒューマに……。学園というのは探求者シーカーを育成する教育機関だったかしら?」

「はい。四年間、座学と実技を教わります。隊を組んでの試合もあって、ここで結果を出せば探求者シーカーとして実戦に赴くことも可能です」

「だそうよ、久遠?」


 千瀬に発言を促され、久遠は呆れる思いだ。

 久遠の返答など分かりきった上で、あえて本人に発言させようというのだ。


「すでに探求者シーカーとして戦っている俺が、今さら何を学ぶんだ。そもそも俺は朱桐家を離れるつもりはない」

「まあ、そうなるわね」


 千瀬は相づちを打ちながら、今度はセツナに目配せした。

 セツナは動じることなく、前もって準備していたであろう事柄を口にする。


「学園は多くの種族を募っています。私も翼族フィングですが、異なる種族との交流や混成隊から学ぶことは少なくありません。鬼族オウガの隊で戦う久遠くんにも、学べることはあるかと」

「なるほど、一理あるわね。久遠も私も、他の種族の隊と共闘することはあれど、同じ隊で戦った経験はないわ」


 千瀬の共感を得られたことで、セツナのおもてが喜色に染まった。畳みかけるように説得を続けている。


機械獣ビスキウスによる襲撃は年々激しくなり、その強さも増してきていると聞きます。特に最近になって投入されるようになった人型の機械獣ビスキウスが厄介とのこと……。この先、これまで以上に異なる種族同士が手を組む必要があるのではないでしょうか」


 次第に熱を帯びていくセツナの言を、千瀬は頷きながら聞いている。


「セツナさん、種族という枠にとらわれず未来を憂う貴方の心意気には感心します」


 そう口にした千瀬から同意を求めるように視線を送られた久遠は、嫌な予感がしてならない。

 はたして姉は、この話題をどこへ着地させようとしているのだろうか。それが問題だった。


 わずかに逡巡し、久遠は口を開く。


「……たしかに、先日の戦いも辛勝だった。今のままではジリ貧なのは確かだ」


 半ば同意しながら、千瀬の真意が分からない以上傍観しているわけにいかないと考えた。どうあっても朱桐家を出るつもりなどないのだ。


「それはそうとあんた。聞いた感じ、あんたも学園に通っているんだよな?」


 まずは話題を逸らしてみることにした。


「ええ、そうよ。今一期生だから、来期には久遠くんの一つ先輩にわるわね」


 顔をこちらに向けたセツナと、この日初めてまともに目が合った。相変わらず綺麗な色をした瞳だと思考の外側で思った。


 それにしても、すでに久遠が学園に入る前提で話してしまうあたり、見かけによらず図々しい性格のようだ。


「……何度でも言うが、俺はここを出るつもりはない。で、医師のあんたがどうして学園に? 探求者シーカーに転職でもしようってのか?」

「愚問ね。私はあくまで医師よ」

「なら何故?」


 言葉少なに問いただすと、セツナの目に色濃い発露の光が灯った。

 決意と覚悟、そして不安。様々な想いが入り混じった瞳で久遠を見つめながら、唇を結んでいる。


 やがて意を決したように口を開いた。


探求者シーカーによる医療チームをつくりたいの。後方支援としての医療部隊ではなく、もっと前戦で活動する……戦闘も医療も両立できるチームを」


 あまりに意想外の発言と、セツナの迸るような熱意に、久遠は思わず体を仰け反らした。そうしながら、頭の中ではセツナの志の意味するところを冷静に分析している。


 近年、機械獣ビスキウスとの戦闘による負傷者や死者は増加傾向にある。


 致命傷を負った探求者シーカーは、首に提げている救命石が発動する。

 そして烽戈ふかの球体に閉じ込められ、傷を負った直後の状態で時間を停止される。

 その後、戦場を鎮圧したところで医療部隊が駆けつけて、救命石を解除して時間を動かし、救命するのが現状だ。


 だがこれには大きな問題もあった。


 というのも、探求者シーカー機械獣ビスキウスが戦う戦場は異次元に飛ばされているのだ。

 これは異次元からゲートを開いて攻めてくる機械獣ビスキウスを、一箇所に集めて掃討することで、被害を最小限に抑えるためのの処置だ。


 この次元移動に生物の身体は耐えらない。

 異次元に区域を座標固定しておける時間も限られるため、その時間の中で探求者シーカーは戦場を制圧し、残された時間で医療部隊は救命石が発動した怪我人の治療を行うことになる。


