▽ 酔いどれのアサリ

 浅利は相変わらず酒浸りだった。昼前に目覚めては、二日酔いの頭でコーヒーを啜り、二口目にはミルク代わりに安物のバーボンをたらす。喉が渇けば、ボルビック代わりの缶ビールで潤す。

 依頼人は全くのゼロではなく、浮気調査や犬の散歩など、数少ない訪問者がやってきたが、そのどれもを適当な理由で断った。頭の隅には、金子議員殺害事件が腫瘍のように残ってた。それは正義感から来ているわけではなく、報酬に目が眩んでいるだけだった。最初の三十万円は、あっという間に泡と消えた。まとまった金を手に入れるには、捜査をはじめ、何かを掴むしかない。その何かがなんであれ。

 それでも酒から手が離れず、行動を起こせなかったのは、どうしたらいいのかがわからなかったからだ。浅利はここ数年、まともな調査活動をしていなかったのだ。真相を掴むまでの工程が、全くといっていいほどイメージできなかった。探偵の調査とは、一体なんだ? 

 そうこうしているうちに(実際には酒を飲んでいるだけだったが)日は沈み、月の足音が聞こえていた。

 タブレットの無料麻雀アプリで、ようやく勝ち越したとき、あの女がやって来た。

「よう」浅利はテーブルに置きかけたタブレットを持ち直し、グーグルのアプリで、金子議員と打ち込む。調べものをしているふうを装ったが、金子議員のフルネームはすでに忘れている。「捜査にはまだ時間がかかる」

「でしょうね」人見は、先日のように無機質な声で言う。「捜査をはじめていないのですから」

 浅利は眉をひそめる。

「三十万円を酒や女やギャンブルで使い果たしたことは知っています。それに対して文句を言うつもりはありません。が、捜査をしていない、ということは契約違反になります」

「してるやろ」浅利はタブレットを誇らしげに掲げる。「アナログ人間のこの俺が、こんな文明の利器まで手に入れたんや」

「グーグルで記事を読んだだけでしょう? あとは麻雀アプリとアダルトサイトしか使ってない」

 浅利は慌ててタブレットを開く。「見とんのか? ウイルスっちゅうのんを仕込んだんとちゃうやろな?」

 人見は呆れたように息を吐く。「カマをかけただけです。本当にそうなんですね。あなたにはがっかりです」

 浅利はむっとした。「ほんなら、捜査はもうしまいや。追加報酬なんていらん。帰ってくれ」

「契約違反です」人見はスマートフォンの画面を見せる。

 浅利は目を細めたが、活字が多すぎてうまく読めない。

「担当の弁護士に相談したところ、現状で仕事を放棄した場合、詐欺罪等に当たるそうです。もしも、このまま契約放棄した場合、私どもは、然るべき場所に出向き、然るべき対処を検討するつもりです。それでも構いませんか?」

 浅利は持っていたタブレットを落とした。幸い、床には落ちず、テーブルでバウンドした。カバーもつけているから、破損はしていないだろう。多分。

「契約破棄、ということでよろしいですね?」

「待て待て。そうは言うてへんやろ」

「いえ、言いました」

「わかった。わかった。すまんかった」浅利は奥歯を噛み締めながら、心のこもらない謝罪を口にする。「今やろうと思とったんや」

「今、やろうと、思ってた」

 それってやらないやつですよね? 浅利には、その続きが聞こえる。

 が、聞こえないふりをする。「宿題やれ、宿題やれって言うたらあかんのやで。萎えてまうからな。子供の自主性が失われてまう」

 あなたは子供なんですか? 人見はそういう顔をしていたが、言葉にはしない。「あなたがするのは、宿題ではなく、仕事です。宿題は自分のためですが、仕事には相手がいて、金銭が発生します。一人では完結しません。仕事をしていない人に、仕事をしろと言うのは、至極当然のことだと思いますが」

「わかった。わかったって。俺の負けや」浅利は両手をあげる。

「勝ち負けではありません」人見は表情を変えない。「これより、毎日、調査報告をしていただきます。あなたはどうも、信用ができませんので」

「ほんならなんで頼んでん」浅利は空を手の甲で叩き、頭をかく。「調査報告ってなんやねん?」

「今日何をして、何を得たか。あるいは、何を得られなかったのか」浅利には、人見の声が段々と小学校時代の担任教師の声に聞こえ、胃の辺りがむかむかとしてきた。

「明日から報告すればええんやな?」

「いいえ。今、この瞬間から始まっています。日付が変わる前にはその日の報告をしていただきます」人見は腕時計を確認する。時刻は午後六時すぎ。「これから何をするおつもりですか?」

