第30話

「貴方の使ったペテンはすっかりわかっています」


 小林こばやしは最後列の席から壇上までゆっくり歩いて、恵比寿えびすが吐き出した紙を拾い上げる。


「これがその証拠です」


 ――何と、折り畳まれたその紙は、小林が書いた666の数字が表向きになっているではないか!?


「……なッ!? これはどういうことなんだ、小林!?」

 俺には何が起きているのかまるで理解できない。


 小林はそれが愉快なようで、得意そうに胸を張っている。


「オッホン。それではこの場にいる皆さんに、恵比寿さんがやった手品のタネをご説明致しましょう。まず露骨に怪しかったのは数字を書いた紙の折り方を指定してきたことと、箱の中に一度紙を入れることです」


「ちょっと待った、箱に仕掛けはないんじゃなかったのか?」


 紙を入れる前に小林は念入りに箱を調べていた筈だ。そのとき、何も仕掛けがないことを認めていたのではなかったか?


「その通り、紙と箱そのものには何の仕掛けもありません。ポイントになるのは、何故数字を書いた紙を一度箱の中に入れるのか? という部分です。紙に触れただけで中に書かれた数字がわかるというのなら、そのまま紙を手渡してもいい筈です。それなのに何故、恵比寿さんは箱の中に紙を入れるという工程を挟んだのでしょうか?」


「…………」

 確かに言われてみれば、やや不自然な行動のように思える。

 しかし、それが何を意味するかまでは俺にはわからない。


「もう一つのポイントは恵比寿さんが紙を食べたことです。より正確に言い換えると、箱の中から紙を取り出したことが問題になってきます。一度箱の中に仕舞った紙を何故また取り出して、食べてしまう必要があったのか?」


 折り畳み、箱に入れ、取り出し、食べる。


「あああッ!!」

 そこで俺は雷に撃たれたような衝撃を受けた。

 何故こんなことに今まで気が付かなかったのか?


「もうお気づきの方もいるでしょう。恵比寿さんは触れただけで数字を当てると言いつつ、箱の中で


 恵比寿が指定した紙の折り方は、正方形の四隅の角を中心に向かって折り畳み、一回り小さい正方形を作るというものだった。紙の中央に数字を書いた場合、逆方向に折り畳めば数字が丸見えの状態になる。


「そして体内に入れれば100%当てられるなどと言いながら、箱から紙を取り出します。皆さんには折り畳まれた面を見せるよう箱の中から取り出せば、恵比寿さんは紙に書かれた数字を見ることが可能というわけです。最後に口の中に入れて飲み込んでしまえば、証拠を消し去ることもできます」


 紙を食べたのは箱から紙を取り出す口実だっただけでなく、イカサマの証拠隠滅の意味もあったのだ。


「……じゃあ何故、恵比寿さんは紙を吐き出してしまったんだ?」


「それは私が特製インクで数字を書いたからだ。折られた面を正面にして口の中に入れれば、必然的に数字が書かれた面が舌の上にくることになる。舌が痺れた恵比寿さんは驚いて紙を吐き出してしまったんだよ」


「…………」

 むごい。

 ある意味、詐欺師よりも酷い悪魔的所業だ。


「……タバスコインクなんて、何で都合よくそんなものを用意してるんだよ?」


「事前の情報で紙に書いた文字を当てるというところまではわかっていたので、とりあえず色んな種類のインクを用意してきたのだ。時間が経つと消えるものや、ブラックライトを当てると文字が浮かび上がるインクなんかもある。どれを使っても数字当てを失敗させることはできそうだったが、イカサマの証拠を突きつけることができる方法を選んだまでだ」


 なるほど。

 そう言われると、一応は納得できる。


「……ならタワシはどこから出てきたんだ?」

「あれは祖母の形見だ」


 いい加減なことを言う小林の背後で、コソコソと動く影が二つ。


「あ、逃げたぞ!」


 荷物を纏めた恵比寿と川田がびゅーと出口から走り去っていく。


「……まあ、今回の依頼はペテンを見破って依頼人の友人の目を覚ますことだ。あとは警察に任せて、我々も立ち去るとしよう」


「…………」


 唖然としている会員たちを残して、俺と小林も何故か逃げるようにして会場を後にするのだった。

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