 治療が間に合わなかったり、救命石の解除すらされなかった探求者シーカーは、区域が返還される際の次元移動で死に至る。

 そういう探求者シーカーや、さらには治療を優先するあまり退避が遅れて命を落とす医師の数は年々増え続けていた。


 つまり、探求者シーカーの戦場における全体の流れは次のようになる。


 まとめて異次元から飛ばされてくる機械獣ビスキウスの群れを一カ所に集め、その区域ごと別の異次元に隔絶する。

 そこへ探求者シーカーたちがゲートを通じて乗り込む形で戦闘開始。


 そして機械獣ビスキウスを一掃、あるいは一定以上無力化した上で区域を現実世界の座標に戻す。


 もし探求者シーカーたちが制圧できなかった場合には、その区域を機械獣ビスキウスごと異次元に放棄することになる。これは、生活圏となる大地を失うことを意味した。

 先日の獣族界エル・テイルでの戦場のように、荒れ地を手放すならまだいいが、都市が戦場となった場合は悲惨だ。

 避難していた住民たちは、永劫戻らぬうろと化した区域を前に、途方に暮れるしかなくなるのだ。


 必然、撤退が間に合わず取り残される者の大半は、救命石が発動した探求者シーカーたちだ。


 セツナが語る、戦闘中に医療行為を行う隊の有益性は疑いようがなかった。


 現に那由はそれで救われた。

 あのとき那由は救命石の発動を拒んだが、仮に受け入れていたとしても、医療部隊の到着は間に合わず、救命石の烽戈ふかに取りこまれたまま次元移動させられて死に至っていたはずだ。


しかし、


「現実的ではないな」


 戦闘と治療の両方をこなす隊の存在を有益とみなした上で、久遠は断じた。


 戦場に移動するためのゲートにも制限があり、参戦できる隊の数は限られているから、セツナの言う医療隊は戦力としても有能でなければ選抜されないだろう。

 相手に戦力で劣れば全滅もありうるのだから、治療より戦力が優先されるのは当然だった。


 ——治療に加えて、高い次元で戦闘を行える隊。


「戦闘と治療を両立できる隊をつくるだけでも困難だ。それに、そんな隊の存在を本部が許すとは到底思えない」

「まずは戦力としてトップレベルのチームをつくるわ。その上で、臨機応変に人命救助に移行し、少しずつ医療隊の地位を確立する」


 意外にもセツナはすぐさま切り返してきた。反論されることは予想していたようで、もしかしたら久遠がこの場で思いつくことなど、すでに熟考済みなのかもしれなかった。


「あんたの言う、トップレベルのチームとやらがまず現実的じゃない。俺のように、すでに戦力になる探求者シーカーを他にも引き抜くのか? 仮にそれができたとして、それはただの傭兵隊で医療隊にはなり得ない」

「あなた以外の現役探求者シーカーを引き抜くことは今のところ考えていないわ。人材の集まる学園で、これから仲間を探すの。あなたと出会ったのはイレギュラーだったけれど、幸運だった」

「それは光栄だ。だが俺は傭兵をやるつもりはない。当初の予定通り、学園とやらで人員を確保してくれ」

「……久遠くん、私はあなたを一介の戦闘員にするつもりはないわ」


 いつのまにか千瀬の存在を忘れ、久遠とセツナだけの会話になっているが、それほど熱中していることに二人とも気付いていない。

 セツナも、身体ごと久遠の方へ向き直り、まさに顔を突き合わせた交渉となっていた。


「久遠くんには、私たちの隊長になってほしい」


 はたして、セツナの口から、ようやく真意が告げられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る