魔女研編④:気になること

「で、どうだったんだよ魔女研とやらは」


 突然の入部騒動から一日、火曜日の放課後。僕は咲也に呼び出されて、中庭の隅のベンチに座っていた。


 咲也はやや長めに揃えた前髪をかき上げると、ちらりと僕の顔を見た。こちらに差し出された大きな手にはスポーツドリンクのペットボトルが握られている。これをやるから教えろ、ということなんだろうか。


 僕は咲也の手から冷えたペットボトルを受け取ると、蓋を開けて中身を口に含んだ。言うまでもないことだがきちんと新品だったので、彼の質問には素直に答えることにする。


「変なところだった」

「ふーん?」


 咲也は自分用のペットボトルの蓋をひねりながら、僕に話の続きを促した。


「部員は葉那のほかに三年生がふたりで、特別棟の三階を使ってる。あと、クーラーが効いてる」

「それはよかったな」


 中庭のベンチはちょうど日陰になっていて、この時間はいい休憩スポットになっている。おまけに今日はゆるい風が吹き込んできていて、より快適だ。

 咲也は手元のスマホで何かを読みつつ、僕に言った。ただボトルの蓋を開けただけで、まだ中身を飲んでいないようだ。


「三年生の片割れ……田中先輩の言うとおり、本当に活動の認可は得ているっぽいな。まあ、顧問は入院中だから居ないようなもんだけど」


 そういえば、公民の生原いくはら先生が急な病気で入院しているという噂を聞いた。咲也の調べたところによると(どうやったかは聞きたくない)、魔女研の顧問はその生原先生らしい。この学校には無認可の同好会が多数存在するが、部活動に準じた立場を得るためにはそれなりの手続きを踏んで学校の許可を取り付ける必要があるのだ。魔女研が部室を持っていることから僕はその点を疑っていなかったが、咲也は一応、裏をとっていたようだ。


「それでだ。秋には引き続き魔女研で活動してもらって……」


 ん?


「え、もしかして特派員の話ってマジだったの?」

「マジだぞ?」


 意外だ。

 どうやらこのスポーツドリンクは特派員の報酬代わりだったらしい。安いな。


「いやな、根拠はないんだけどちょっと気になるんだよ。その、田中美蘭って言ったら全国模試成績上位の有名人だぞ。一方でどの委員会や部活にも入ってなかったのに、その人が受験控えた三年になって突然同好会を立ち上げて、魔女伝説についてガチで研究しようって言うんだ。なんかこう、俺じゃなくても気になるだろ」


 咲也はドリンクをぐっとあおると、ぽつぽつと話し出した。しかし、どうやらまだ自分の考えをうまくまとめきれていないようで、彼にしてはちょっと歯切れが悪い言い回しをする。


「それにさ、秋」

「ん?」

「それに――」


 咲也はみるみる声を小さくして、自分の胸の内にあるものをぽろぽろと表にこぼし始めた。そして自分の言いたいことをなんとか絞り出すと、まるで力尽きてしまったかのように声にならない声を漏らした。さらにそこから続く言葉は、いつも自信ありげな彼にしては珍しく、ずいぶんとトーンダウンしたものだった。


「……俺、なんか変なこと言ってるかな」

「…………」


 咲也は画面の暗くなったスマホを握りしめたまま自分の膝に視線を落とし、僕はペットボトルを握りしめたまま赤らみ始めた空を見上げた。彼は、僕の返事を待っているようだった。重たい沈黙を少しだけ引き受けて、僕は答える。


「まあ、会長さんのことはよく知らないけど、咲也の言ってることは……まあ」


 僕は彼に応えるために、大げさに息を吸った。このまま言葉尻を濁しても咎められないだろうけど、それは僕らにとってよくないことのように感じられた。

 吸ったものを、ゆっくりと吐き出していく。


「僕は、間違ってないと思う」

「そか、ありがとう」


 ――頭を持ち上げているのがつらくなってきた。


 僕は首を回しつつ咲也に視線を戻す。咲也もまた、下を向くのをやめて背もたれにどっかりと身体を預けて前を見ていた。僕の言ったことのせいなのか、その横顔からはいくらか力が抜けているようだ。しかし次の瞬間にはまた眉間にしわを寄せていて、また何かを考え始めたようだった。


「なんつーか、引き続き頼むわ。たぶん、新聞部じゃ警戒されてダメだ」

「……うん」


 咲也はスマホをズボンにしまうと、立ち上がって大きく伸びをした。


「帰ろうぜ」


 僕はうなずいて、何も言わずに立ち上がった。

 それから僕らは校門に向かって歩き出したのだが。


「あれ、吉田さんだ」


 僕たちはすぐに歩みを止めた。

 見れば、吉田さんが誰かと連れだって校門から出て行こうとしているところだった。


 彼女の隣にいるのは、派手な金髪をなびかせた見慣れない女子だった。スカートを短くして制服を着崩した感じがちょっとノスタルジックというか、今どき珍しいタイプの人だ。


 見かけ上は制服をきっちり着た吉田さんとはかなり雰囲気の異なる人のようだが、まあ交友関係は人それぞれだろう。それに吉田さんも、決して真面目一本なタイプでもなさそうだし。


「吉田さんって魔女研の人か。隣にいるの、あれ誰だ?」

「さあ……三年の先輩じゃないの?」

「ふーん、まあいいか」


 そうこう話しているうちに、彼女たちは角を曲がって見えなくなってしまった。


「秋、帰りにコンビニ寄って行こうぜ」

「ん、いいよ」


 ――そういえばゲーム機を握っていない吉田さんは初めて見たかもしれない。

 そんなつまらないことを思いつつ、僕と咲也も彼女たちの後を追うように学校の敷地を出た。


 空はまだ明るい。とりあえず次に咲也からおごってもらうお菓子を見繕っておくとして、明日は会長さんの話を聞きにいこうと思った。

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