「聞き込みや」浅利は反射的に答える。

「具体的に、どこに?」

「それは、あれや」浅利の視線が宙を泳ぐ。「夜の街や」

「夜の街、とは?」

「夜の街は夜の街やがな。ええか、金子議員ちゅうんは、ホテルで密会しとって殺されたんやろ? ちゅうことは、犯人は愛人や。写真で見たところ、金子はごっついイケメンてわけやない。どっちかって言うたらブスや。ただ、金は持っとる。ちゅうことはや、愛人は金目当ての女。そういうのんは大抵、飲み屋の姉ちゃんやろ。ちゃうかったとしても、それに近いはずや。だから、夜の街やねん。飲み屋で金子の愛人らしき女がおらんかどうか、捜すねや。どや? クラブ、ガールズバー、風俗、どれかはわかれへんが、どっかにおるやろ。ちゃうか?」浅利は思いつくままに言葉を並べた。自分でも、正しいことを言っているのかどうかはわからなかった。

 が、人見は長い指で頬を触り、納得したように頷いた。「一理ありますね」

「せやろ!」浅利は得意げな笑みを浮かべる。「俺かてちゃんと考えてんねや」

「私もお供します」

「はあ?」予想外の返事だった。

「現在、あなたの信用はゼロです。もっともらしいことを言って、酒に溺れ、金銭だけ要求してこないとも限りません。ですので、私も捜査に同行します」

「なんでやねん」

「なんでもです。それとも、何か不都合がありますか?」

「ありまくりや。女連れで姉ちゃんとこ行くやつがおるか」

「いるんじゃないですか?」

「だいたい、あんた酒飲めんのか?」

 人見の表情が、少しだけ緩んだ気がした。「ご心配なく。酔い潰れたりはしません」


 言うだけあって、人見は強かった。ルイボスティでも飲むみたく上品に、浅利と同じだけの酒を飲んでいたのに、まったくと言っていいほど顔色を変えなかった。

 浅利はというと、一軒目のガールズバーを出たあたりからへべれけで、二軒目に入るとすぐにトイレに駆け込み、胃の中のものを全て吐き出した。

 フロアに戻ると、人見は角の席についていて、テーブルには焼酎のボトルが置いてあった。浅利がこの店でキープしているボトルだ。

 浅利は乱雑に氷と焼酎をグラスに入れ、口直しにグイッと飲んだ。アルコールの熱さと口に残っていた反吐が押し流される。気分は良くなるどころか悪くなった。が、それが飲酒をやめる理由にはならない。

 浅利は手をあげて女の子を呼ぼうとする。が、誰も来ない。「何しとんねや」思わず舌打ちを漏らす。

「あなたがトイレに行っている間、女性が来ないように言っておきました」人見は言う。焼酎には手をつけていないようだ。

「なんでや?」

「目的を忘れているようですので。一軒目を見ていましても、調査をしている気配はまるでありませんでした」

「おまえに何がわかんねん」浅利は負け惜しみを口にする。

「ええ、わかりません。わかるように説明してください」人見は表情も口調も変えることはない。「どうしてこの店を選んだのですか?」

「聞き込みやろうが」

「ええ、それはわかっています。ですから、どうしてこの店で聞き込みをしようと? はっきり言いましょう。金子岳郎は当然、マスコミにも顔の知れた参議院議員です。こんな安いガールズバーに来るでしょうか?」人見は顎で浅利の焼酎をさす。「そんな安酒は飲まないと思います。愛人がいるにしても、この店ではない。私なら、真っ先に調査リストから外します」

 浅利は苛立ちを抑えるように煙草を噛み、火をつける。「ほんなら、自分でやったらええやろ。あんた、記者なんやろ? 調べられる限界がどうとか言っとったが、嘘やろ、そんなもん。俺に丸投げするんはなんぼ考えてもおかしい。ポンっと三十万出してくんのもなあ。考えんでもおかしいやろ。ほんまの目的はなんや?」

 人見はしばらく黙っていたが、やがて名刺を一枚取り出した。前に見たときと同じ名前が書いてある。が、肩書きが変わっていた。

「テレビ局の記者というのは嘘です。私は、金子の秘書をしておりました」確かに、名刺にはそう書かれている。「すでにご存知かも知れませんが、金子は政治資金規正法違反の疑いがかけられている議員の一人です」人見は他にも数人の議員の名前を挙げる。

 浅利は彼らがどういう理由から政治資金規正法とやらに反したのかは知らなかったが、口には出さない。神妙な面持ちを作って、小さく頷く。

「早い話が、裏金疑惑です。私を含めた関係者、与党内でも各所火消しに追われています。さらにそこへ、金子の死が重なりました。火は消えるどころか、勢いを増して燃え上がっています。おそらく、今この瞬間も」

 わからない話ではない。裏金の疑惑がかけられた議員が死ぬには、あまりにもタイミングが悪い。いや、良すぎると言うべきか。それも殺されたとあっては、疑惑をもみ消したい何者かが何らかの方法を使ったと考えるのが自然な発想だ。

「たとえ無駄だとしても、無駄だとわかっていても、火には水をかけなければならないときがあるのです。私が自分で動けないのはそのためです。今、金子の秘書である私が、金子の殺害に関しておおっぴらに動けば、マスコミは必ず食いついてきます。それが、純粋に真相を探ろうという動機であったとしても、マスコミの目にはそう映らないでしょう。金子の秘書は裏金の証拠を隠蔽しようと躍起になっている、と報じられても、不思議はありません。加えて、今はインターネットやSNSがあります。下世話な記事はいくらでも生まれてきます」人見は、浅利の瞳の奥を覗き込む。「浅利探偵、あなたは以前に、政治家からの依頼を受けたことがあるのではないですか?」

 浅利はピクリと眉を動かす。が、質問には答えない。

「私たちには、特定の協力者がおります。一番わかりやすいところで言うと、弁護士でしょう。探偵も例外ではありません。興信所というのでしたかね。もしもの場合に備えて、信頼できる人間のリストが用意されています。信頼とは、口の堅さです。秘密を守れること、沈黙を貫けることです。そして大人の世界のそれは、金で買うことができます。でも、ただ金をばら撒くというわけにはいきません。たかりを生み出す危険性がありますからね。買う相手を間違えれば、すぐに新しい問題へと変わることも珍しくはありません。もう、おわかりですね? あなたが選ばれた理由はそれです。浅利探偵、あなたは金にだらしがないが、依頼人を恐喝するようなことはしない。能力はさておき、金子陣営はあなたを信頼できる[#「信頼できる」に傍点]、と判断しています。だから気前よく前金を渡し、あなたの沈黙を買った」

 浅利はアルコールに侵された脳で、会話を咀嚼する。きっと、人見の話は本当だ。浅利自身も、ヤクザまがいの興信所や探偵事務所は多く見知っている。金払いがいいとわかれば、弱みを握り正体を隠して強請ゆすったり、遠回しに事件に巻き込み、自分たちの領分に引き摺り込んで金をむしり取るような連中だ。手がこんでいて粘着質、地味な作業も厭わず、搾れるだけの金を搾りとるような連中だ。確かに、浅利は彼らとは違う。たった一人しかいない探偵事務所でそんなことをするのが面倒であるというのも事実だが、恐喝という手段をとろうと思ったことがないのも事実だ。何かと注文をつけて、依頼料を上げさせることはあったが、結局は払える範囲だ。概ね、依頼人から恨まれるようなことはしていない。多分。

 だが、人見の話には、引っかかるところがないわけでもない。嘘はついていないが、本当のことを言っていないというような。ただの勘ではあるが。

 人見は言う。「やめるなら今です。三十万円を返せとは言いません。我々のリストからは消えることになりますが、あなたにこれ以上何かを要求するようなことはありません。それが何を意味するのかわかりますね? もっとも、探偵で食べていけないからといって、困るようにも見えませんが。継続するのであれば、本腰を入れて進めてください。あまりにも進展がみられないようであれば、私以外の者が対応にあたることになります」

