チュートリアル:このゲームについて
そこは一面真っ白な世界だった。
ただひとりそこに取り残されて、目の前の小さなドアが開くのを待っていた。
*
「恋愛アドベンチャーゲーム、『Dreaming Fruits』の世界へようこそ!」
真っ白な部屋。僕の目の前に現れた金髪の女の子は、いきなりそんなことを言ってのけた。
「わたしはこのゲームの案内役、ナビゲーションキャラクターのナビ子だよ。よろしくね、
女の子――ナビ子は高めに結ったツインテールをゆらゆらと揺らし、僕の周りをぐるりと一周してみせた。よく見ると、いや、よく見なくても彼女は宙に浮いている。おまけにこの子は妙に近未来的というか、やけにぴったりとした青いボディスーツみたいな変な服も着ていて――顔はかわいいけど、見れば見るほどおかしな子だ。
ちなみに僕自身には、こんな奇妙なシチュエーションに置かれるような心当たりはまったくない。
「もしもーし、秋くん? 大丈夫?」
いろいろと言いたいことはあったが、今は。
「…………はあ」
気の抜けた返事をするのが精一杯だった。
「あ、よかった! 生きてる~!」
ナビ子とかいうやる気のない名前の女の子は、同じようにやる気のない僕の返事にもうれしそうに反応した。同じやる気のないもの同士、ちょっと気が合うのかもしれない。それにしても、生きてる~って。僕はそんなに死にそうな顔をしているのだろうか。
「それでね秋くん、まずはこのゲームの目的なんだけど……」
「ね、ちょっと待って」
絵に描いたようなニコニコ笑顔で話し始めようとするナビ子を、僕は遮った。
なんとなくだけど、このままでは彼女のペースで話が進んでしまう気がした。そもそもナビ子は、さっきから何と言っている? ゲームがどうとか、恋愛がどうとか、何となく嫌な予感しかしない。
「ん? どうしたの?」
「あの、根本的なことを質問したい」
するとナビ子は丸いパーツが寄り集まってできた顔をぱっと輝かせて、
「え、質問? 質問なの? わあ~、ナビゲーションキャラクターの本領発揮だね! うれしいなあ、こういうの」
なんて、にやけ顔で言った。まずい、なんだか話が進む気配がしないぞ。こうしている間にも、彼女は『秋くんに質問してもらえるなんて』とか、よく解らないことを声に出しながら照れたように笑っている。いや、知らない人とはいえ、目の前の女の子がご機嫌なのは良いことなんだろうけど……。
そうして僕が必死に次の台詞を考えていると、突然ナビ子は表情を切り替えた。一瞬前までのにやけ顔はどこへやら、その表情は真剣そのものだ。さながらお仕事モードといった雰囲気だろうか。
「あっ、失礼! 優秀なナビ役、または秋くんの頼れるパートナーとして質問に答えるね。それにしてもパートナーか……」
……というのは、僕の過大評価だったらしい。なぜかナビ子は、自分で発した台詞に真っ赤になっている。宙をくるくる舞いながら髪の毛をいじる彼女は、やっぱりおかしな女の子にしか見えなかった。
「えーっとね、まず、秋くんがこれから過ごす世界について説明するね」
「ああ、うん……。よろしく……」
とうとうナビ子はにやけて崩れきった顔のまま、空中でくねくねしながらナビゲーションを始めた。
……細かいことはさておき、今は彼女の話を聞こう。深いことを考えるのは、なんだかとても無駄な気がした……。
「最初に言ったとおり、ここは恋愛アドベンチャーゲーム『Dreaming Fruits』の世界だよ。これは、秋くんが主人公として魅力的な女の子たちと仲を深めて恋愛関係に発展することを目的としたゲーム――いわゆるギャルゲーって呼ばれるジャンルの作品だね」
なにはともあれ、ナビ子の説明が始まる。
「秋くんは
ナビ子はナビゲーションキャラクターらしい流暢なしゃべりで、ここまでの話をほぼ一息で語ってみせた。しかし彼女には悪いけども、これはなんというか、あれだな。
「まあ、ちょっと王道というか少しありがちというか、要するにとってもありきたりな学園ラブコメなんだけど、その分ストーリーには入り込みやすいと思うから、楽しんでいってほしいな!」
「あ、はい」
思っていたことを言われてしまった。おのれナビ子、ふざけているようでなかなかやりよる。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ナビ子は満面の笑みを浮かべながら両手を広げた。彼女の指先からは光の粒子のようなものがあふれていて、それらはみるみるうちに大きなモニターのようなものを形作る。
「それで、次は登場キャラクターの紹介をするね。ギャルゲーに限らず、アドベンチャーゲームといえば魅力的なキャラクターが華だからね!」
僕の目の前に現れたモニターに、ナビ子がテレビリモコンを向ける。
「いや、それテレビなの!?」
「いいリアクションありがとう、えへへ~」
思わず渾身のノリツッコミをかましてしまった。ナビ子はそれを半分くらい受け流しつつ、リモコンのボタンをぽちぽちと押していく。最初は舞台らしき学校の風景や僕自身の全身ビジュアルなどが表示されていたが、何度目かの操作で見覚えのあるポニーテールの女の子の画像に切り替わった。
「それじゃあ、ゲームに登場するヒロインたちの紹介からだよ。ひとり目はこの子、
ナビ子の言うとおり、彼女のことは知っている。僕がちょっとした縁から仲良くしている下級生だ。葉那がそういう立ち位置だなんて、個人的にはちょっと想像がつかないが……。
ちょっとくすぐったい気持ちになっているうちに、画面は次のヒロインへと切り替わる。どうやらここでの紹介は最低限に済ませるようだ。
「ふたり目は、
続いて映し出されたのは、両耳にピアスの開いたつり目の女の子だ。普段の僕なら付き合いのないような、見るからに不良っぽい雰囲気だが、彼女もヒロイン、すなわち僕の恋人候補らしい。
説明は続く。
「三人目は、
今度は、髪を肩で切りそろえた女の子。しっかり者で気が強いという説明は、なんというか見たまんまだ。廊下ですれ違ったことがあるような、ないような。学年も違うみたいだし、いまいち思い出せない。
首をひねる僕をよそにナビ子がもう一度リモコンを操作すると、目の前のテレビ画面はタイトルロゴらしきポップな文字が踊るものに切り替わった。どうやら、説明はここまでらしい。
「ほかにもサブキャラクターが何人も出てくるけど、彼らに関しては実際のゲーム内で確認してみてね! みんな楽しくていい人たちだから、鬱展開が苦手なプレイヤーにも安心だよ!」
「そうなんだ、それは助かる」
「そのへんはさすが我らが創造主、抜かりありません!」
僕とナビ子は、顔を見合わせて笑いあった。
わはは。
わははは。
わはははははははははは……。
「って、ちょっと待って。ゲームとか創造主とか、なんで僕はこの世界観をサラッと受け入れてるの? 自分で意味が解らないんだけど」
「んん~……」
ナビ子は顎に手を当ててしばらく唸ると、
「まあ、そういうふうに出来ているから仕方ないんだよ! これからがんばってね、主人公さん!」
またまた満面の笑みを浮かべて二枚目のテレビ画面を用意するのだった。
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