▽ 酔いどれのアサリ

 浅利が目覚めたとき、太陽は深みを増し、地平線の向こうへ沈もうとしていた。昨夜のことはあまり覚えていないが、酒を飲みすぎたことは確かなようだ。二日酔いの頭が酷く痛む。が、この慢性的な二日酔いには慣れ始めていた。

 裸のままベッドから這い出すと、地べたに脱ぎ捨てられたスーツが目に入った。ハンガーにかけるのは億劫で、ベッドの上に放り投げる。そして、シャワーを浴びた。酒が抜ける気配はない。インスタントコーヒーをいれ、少しだけウイスキーを垂らす。ここまでくれば、酔いがどうだとかは関係ない。

 くしゃくしゃになったスーツに袖を通し、事務所兼自宅を出る。時刻は午後三時前。約束の時間は、午後四時だからまだ随分と時間がある。

 浅利は昼から開いているミナミの大衆居酒屋で時間を潰し、心斎橋の待ち合わせ場所には五分遅れの午後四時五分に到着する。しかし、目当ての人物はいない。

 公衆電話を見つけ、マコトに電話する。が、電話は繋がらない。コンビニのそばにあるスターバックスに近づき、タブレットでフリーワイファイへの接続を試みる。二回続けて接続を拒否され、苛立ち、ようやく接続される。インターネットに繋ぐには時間がかかりそうだったが、メッセージの送信に影響はなかった。

『着いた。どこや?』『コンビニの前、誰もおらん』『女は?』『おまえはどこにおんねん』『はよ、来い』

 立て続けにメッセージを送信するが、返事はこない。

 コンビニの前に移り、煙草を燻らせ、一本吸い終わるとスターバックスの前に戻り、タブレットを開く。一時間あまりそれを繰り返す。

 さらに数分後、ようやくマコトからの返事が届く。

『すんません。来れんようになったみたいです。俺も仕事なんで』

 浅利は舌打ちし、感情のままに指を動かす。『アホか!』が、フリーワイファイは途切れ、メッセージは送信されない。苛立ちだけが募る。

 

 浅利がミナミで会おうとしていたのは、〈ロゼ〉で働く三人の女だった。キタではなくミナミにしたのは、他の従業員に目撃されるリスクを減らすという心ばかりの気遣いだった。

 一人目のマユとは心斎橋のコンビニ前で待ち合わせ、キャンセルされた。二人目のユミとは道頓堀の川沿いのベンチで、同じくキャンセル。京セラドームの前で待ち合わせた三人目のアヤとは、何とか会うことができた。が、新たにわかったのは、アヤが体を売っているということと金次第で誰とでも寝るということだけだった。

 幸い、と言うべきか。今宵、人見は顔を見せていない。浅利が選ぶ夜の過ごし方は、一つしかなかった。

 日が昇り、自宅に帰った浅利は、服を脱ぎながらろくに見もしないのにテレビをつける。そうしなければいけないとでもいうように。それからシャワーを浴びる。テレビからは、淀川で見つかった女性遺体のニュースが流れている。女性の身元は、原口はらぐち麻友まゆと判明していたが、その名前と一人目のマユとを連想する閃きは、アルコールに浸された浅利の脳からは生まれない。堕落した睡眠を貪るばかりだ。

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