魔女研編⑤:特に隣でもない槇村さん

「転校生が来るらしい」


 咲也と中庭で話した翌日の朝、そんな噂がクラスを駆けめぐっていた。


「この時期に? えらい中途半端だな……」


 こういうとき騒がしいクラスメイトの中本なかもとくんに向かって、クラスの過半数が揃ったころに登校してきた咲也が話しかける。確かに今は学期の始めでも何でもないので、中途半端という印象は間違っていないように思う。


「でも見たやつがいるんだって。なんかすごい派手な女子だってよ」

「ふーん……」


 テンションが上がって鼻息が荒い中本くんに指を差されたのは、僕の近くに座る金木かねきさんだった。どうやら日直の用事で職員室に行った彼女が担任と話す転校生を目撃し、一足早く挨拶したということらしかった。


「えーっと、うん。女子だったよ。それで、えーっと……」


 日頃おとなしい金木さんは突然クラスの話題の中心にされてあたふたしているようだ。中央に近い自分の席にいると嫌でもみんなの会話が聞こえてくるので、僕は黙ってそれに耳を傾けていた。


 外は曇り。梅雨が近いのか、なんだか湿気の多い日だった。

 転校生の襲来。ある程度の地域差はあるかもしれないが、長い学校生活の中でもそれほど多くない機会だ。気にならないといえば嘘になる。


「どんな子?」

「長い金髪で、ピアスつけてて……」

「へー」


 ――確かにそれは、この学校では珍しいタイプかもしれない。あまり着こなしにうるさい校風ではないけれど、そこまで絵に描いたような派手な生徒は胡桃原にはほとんどいない。


「スカートもかなり短めで、さすがにそれは先生たちに注意されてたけど……」

「そりゃ大胆だな」


 金木さんと話す咲也はさわやかに笑った。


 ――ん?

 そういえばそんな女子、どこかで聞いた……いや、見たような気がする。もしかして、と思ったところでチャイムが鳴り、クラスメイトたちはそれぞれの席に戻っていった。


 それからほんの数分後。教室にやってきた担任は朝の挨拶もそこそこに表情を引き締めた。


「ええっと、今日はこのクラスに新しく加わる転校生を紹介します」


 僕たちの担任は新任の女の人で、非常にまじめな気質の先生だ。初めてのことで緊張しているのか、先生は声を震わせながらしきりにメガネの位置を直している。


「みか子がんばってー」

「な、名前で呼ばないでください……」


 みか子先生はいじられて顔を赤らめつつ、廊下のほうに視線を向けた。ちなみに先生の名字は大坪おおつぼというが、生徒は誰もそういうふうに呼んでいない。


「それじゃ槇村さん、こちらにお願いします」

「はい」


 みか子先生の呼びかけに応える形で、扉が開く。


 まずはすらりと長い脚が教室に入ってきて、ほどなくして背の高い女子生徒が姿を現した。彼女は短いスカートを揺らす大きな歩幅でゆったりと教壇の横までやってくると、切れ長の目で僕たちのことをゆっくりと見回した。それ自体はごく普通の行動だと思うけれど、僕の印象に残ったのは彼女の視線だった。


 その目は、どこまでも冷えていたのだ。

 僕たちみたいな普通の学生には、まるで似つかわしくないくらいに。


槇村英里衣まきむらえりいです」


 噂の転校生はよく通る声で、ただひとこと、そう名乗った。

 槇村さん。

 今まで出会ったことのないようなタイプの彼女は、思っていた通りの人物――昨日吉田さんと歩いていた金髪の女の子だった。


 彼女はクラスメイトたちに向かってぺこりと頭を下げた。そして整った顔を上げると――あの冷たい目はどこへいったのか、ごく普通の女子高生の顔をして僕たちを……いや、教室の一番後ろの壁を見ていた。


「槇村さんはご家庭の事情でこの街に来られたそうです。それと――」


 みか子先生が紹介をしている間も、槇村さんは涼しい表情を崩すことなくじっと立っていた。話から察するに彼女の家庭は転勤族というやつらしく、それゆえにこういう状況にも慣れているのかもしれない。話を聞きながら、僕は改めて彼女の姿を見た。もちろん変な意味ではない。あくまで変わった容姿の転校生がもの珍しいだけだ。たぶん。


「…………」


 まず、目立つのは下ろした金髪だ。背中の中ごろまで伸ばされた髪は、パーマがかかっているのか少しくるくるとしている。凝った染め方をしているのか、毛先に向かって色が明るくなっていて面白い。


 そこから少し視線をずらすと両方の耳に控えめなピアスが光っているのが判った。まあ、これくらいならつけている生徒はほかにもいる。それよりも、彼女を目立たせているのはやはり服装だった。


 今日日きょうびアニメなどの創作物でしか見ないような短いスカートに、緩めに巻かれたネクタイ。そろそろ季節はずれになりそうな長袖シャツのボタンは二番目まで開いている。なんというか、全体的にだるそうな着こなしだと思った。僕はファッションのことはよく解らないので特に何かを言う気はないが。


「では、席は一番後ろの廊下側で……」


 そんなことを思っているうちにみか子先生の話が終わり、槇村さんは軽く会釈をしてから指定された席に向かった。そのとき、彼女はちょうど僕の隣を通ったのだが。


「――」

「ん?」


 すれ違うとき一瞬だけ、彼女の冷めた瞳が僕の方を向いた気がした。

 しかしそれに気づいたときには彼女は席に座ろうとしていたし、そもそも気のせいではなかったと言い切る自信もなかったため、僕は席で鞄を開けている彼女の姿をちらりと見ることしかできなかった。


 まあきっと、気のせいだろう。なぜなら僕たちは、知り合いでも何でもないんだから。昨日のことにしたって、あの距離で彼女が僕を気に留めた可能性は限りなく低い。そう思って、僕は放課後までの時間を何事もなく平穏に過ごした。



「じゃあ、また明日」


 放課後になり、僕は友人たちと別れて部室に向かった。今日は水曜で魔女研の活動日ではないが、もっとあの同好会のことを知るために顔を出してみようと決めていたのだ。教室から立ち去る際、ふと槇村さんの席に目をやったが、彼女はもう下校した後だった。


「…………」


 初日だし、まだいろいろと身の回りが落ち着かないのかもしれないな。

 そう思いつつも、僕は彼女の見せた冷たい視線がいつまでも気になっていた。自分でも不思議だったが、それは渡り廊下を進み、階段を昇り、魔女研の部室の前に立つまで続いたのだった。


 でも、さすがに切り替えなければ。


 部室のドアの前に着いた僕は、頭の中身を入れ替えるように大きく息を吸った。

 部屋の中からは女子たちの話す声が聞こえてくる。どうやら、会長と誰かのようだ。


 僕は引き戸をそっと開け、彼女たちを邪魔しない程度に声をあげた。


「お疲れさまでーす……」

「ん」

「え?」


 結論から言うと、部室の中には三人の女子生徒がいた。

 ひとりは会長さんでもうひとりは吉田さんだった。ここまでは特に意外なことではない。


 そして。


「あれ、あんた……」


 問題の、僕と目が合った三人目。紙パックジュース片手の槇村さんは涼しい顔でそこに座っていた。

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