1. 選択肢。救うことの意義。
〈——全
風を切る音に混じって、左耳に付けた
大半の者は
だが、身体を天より与えられたものと考える
だから
(……時間がないわね)
急ぐ必要がある。浮力を生んでいる翼にいっそうの
戦場となったのは
市街地が戦火に見舞われずに済んで
無闇に広い区域。しかも遮蔽物のない荒野にあふれかえった
そんな状況では
その中でも、とりわけ強い
「——見事ね……」
上空からの光景に、セツナは思わず呟いた。
最高難度の戦場の一つとされたはずの区域なのに、数えきれぬほどの
俯瞰で見ると、地肌がほぼ隠れてしまうほど
(たった二人で、よくもここまで。流石は
と、壮観な光景の中に一つの人影があった。
なにやら刀を手にしたまま、立ち尽くしているようだ。
一瞬の間があって、流れるような動作で刀を収めたらしいその人影が、ゆっくりとふり返った。
その姿にセツナは、うすら寒い想いを抱いた。
遠目ではあるが分かってしまった。悲痛と決意とを混同させ、それすら腹の底に押し込んで踏み出そうとする姿は、セツナが忌み嫌うそれだった。
すぐさま高度を下げて、横たわる
セツナの場合は右肩から右肘にかけて、白い肌の上に
すべての羽根が収納されたところで、ちょうどあの人影と話せる距離まできた。
若く見える青年だった。見た目の年頃などあてにはならないが、何となくこの青年はまだ若々しいのだろうと思った。
(
何より目を引いたのは、青年の額に
知らず知らずのうちにじっと彼の額を見つめていたようだ。少々困惑した雰囲気を感じて目線を下げると、
美しい色合いだった。ゆらめく炎のようでいて、それを律するだけの力を秘めて燃ゆる眼差し。
(似てる……)
懐かしさを覚える眼差しに、過去の記憶へ意識がとびかける。しかしそんな場合ではないと、目の前の青年に意識を持ち直した。
「……
途端に青年の顏が曇った。大きく表情を変えることはなかったが、器から大きく溢れそうになるものに蓋をして、無理矢理すべてを封じ込めるようだ。
もしかして泣き出すのではないかと、セツナはどきりとなった。
「俺は
しかし青年は泣くことなどなく、むしろさらに屹然となって口を開き、なおも言い淀んだ。
そこでようやく、セツナは青年——朱桐久遠の背後に横たわる患者に気付いた。
駆けだした。久遠の隣を抜けて、痛々しい姿で横たわる少女の脇に膝をつく。
朱桐那由。朱桐久遠もそうだが、朱桐隊の精鋭の名を聞いたことくらいはある。歴戦の猛者がここまでにされるとは、これが
「何をしている……!」
横たわる少女に手を伸ばすと、後ろから肩を強く掴まれた。
振り返ると、厳しい表情の久遠がいた。
咎めるような久遠の言葉に対する返答は「あなたこそ何をしているの?」という至極当然な疑問だったが、それを口にはしなかった。
「助けます」
端的に答えると、久遠が目を瞠った。その瞳にほんのわずかな希望の光が浮かんだのを見た。しかし、またすぐに決意が色濃いあの目に戻ってしまう。
肩を掴む手に力が込められたのを感じた。
「致命傷だ。それに時間がない。あんたも早く撤退するんだ」
まるで自分に言い聞かせるようだった。
そのあまりに悲痛な声にセツナは思わず、肩を掴む彼の手に自らの掌をそっと重ねた。
「私は医者よ。大丈夫、那由さんは必ず助ける」
「医者? あんた、医療部隊か?」
「
「やはりか。こんな奥地までもう来たのか……」
「朱桐隊の隊長さんからの依頼でね」
「姉さんが……? しかしそれにしたって早すぎる。まさか独断専行か?」
医療部隊は、完全に戦いが終息した区域で怪我人の治療にあたる役割を担っている。今いる場所は、先ほど久遠と那由が倒した
だが今は、そんな問答をしている場合でない。
「ちょっと早めに来ただけよ。正解だったようね」
「馬鹿な真似を。だが尚更、
患者から意識を逸らせるように強く肩を引かれた。自然と顔を突き合わせる形になる。
「那由さんを助けたくないの?」
時間が惜しかったが、久遠を説き伏せない限り処置させてもらえそうにない。
「那由は覚悟して戦い抜いた。俺たちがそれを継ぐ。俺はもちろん、あんたもここで死ぬことは許されない。それは那由の覚悟を踏みにじる行為だ」
これはそういうことなのだと言うように、久遠の言葉は確信に満ちている。
(——あぁ、やっぱりこの人は……)
自分が忌むべき病に冒されているのだとセツナは思った。
ただ、不思議とこの青年そのものを嫌う気にはなれなかった。
「あなた自身が、生きる覚悟を定められていないわ」
これが久遠の急所となるのだという、根拠のない確信をだった。
はたして久遠が、虚を突かれたように言葉を失った。
何か反論しようとする素振りを見せたが、結局は何も続けられないでいる。
戸惑う久遠に申し訳なさを抱きつつ、セツナは患者の治療に戻った。
(——胸元に五本の傷。これは
傷を確認しながら手術の段取りを組んでいく。時間はなかったが焦ってはいけない。
一本でも道を違えれば、間違いなくこの患者は死ぬ。
「……おい、あんた」
集中状態にあるセツナの耳に久遠の声が届いたが、
「今は話しかけないで」
ほとんど無意識にあしらって、頭ではなおも手術の工程を選別し続けた。
(……時間が足りない。心臓の損傷具合次第だけど、腕をつなぎ合わせる時間が……。いや、そもそも心臓を治したとしても、この失血量は……。私の
考えを巡らせながらも、同時に手術の準備も始めている。
セツナの手術には
着々と準備を進めるが、手術の方針決定が難航した。どう考えても時間が足りないのだ。
諦めるつもりはない。それでも刻一刻と過ぎていく時間に、さすがに焦りが生じ出す。
——その時だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます