魔女研編⑥:『魔女の引力』
「あんた、クラスの」
「あ、うん……」
「真ん中に座ってたやつ」
「はい、そうです。渡瀬と言います」
なんとなく敬語で答えてしまった。
「そ。おぼえた。ま、座りなよ」
槇村さんはふっと笑いを浮かべると、空いているパイプ椅子を叩いて示した。
苦笑混じり、といった表情ではあったが棘のようなものはない。今の彼女はあの冷たい視線の持ち主とはまるで別人のようだった。僕は床に荷物を置いて椅子に腰を下ろしつつ、ひとことふたことを彼女と交わす。その様子を、向かいの会長さんが興味深げに眺めていた。
「あら? 知り合い?」
「はい、槇村さんが僕のクラスに転入してきて」
「へぇ~」
僕の答えに納得がいったらしい会長さんは、にこにこと笑った。彼女の表情の動かし方、とりわけ笑顔は大人びた容姿に対していくらか幼げに見える。
ちなみに会長さんと並びで座っている吉田さんは、僕らに背を向けてゲームに興じている……と思ったら、手には何も持たずぼんやりと青空に視線をやっていた。ちょっと裏切られた気分だ。
吉田さんの様子はともかくとして、僕は槇村さんに尋ねた。
「あの、槇村さんはどうして魔女研に?」
彼女は頭に手をやると、特徴的な長い金髪をとかすように動かした。なんだかばつが悪そうに唸っているが、まずいことを聞いてしまっただろうか。
「ん? あー、あー……そうね」
彼女は対面にちらりと目を向けると、取り繕うように言う。
「かの、ううん、吉田……さん、と知り合いなんだ、あたし。それでちょっと、顔見に来た」
そういうことか。それなら昨日の光景も腑に落ちる。余計なことかなと思いつつ、会話の取っかかりになることを期待して、僕は見たことをそのまま伝えた。
「ああ、それで。昨日の夕方、一緒にいるのを見たよ」
――僕としては、ただの事実を伝えただけのつもりだったのだが。
「げっ!」
槇村さんは、あからさまに顔をしかめた。
「えっ?」
「う、ううん! なんでもない!」
彼女は大げさに頭を振ってそれ以上の追及を拒否した。
改めて、何かまずいことでも言ってしまっただろうか? 心当たりはまるでないが……。
「ええっと……」
僕と槇村さんの間ににわかに気まずい空気が充満する。
お互いにどうしていいかはかりかねていると、誰かがふいにぽんぽんと手を叩いた。一瞬にして、僕たちの意識は音のほうに向けられる。顔を向けた先には、例の笑顔でにこにこしている会長さんがいた。
「お取り込み中申し訳ないんだけど~」
会長さんは、音に気づいた僕たちに両手をひらひらと振っている。
「ねえ、せっかくだし
そう言って、会長さんは再び手をぱん、と叩いた。
「はあ!?」
その音を合図にするように、槇村さんは驚きの声を上げる。けっこうな音量だったが会長さんはそれに臆する様子は一切なく、平然とした様子で心ここにあらずな吉田さんの肩を叩いてお伺いを立てていた。
「ねえ、かのんちゃんも……いいでしょ?」
吉田さんは気だるそうに身体を揺すると、ちらりと槇村さんを見てつぶやいた。
「……別に。私は誰でも拒む気はないし」
「……」
槇村さんが、物言いたげに息を吐く音が聞こえる。
「……田中。そういう流れの中にいるんだよ、私たちは」
「?」
それだけ言い残すと、吉田さんはまた背中を向けて黙ってしまった。
彼女の発言の意味は、まるで取れない。
「……ありがとう、
「……」
しかしながら槇村さんには何か伝わるところがあったのか、彼女は吉田さんに向けてぽつりと言う。吉田さんは何か言いたげに背筋を伸ばしたが、この日は結局口を開かずじまいだった。
「まあ、そういうわけでこれからよろしくね、英里衣ちゃん。これでわが魔女研、フルメンバーが揃ったわね!」
部室には、会長さんの弾むような声が響く。
いろいろと気になることはあったが、僕らは会長さんの声を合図に気楽なお喋りに戻っていった。
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