▲ 太ったカエルと痩せたガマ
「いいニュースと悪いニュースがある」
「えー、どっちも聞きたくないなあ」
「アホガマ。話進めへんやろ。おまえそういうとこあかんで」カエルは呼吸するように煙草に火をつける。「女殺した仕事があったやろ。〈ココナッツ〉で踏み倒された骨折り損の仕事や。覚えてるやろ? あれが思うてたよりまずいことになっとるみたいなんや」
殺して骨を折った(下痢をした)のは僕だ。数日前のことを忘れるはずがないじゃないか。思ってたよりまずいって、まずいなんて一言も言ってなかったじゃないか。突っ込みたいことはいくつもあったが、ガマはそれを一語で表現する。「だから〈ココナッツ〉は嫌だって言ったんだ!」そしてまた、下痢の前兆がする。
「しゃあないやんけ。何事もうまくいくとは限らん。それが人生や。済んだことは済んだこととして前に進むしかないやんけ」
いけしゃあしゃあとそんなことを口にするカエルに対し、ガマは怒る気も起こらない。ただ、下痢の波が来ないことだけを祈り、腹をさする。
「ゾウの情報も出てこうへんし、どないなっとんねん!」カエルは急に態度を荒らげ、乱暴に煙草を灰皿に押し付ける。吸い殻はまだ薄い紫煙を吐き出していたが、新しい煙草をくわえ、火をつける。「〈ココナッツ〉の女の話に戻るけどな、あの女、どうやら土方の店の女やったらしいねん」
「"の"ばっかりだね。〈ココナッツ〉の、女の、土方の、店の」
「うるさいわい」
「〈ロゼ〉って土方組の店だったっけ?」
「表向きはちゃうやろな」
「裏で息がかかってるってこと?」
「そうは言ってへんやろ」
「えー……じゃあ何で土方組が出てくるの?」
「〈ロゼ〉はキタの店やろ。ほんでキタは土方のシマや。あいつら、犬みたいに縄張り意識が強いさかい、自分らのシマでよう知らんやつに好き勝手されたんが気に食わんのやろ。それに、や。〈ロゼ〉のママは土方の
「それまずいじゃん」
「だから、そう言うとるやないか」
「嫌だよ、僕、土方組相手にするの。あいつらしつこいんだ。めちゃくちゃやるし数も多いし。正面から殴り合いなんて嫌だよ。勝てっこないじゃん」
「そんなん俺かて嫌や。でも、安心せい。土方はな、女殺しの犯人を見つけたらしいねん」
「えー、僕たち見つかっちゃってるの?」
「アホ。俺らとちゃうわ。別のやつを犯人やと思うとる。天下の土方がやぞ。この意味がわかるか? 大阪の裏社会じゃ、土方が黒と言えば白も赤も青も、みんな黒になる。その土方が犯人を見つけた言うとるんや。ほんなら、そいつが犯人になんねん。土方が
「僕らでその"犯人"を見つけるの?」ガマは胃腸の悲鳴を聞き、へその薄皮を摘む。痛みで腹痛の波を抑え込もうとするが、効果は薄い。「誰なの? その犯人って」
カエルは分厚い唇の端で煙草をくわえ、粘りっこく嫌らしい笑みを浮かべる。「しょうもない探偵や」
「ホントにいるんだ探偵って。……気が進まないなあ。そりゃあ警官殺しよりはマシだけどさあ」
「アホ。生捕りに決まっとるやろ。土方が死体に金なんか払うかいな」
「え? 殺さなきゃ余計なこと喋るに決まってるじゃん。いくら土方組が黒だと決めつけてその探偵を殺したとしても、他に真犯人がいることくらい気づいちゃうんじゃない? 殺した方がいいよ。お金にならなくてもさ。死体は喋らないんだから。少なくとも、土方が僕らのせいだって考えるようなことにはならないんじゃないかな」
「それだと儲かれへんやんけ」カエルは呆れたように大量の煙を吐く。「ええか、俺らはタダで女殺しをさせられてんぞ。エドに掲載元は捜させとるけど、いつ見つけられるかわかったもんやない。せやったら、他んところで稼ぐしかないやろ。元取らな」
ガマは返事をせず、トイレに駆け込む。便座に座り、腹痛の波が収まると、トイレの扉を少しだけ開けて、言う。「どれがいいニュースで、どれが悪いニュースだったの?」
カエルの返事はない。新しい煙草と、冷えた缶ビールを味わいながら、頭の中は皮算用でいっぱいだった。
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