第29話

「……おい、本当に大丈夫なのか?」

 俺は不安になって、小林こばやしに小声で話しかける。


「心配するな鏑木かぶらき。まあ見てろって」

 小林は自信満々な様子だが、本当に大丈夫なのだろうか?


「……わかりました。そこまで言われてはここにいる皆様の手前、引き下がれませんね」

 恵比寿えびすの方も引く気はないようだ。


「では始める前に一つ提案したいのですが、そちらで用意したペンに何か細工があるかもしれないので、私が持参したものを使ってもいいですか?」


「構いませんよ、それくらい。その代わり、私が貴女の書いた数字を言い当てたら速やかにここから出て行って戴きます」


「ええ、それでは始めましょう」


 両者の間で見えない火花が散っている。


 アシスタントの川田かわたが小林に紙を手渡す。

 小林は鞄からペンを取り出し、紙に数字を書き込んでいく。


 ――小林が書いた数字は、666。

 ――血のように赤いインクで書かれている。


「皆様が確認し終えたら、所定の折り方で紙を折り畳んでください」


 小林は言われた通り、正方形の紙の四隅の角を中心に持ってくるようにして折っていく。これで何が書かれたのか完全に見えなくなった。


「では、こちらの箱の中へ」


「待った。その箱も何か怪しい。紙を入れる前に一度調べさせてください」


「……いいでしょう」

 恵比寿はまだ余裕の表情だ。

 本当に小林は恵比寿が使ったペテンを見抜けたのか?


 小林は箱の中を覗き込んだり、手を入れてみたり、ひっくり返してみたり、箱に仕掛けがないか入念に調べている。


「気が済みましたか?」

「……おかしい、妙だ。箱におかしな点は何もない!?」


 恵比寿がニヤリと笑う。

「仕掛けなど最初から何もないのです。さあ、それがわかったのなら早く紙を箱の中に入れてください」


 小林は首を傾げながら、折り畳んだ紙を箱の中に入れる。


「それでは貴女の記憶の断片を読み取って、数字を当てて見せましょう」


 恵比寿が箱の中に手を入れたそのとき。


「ひいッ!?」


 突然情けない悲鳴を上げて、恵比寿が箱から手を引き抜いた。

 一方それを見た小林は、嗜虐的しぎゃくてきな笑みを浮かべていた。


「おやおや、どうしました恵比寿さん? 私の記憶の断片を読み取るんじゃなかったのですか?」


「……くッ!」


 恵比寿は意を決したように再び箱の中に手を入れる。そして中から取り出したのは、何とだった。

 小林は箱の中を調べるふりをして、中にタワシを仕込んでいたのだ。


「取り出しちゃダメじゃないですか。触れただけで何が入っているか当てないと」


「……勿論、触れた時点でタワシだってことはわかっていましたよ。しかし、今回は貴女の書いた数字を当てるのが目的ですので邪魔な異物は取り除いたまでです」


 恵比寿が再び箱の中に手を入れる。


「……ふむふむ、なるほど。わかりました」


「でしたら数字を答えてください」


「いえ、ここは万全を期しておきますよ。体内に取り入れることで私のサイコメトリーの精度は100%になる」


 ――恵比寿が箱から紙を取り出して、口の中に入れたそのとき。


「ぐぎゃあああああッ!!」


 悲鳴と共に、恵比寿が口から紙を吐き出した。

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