第63話
俺は
周囲には畑と竹林しかないような
錆びた鉄の門の前に車を停めると、グリーンの作業着を着た背の高い老人が姿を現した。
「うちの使用人の
香子はそれだけ言うと、一人ですたすたと家の中へ入ってしまう。事務所で見せた、娘の死に涙する母親の態度が嘘のような冷淡さである。
「……あの」
「
雨宮老人はそう言って深々と一礼した。
「……はァ。ではまずは事件現場の遥さんの部屋の様子を拝見したいのですが」
「
門をくぐり抜けて、俺は雨宮の後について歩く。しかし妙なことに、雨宮は香子が向かった先とは反対方向に進んでいくではないか。
「あの、雨宮さん、これから遥さんの部屋に行くんですよね?」
俺は慌てて雨宮を呼び止める。遥の部屋へ向かうなら、家の玄関から入るのが普通だろう。雨宮は一体どこへ向かうつもりなのか?
「遥様が暮らしていた部屋は、庭を挟んだ離れになっているのです」
そう言って雨宮は目を伏せた。
「お嬢様は幼少の頃から皮膚の病を患っておりまして、簡単に申し上げますと光に対するアレルギーをお持ちだったのです」
「……それは
「日の光だけではありません。白熱電球、蛍光灯、LEDライト、あらゆる光に対して耐性がなかったので御座います。例外として
ならば日常生活を送るだけでも一苦労だっただろう。
遥が香子たち家族と別に生活していたのはこうした事情からだ。
雨宮の後に付いていくと、木造の小さな小屋が見えてきた。あれが遥が生活していたという離れだろう。
「遥さんとはどういう人だったのですか?」
雨宮は俺のその質問を予期していたようで、胸のポケットから一枚の写真を取り出した。そこには高校生くらいの美しい少女が写っている。思わず見惚れてしまいそうな美貌だが、同時にすぐに壊れてしまいそうな儚さが同居している。
「遥様は私のような使用人にも優しく接してくださいました。本を読むのが好きな、物静かな方でした。それがまさか、このようなことになるとは……」
「事件があったのは何時頃ですか?」
「私がお嬢様の変わり果てた姿を発見したのは二日前の夕方頃です。離れまで夕食をお持ちしたのですが声をかけても反応がなく、内側から鍵がかけられておりました。こんなことは初めてなので、奥様と旦那様、それから
「司様?」
「日浦家の長男。遥様のお兄様です」
「それ以外に家族は?」
「いいえ。父、
そんな質問をしているうちに俺たちは小屋の前まで到着する。小屋の入り口は黄色いテープで塞がれており、制服警官が一人立たされている。だが香子が探偵を依頼したことを知っているのか、俺が中に入ろうとしても睨みつけてくるだけで何も言ってこない。
入口の引き戸を開けると外の光を入れない為だろう、黒い遮光カーテンがかけてある。俺はカーテンをくぐって部屋の中に入る。
そこには……
――
「…………誰です?」
俺は振り返って雨宮に尋ねる。雨宮の説明では遥に弟はいない筈だ。
「え? 鏑木様のお連れの方ではないのですか? 鏑木様の助手の
「…………」
俺は小林とかいうガキに背後から近づき、首根っこを掴むとそのまま外に連れ出した。
「痛い、何をする!」
「それはこっちのセリフだ。何のつもりか知らんが仕事の邪魔だ。ガキは大人しく家でゲームでもしてろ」
「イーーだッ!」
俺は尚も立ち去ろうとしない小林の胸の辺りを突き飛ばす。
「きゃあ!!」
「……え?」
掌に残る、柔らかい感触。これって……。
「貴様、よくも触ったな!」
小林が涙目で俺をキッと睨んでいる。ベリーショートの髪の所為で少年に見えたが、よく見ると確かに女の子だ。
「すまない、だが今のはわざとじゃなくてだな……」
「私のパイオツ揉んでおいて何もなしってことはないよな?」
「パイオツ言うな。それから揉んでないし!」
「往生際が悪いぞ。男ならきっちり責任を取って貰おうじゃないか!」
「……せ、責任って何だよ?」
俺は思わずたじろいでしまう。
「私を探偵助手として雇え!」
小林は俺にそう命じた。
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