2. 救命。技術と判断の能力。
「腕は諦めろ」
思考の渦を裂くように声が聞こえた。
「え?」
反射的に声を辿ると、存外近くに久遠がいた。いつのまにかセツナの隣に片膝をついて、那由の傷を見ている。
「致命傷になった胸の傷だけ治せ。腕の傷は俺が焼いて塞ぐ」
先ほどまでの悄然とした態度は完全に立ち消え、迷いのない口調で指示をしている。
「でも、那由さんは
「
「あ、えっと……傷が心臓まで届いてる。直せるけど失血量がひどい。
「血を補えれば良いわけか。……那由の意識を戻すことはできるか? 無理矢理でもいい」
「え? ……止まっている心臓を再鼓動した後でなら、気付けの
久遠が淡々と質問を繰り返すものだから、セツナもつられて答えてしまっていた。
「よし。まずは心臓を治療してくれ。その先は那由自身に延命させる」
「なっ——!?」
自分は腕の傷を焼くための準備を進めながら、久遠がとんでもないことを何でもないように言った。
患者自身の
だが那由は、頑丈な身体と、高い
というより、この突拍子もない発案に感嘆している自分にセツナは気付いた。
「わかった。それでやってみる」
心を決めて、流れるように処置に移る。
羽根の
その間も、那由の周囲で無数の
異端と言って良いほどの医療技術だ。
医師ではない久遠もそれを感じ取ったのか、腕の傷を塞いでやりながら呆気にとられている様子だった。
「損傷した心臓の縫合に入ります。同時に
その色は、
しかし那由の
セツナは
最低限縫い終わったとろこで、次は
弱った
緋色の
何度も何度も
処理能力の限界を超えた脳が焼けるように熱かったが、構わず続けた。
やがて、あれほど弱っていた
そしてついに、止まっていた心臓も再び動き出した。
——ドクン、ドクン。
動きをじっとみつめ、
「——おかえり」
これが健全な脈動であることを確認したセツナは安堵と共に笑みを零さずにはいられなかった。
「助かった、のか……?」
セツナの優しげな声に反応し、久遠も感極まったようだった。
「ひとまずはね。でもやっぱり血液が足りていないわ。何とかしないと、脳や身体が……」
「わかっている。もう時間もない。那由の目を覚ましてやってくれ」
「うん。でも最終的には那由さんの気力次第になってしまうわね」
言いつつセツナが、那由の額に触れて、新たな
そこへ新たに書いた
「んっ……」
どうやら上手くいったようで、那由の目がうっすらと開いた。
「まだ覚醒しきっていないわ。あとはお願い。私は閉胸する」
久遠に後を託して自分は急いで閉胸を行い、さらには五本の傷すべてを縫い合わせていく。
「那由、聞こえるか?」
とっくに腕の傷を塞ぎ終えていた久遠が、那由の耳元で言った。この期に及んで、ここまで冷静でいられる胆力にはセツナも感心するばかりだ。
「く……おん、にぃ……?」
息の漏れるか細い声だったが、確かに那由が言った。
「しゃべらなくて良い。しっかり聞いてくれ。お前は
ゆっくりと確実に伝えられた久遠の言葉に、那由は二度のまばたきをして応えて見せた。
「よし。大丈夫だからな。呼吸に意識を向けろ。
那由は目を閉じてしまったが、ゆったりとした呼吸を規則正しく続けているのが聞こえる。どうやら大丈夫そうだ。
「全部終わったわ。引き上げましょう」
傷を縫い終えたセツナは、羽根で那由を運ぼうと試みたが、治療に
「那由は俺が運ぶ。あんたは走れるか? 無理そうなら俺の背中に負ぶされ」
那由を抱き上げた久遠に、自分は大丈夫だと告げてセツナは立ち上がる。
「一番近いのは鬼族界の
そうして二人して駆けだした。
無事に患者を救えそうで安堵する一方、結局久遠には助けられてしまったと感謝の思いが湧いた。
同時に、セツナはこの青年にひと筋の光を見つけた気がしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます