魔女研編⑧:魔女の遺産
「それではこれからの活動計画について、わたくし田中美蘭から説明しま~す」
「わー! 会長さん! 世界一!」
移動式ホワイトボードの前に立つ会長さんに、お菓子を配り終えた葉那がにぎやかしを入れる。その声に合わせて、槇村さんと吉田さんがまばらな拍手をする。
「ほら秋くん、拍手さぼらない!」
「……わー」
葉那に怒られてしまった。ちょっと納得いかない。
会長さんは僕らのやり取りを例のにこにこ顔で見ていたが、しばらくすると区切りをつけるようにわざとらしい咳払いをした。
「早速、九月下旬の文化祭に向けての動きを説明するわね」
彼女の操るホワイトボードマーカーが、きゅっきゅっと小気味いい音を立てて文字をつづっていく。やや丸みのある大きな文字で書かれていたのは、次のようなことだった。
「私たち魔女伝説研究会は、秋の文化祭でパネル発表と会報の発行を行います。出展のための書類は今朝提出済みで、ふたりが入ってくれたから条件不備で断られることはないと思うわ」
会長さんは薄い胸板を張り、自慢げに拳で叩くしぐさをした。こうして立っている姿を見ると、背は高めだがかなり細身の人だ。
「パネルのほうは会報の内容を解りやすく要約したものをイメージしているから、肝心なのはこの会報のほうね。各々がこれから挙げるテーマからひとつを選んで記事を書いていくんだけど……」
彼女は再びボードに向き直り、大きく文字を書いていく。
先ほどまでにぎわっていた部室だったが、僕たちはいつの間にか田中会長の話に聞き入っていた。
「今回のテーマは、魔女の遺産――学校に残った魔女の痕跡にまつわる噂を取り上げてほしいの」
話の区切りごとに、水を打ったように静まり返る室内。
僕と槇村さんは、決してその静寂を破らないように慎重に顔を見合わせた。
「渡瀬くんと槇村さん以外のメンバーは、実はふたりが来る直前にテーマを決めてあるの。ただ、あなたたちに関しては部員の誰かと、または新人同士で組む形で、ふたり一組で会報づくりに参加してほしいのよ!」
会長さんは、なぜか最後だけテンション高く両手を広げて話を締めた。
「へえ……?」
「なるほど……?」
それを受けた槇村さんと僕は、順番に間の抜けた声を上げた。
会長さんは蓋を閉じたペンをぴっと葉那に向ける。あまりお行儀はよくない気がするが、指し棒代わりといったところだろう。
「さて、それでは決定済みのテーマを発表しましょう。最初は葉那ちゃんね」
指名を受けた葉那が、元気よく右手を挙げた。
「はいはーい! わたしは『思い出鏡』だよ!」
続いて会長さんは、ペンを吉田さんに向ける。
「じゃあ次、かのんちゃん」
「私は……伝説の万能薬『ナンデモナオール』」
えっ、何それ……。
ゲームにありがちな回復アイテムの仲間だろうか。
意外な名称に困惑すると同時に、僕はとあることが気になり始めた。
「あの、会長さん」
「なあに? 渡瀬くん」
「一年の葉那も文化祭は初めてだと思うんですが、彼女はひとりで制作することになっても大丈夫なんですか?」
「ああ、それね。ちょっとこれ、読んでみて」
会長さんはにこにこしながら、僕らに向かってどこからか取り出した薄い冊子を手渡した。水色の表紙には『魔女伝説研究会 会報一号』とある。発行日は先月だ。
槇村さんと一緒に表紙をめくってみると……。
「うわっ」
最初のページから、葉那の書いたかなりガチめの文章が掲載されていた……。
「それ、同好会を設立して最初におためしで作った会報なの。今回の参考資料でもあるから、読んでおいてね」
「はい……」
確かにこれなら葉那(視界の端でドヤ顔をしている)は心配なさそうだった。そういえばこいつ、昔から感想文とか得意だったな。
「では、話を戻しましょうか」
会長さんは指し棒代わりのペンを自分自身に向けた。
「私は『黒いスカート』について調べるわ」
「!」
黒いスカート。
その言葉を聞いて、僕は先日屋上行きの階段で見かけた光景を思い出していた。
ところがその直後、会長さんはぺこりと頭を下げて申し訳なさそうに言った。
「ただ、ごめんなさい。今回は私の都合で、ほかの人と組んでの執筆は難しそうなの。だから申し訳ないんだけど、新人同士以外で組むならかのんちゃんと葉那ちゃんのどちらかと、という形でお願いしたいわ」
「あ、はい……解りました」
事情があるなら仕方がない。
黒いスカートのことは気になるが、いずれ上がってくる会長さんの原稿やパネルを楽しみにしておくしかなさそうだ。
僕は自分を納得させると、ちらりと槇村さんの様子を窺った。
会報の分担を正式に決めるために彼女とは話し合いをしなければならないだろう。
彼女の表情は髪に隠れて見えなかったが、特にこれといった特殊なリアクションは見られなかった。
「すぐに決めるのは難しいでしょうから、正式決定は来週の木曜日にしましょう。それまでふたりで話し合ったり、調べ物したり、いろいろ考えてみて。もちろん私たちに相談してもらってもいいからね」
僕の考えていることを見透かされたのか、会長さんはそれだけ言って話を終えた。そして本日の活動はこの説明をもって終了となり、僕らは各々荷物をまとめて帰路につくことになったのだが。
「渡瀬」
誰より早く荷物をまとめた槇村さんが、去り際に僕の肩を叩いた。
「明日の昼、ごはん持って体育館前のベンチ集合」
「あ、うん」
彼女はそれだけ言い残すと、手をひらひらと振って部室を出ていった。
こうして一週間の猶予を与えられた僕と槇村さんは、翌日から今後の活動について話し合うことになったのだった――。
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