 タイミングよく、黒服が見えた。浅利は手をあげ、黒服を呼ぶ。

「キープや」

 黒服はきょとんとした。

「せやから、ボトルキープや」

 黒服は何か言いかけたが、浅利はそれを遮る。

「急用や。また来る」そう言うと、答えも聞かずに店を出る。

 足音もさせず、人見がついてくる。


 三軒目に入ったのは〈ロゼ〉という店だった。いわゆる高級クラブというやつだ。浅利は以前にも訪れたことのある店だったが、金持ちの依頼人との接待か、あるいはギャンブルで大勝ちしたときだった。いずれにしても、遥か昔のことだ。記憶は曖昧であったが、内装は大きく変わっていないようだ。

 店に入ると煌びやかなドレスを纏った女性が、浅利たちを笑顔で出迎えた。若くはないだろうが、年齢を感じさせない風貌をしていた。店のママだ。浅利はいつもの薄汚れたジャンパーとジーンズではなく、奇跡的にスーツを着ていた自分を褒めた。シワの入った安物ではあったが。横に並んだ人見はパンツスーツだったが、かなり上質なものに見えた。

「すまんが、客とちゃうんや」浅利は名刺を取り出し、ママの顔の前にかざす。「ちょっと聞きたいことがあってな」

 ママは名刺を受け取り、一瞬困惑を浮かべる。会ったのは初めてではないが、浅利のことを覚えていないのは当然だ。ましてや、探偵ということなど知らなかった。すぐに笑顔を繕い、近くにいた黒服に視線を送る。黒服が二人寄って来る。

 穏やかにはすみそうにない。浅利は自然と身構える。

 が、予想に反して親しみやすい子犬のような声がした。「浅利さん?」

 急に名前を呼ばれ、浅利は肉体を硬直させたが、すぐに緩めた。その茶髪の黒服には、見覚えがあった。

「マコトか?」

 マコトは照れ臭そうに自分の坊主頭を撫で、名前を呼ばれた犬のような顔になる。

「なんやおまえ、何してんねん」

「何って、仕事ですやん」

「そらそうやろうけど、おまえ、こんなええ店でなあ。バイトか?」

「まあ、見習いではありますけども」

「なんやマコト、知り合いなん?」ママが間に入る。いくらか、警戒が薄まったような印象を受ける。

「はい、昔ちょっと世話になったことがあるんです」

 浅利は何となく気分が良くなり、親指で鼻の頭を掻く。指に染み込んだ煙草のにおいがする。「ちょうどええわ。マコト、ちょっと話でけへんか?」

 マコトは少し固まり、許可を求めるようにもう一人の黒服と、ママを見る。

「かめへんよ」ママはマコトに微笑む。「せやけど、事務所は今ちょっとなあ」

「外に喫煙所とかありませんかね。そこでかめへん。一本、二本、吸わせてもらえまへんやろか?」浅利はハイライトのパックを見せる。

「階段のところやったら。汚いところやけど」ママは視線を店の裏口に向ける。

「俺みたいなんはそういうとこの方が向いてますさかい、十分ですわ。使わしてもらいます」浅利は成果を見せびらかすように人見を一瞥する。まだ、何も得ていないというのに。

 人見はゆっくりと瞬きし、それに応えた。その意味するところはわからない。

「マコトって息子さんではないですよね?」人見は誰にも聞こえないような声で、浅利に囁く。

「まあ、こいつも息子みたいなもんや」

 

〈ロゼ〉の従業員用の喫煙所は外に面した、よくある雑居ビルの階段にあった。初夏の外気と室外機のせいで、かなり暑い。浅利はたまらず背広を脱ぎ、よれよれのシャツの袖をまくった。マコトも、同様にし、ハンカチで額の汗を拭った。

 二人は斜めになるように階段に座り込んだ。灰皿に近い上段が浅利で、下段がマコトだ。人見は煙草を吸わないらしく、さらに下の踊り場で、塀に寄りかかるように立っていた。風を感じ、室外機の熱風が届かないせいか、そもそも暑さを感じないせいか、ジャケットは脱がなかった。

