第2話 ぼっち仲間
女子はゆっくりと歩いていった。
しかしそれでも歩幅が大きいので、私は早歩きでついていかなければならない。
大通りを歩いて交差点のさらに向こうへ、ここから先は私の行動範囲外だ。
「……」
―――帰りが遅くなっちゃうな、という気持ちが脳裏をよぎった。
私は少し迷って、だけど気にしないことにした。親は夜遅くにならないと帰ってこないし、帰ってきたって疲れていて私のことなんてどうせ気にしてない。ちょっとぐらい気にしたらいいのだ。
交差点からしばらく歩くと、女子は横道に入っていった。住宅街を抜け、辺りは寂しげな景色になっていく。距離を置いて私もついていく。
やがて女子は立ち止まった。
立ち止まって、何かをじっと見下ろしている。
その視線の先にはお地蔵さまの祠があった。ここからだと見えにくいけど、至って普通の祠に見える。周りには廃屋や車の少ない駐車場が広がっているだけの寂しげな場所だ。
女子はそんな人けのない祠の前でしゃがんで、なにやらもぞもぞしている。
そして一礼すると、大きな身体を折ってその中にするりと入っていった。
「……え?」
入っていったのだ。
祠の周りを見ても、後ろにはフェンスがあってその奥に駐車場があるだけだ。どこかに入れるような空間があるようには見えない。
「……?」
恐る恐る祠に近づいてみる。
赤い前掛けをつけたお地蔵さまがいる。名前のわからない白い花がお供えされている。近くで見てもなんの変哲もない。
「……」
試しに私もその前で一礼してみる。
なにも起きない。
少し考えて、近くの自動販売機でホットココアを買ってお供えしてみる(本当は和菓子とかがあればいいけど、私の通う学校は持ち込みが禁止なのだ)。
やっぱりなにも起きない。
「……」
見間違いだったとは思えない。目を閉じればそこには彼女の姿が思い浮かぶ。公園のベンチで所在なさそうにしていたその姿。無邪気な様子ながらどこか寂しそうだった。
そう、私がそんな彼女に興味を持ったのは、もちろん話し相手がほしかったのだけど、それ以上に寂しそうに見えたというのもあるのだ。何日も公園にいるのに彼女が他人といるのを見たことがない。興味深そうに公園をまわりながら、最後にはとぼとぼとベンチに戻って、そして日暮れと共に帰っていく。私はそんな彼女の姿に自分を重ねていたんだ―――ということに今さら気がついた。
「……あ」
目を開くとお地蔵さまがいなくなっていた。
いなくなった場所には、ちょうど人ひとりが入れそうな暗闇が広がっている。
「……」
暗闇は深くて、中がどうなっているのか見当もつかない。
だけどもう迷うことはなかった。私は身を屈めると、その暗闇のなかにえいやと入った。
―――すると、あるはずの地面の感触がなかった。
「……え?」
地面がない、というのはどういうことか。
「―――!!」
声にならない叫びと共に、支えを失った私の身体は暗闇へと落ちていく。
ああ、本当に怖いときは声って出ないんだ、という変に冷静な自分と、あれ、これってやばいんじゃないの?という変に他人事な自分が落下する私のことを眺めていた。
しかしなにがどうであれ、このまま地面に着いたら、おしまい、である。
(死ぬかもっ)
そう思って目を瞑ると、走馬灯的に過去の映像が思い出される。
親、祖父母、昔飼っていた犬、友達だと思っていた他人、
―――ああ、こんなときにまで嫌な記憶が出てこなくていいのに。
「わっ!?」
と、急に柔らかな感触に包まれた。
何事か、と思ってもなす術はない。私の体はその柔らかな何かの上で三回ほどバウンドして、ようやく落ち着いた。
「……?」
恐る恐る目を開けると、周りは明るくなっていた。
夕焼け空が見える。どうやら外に出てきたらしい。しかし辺りには建物も道路もなく、広々とした森が広がっているだけである。私はそれを高いところから見下ろしている。
明らかに私が今までいた世界とは違う場所だ。
しかし、この世界がどこか、なんて思考する余裕はなかった。
それよりもこのすぐ目の前に広がる景色について考えないといけない。
「な、なんだあ?」
女子は驚いた顔で私のことを覗きこんでいる。
しかし、なんだ、はこちらの台詞である。
私のことを見下ろすその女子の顔は、とてもとても大きかった。
顔だけじゃなく体も大きい。公園にいたときとは比べ物にならない。簡単に言えば、その女子の体は学校の校舎ぐらいの大きさになっていた。私はその巨大な胸の上に落下して受け止められたのだ。
「―――」
驚いて声が出ない。
しかし相手も戸惑っている。何か話さなくては。そう思った私は混乱していたのだ。
だから自分でもなに言ってるか分からなかったし、一番始めに思い浮かんだことがただ口をついて出ただけなのだ、仕方なかったのだと言い訳しておく。
「あ、う、えっと……と、と」
「……と?」
「と―――友達に、なってくれませんかっ」
「……うえ?」
唖然とした女子の顔が目の前に浮かぶ。
何度も言う、仕方なかったのだ。
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