 浅利は煙草に火をつけ、灰が落ちるわけでもないのに、上半身を捻って背後の灰皿に煙草の先を弾く。赤い一斗缶の灰皿は吸い殻で水が見えなくなっていた。

「それにしても、マコトがなあ。おまえ、風俗のボーイやっとったやろ?」

「まあ。色々ありましてん」マコトは苦々しい笑みを浮かべる。そして、すぐに話題を逸らす。「ほいで、聞きたいことって?」

「おう、そうや」浅利は、インターネットカフェでプリントアウトした写真を取り出す。「こいつ、知っとるか?」

 ポケットに入っていたせいで、金子議員の写真にはいくつもの折り目がついていたが、見られないほどではない。なにせ、カラーで印刷したのだ。

 マコトは煙草を口の端にくわえ、手にした紙を凝視する。

「金子っちゅう政治家らしいねんけどな。どうや? 見たことあるか?」

 ややあって、マコトは答える。「見たことあるかって聞かれたらあるような気もしてきますわ。どこにでもいそうなおっさんやからなあ。でも、俺、政治とかよう知らんから。おっさんの顔をちゃんと見ようとしたこともあれへんし」

「まあせやろなあ」

「こいつ、何かしよったんですか?」

「殺されたんや」

 マコトは写真の紙から顔をあげる。「殺された? ほんまに?」

「ああ。ニュースでもやってんで。知らんか?」

「俺、あんまりテレビみぃひんから」マコトの煙草から灰が落ちる。「この店に殺した犯人がおるんですか?」

「いや、わからん。それを捜しとんねん。俺の推理やと愛人が怪しい」

「アイジン?」

「せや。痴情のもつれっちゅうやつやな。ほいで、その女を捜しとるんや」

「はあ」マコトは間の抜けたような返事をする。「その女、キタにおるんですか?」

「殺されたんはキタのホテルや。このおっさんは嫁も子供もおるし、大阪の人間とちゃうからな、女と会うためにキタのホテルを選んだんやと思うねん。ちゅうことは、まず疑うんはキタの女、やろ?」

「あー、ほいで金持ちのようけ来る飲み屋回っとるんですか」

「そういうわけや」浅利は短くなった煙草を一斗缶の灰皿に投げ捨て、続けざまに新しい煙草をくわえる。「どうや、マコト。愛人やっとる女、心当たりはないか?」

「どうやろ。パパ活みたいなんやっとる子は何人かおるみたいやけど」

「ああ、いま流行りのウリみたいなやつか」

「体売るっちゅうか、レンタル彼女的なやつの方が多いみたいやけど。店とちゃうとこで飲むだけみたいな。ギャラ飲みやったら多分もっとようけおりますよ」

「ギャラ飲み? 何やそれ」

「なんちゅうか、企業とかが飲み会のイベント開いて、そこに女呼ぶらしいんですわ。サクラみたいなもんなんやろか。ほんで、参加した女の子たちには謝礼金が払われる。女の子はギャラもろて飲みに行くちゅうんで、ギャラ飲み、言うらしいですよ」

「企業としては、綺麗な姉ちゃん呼んだ方が箔が付くからっちゅうわけか。ただ酒飲んで儲かるなんて素晴らしいな。それ、男版はあれへんのか?」

「あっても、浅利さんやと呼ばれませんよ」

「言うやないけ」浅利は靴の先でマコトの背を小突く。「ほんなら、その子ら紹介してくれるか?」

「無理に決まってますやん。パパ活もギャラ飲みも店としては禁止にしとるんです」マコトは吸い殻を一斗缶に投げ捨てる。「店で聞いたって誰も何も言うてくれへんと思いますよ」

「ほんなら、おまえが聞いといてくれ」

「俺が?」

「そうや。それとなく話を聞いて、怪しいやつをピックアップするんや。ほんで、俺はそいつらに話を聞く。店の外で聞いたらええんやろ? セッティングしてくれや」

「ええ……なんで俺が……」

「ええやないか。おまえかて殺人犯とおんなじ店で働くんは嫌やろ?」

「せやけど……まだうちの店におるんかどうかもわかってませんやん」

「おらんかったらおらんかったでええやん。それがわかるだけでも安心できるやろ? つべこべ言いなや」浅利は紙幣を四つ折りにし、マコトの胸ポケットに入れる。「小遣いもやるけ、な? 頼むわ」

 マコトはため息をつく。「期待せんとってくださいよ」

 浅利はジャケットを肩にかけると、背中で答え、階段を下りていく。すれ違いざまに人見に得意げな笑みを送ったが、彼女は無表情のまま無言だった。

 後ろで、「千円やん」と言う声が聞こえる。

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