第28話

「皆さん、ようこそお集まり戴きました。千思会せんしかいの代表を務めさせて戴いております、恵比寿えびす夕也ゆうやと申します」


 壇上に立つ狩衣かりぎぬを纏った壮年そうねんの男は恭しく一礼する。頭には烏帽子えぼしを被り神主のような恰好をしているが、その顔には嘘くさい笑顔が張り付いている。


「……おい小林こばやし、恵比寿ってまさか」

「ああ、達磨軒だるまけんで会った偽牧師の弟かもな。兄弟揃って似たようなことをしているというわけだ」


 千思会の集会は、オフィス街のビルの中のレンタル会議室の中で行われていた。参加人数は三十人程度。その顔ぶれは老若男女、様々である。

 俺と小林はその中に潜り込んでいた。

 依頼人、丸山まるやまふみえから柳沢やなぎさわ六花りっかに連絡して貰い、俺と小林がこの集まりに興味を示していることを伝えたのだ。そこから先は簡単だ。会員である柳沢の紹介ということで、俺と小林は見学という名目で潜入に成功したのだった。


「今回は初めて参加する方も何名かいらっしゃるようなので、まずはサイコメトリーの世界のほんの一端でも体験して戴ければと思います」


「おいでなすった」

 小林が目を光らせる。


「それじゃあ、そこの貴方」


 恵比寿にそう呼ばれたのは俺だ。

 巫女のような格好をしたアシスタントの若い女が、最後列の椅子に座る俺に正方形の名刺サイズくらいの白い紙とペンを手渡した。紙は画用紙くらいの分厚さで、文字を書いて透けることはなさそうである。


「その紙の中央に1から999までの好きな数字を書いてください」


「…………」


 俺は少し考えてから3桁の数字をペンで書き込む。


 387


 特に意味はない。ついさっき頭に浮かんだだけのランダムな数字だ。


「書き終えましたらその数字を皆さんに見せてください。私とアシスタントの川田かわたには見せないように」


 俺は紙を回して、参加者たちに数字を見せていく。


「皆さんの確認が終わりましたら、今度はその紙の四隅の角を中心に向かって折ってください。すると一回り小さい正方形になると思います」


 俺は言われた通りに紙を折る。これで俺が書いた数字は完全に見えなくなった。


「できましたら、紙をこちらの箱の中に入れてください」


 川田と呼ばれた女性アシスタントが、再び俺のところに一辺が30センチくらいの立方体の箱を持ってくる。箱の上部に手が入るくらいの小さな穴が空いているが、中が覗けないようゴム製の黒いヒダがついている。

 俺は箱の穴に折り畳んだ紙を入れた。


「それではこれより、箱の中の紙をサイコメトリー能力によって手で触れただけで当てて見せます」

 恵比寿が箱の上部の穴に手を入れる。


「見えます見えます。6、いや、3、7でしょうか?」


「…………!?」


 本当に数字を読んでいる?

 俺は思わず唾を飲み込む。


「……大体わかりました。今の段階で当てられる確率は80%といったところでしょう。しかし、数字を当てる精度を100%に上げる方法があります。それは」


 恵比寿夕也は箱から紙を取り出すと、何とそれを食べてしまった。


「なッ!?」

 俺は驚きの余り、あんぐりと口を開けてしまう。


「体内に取り込むことで、私のサイコメトリー能力は極限にまで高まります。貴方が書いた数字は387です」


「……あ、当りです」


 会場からは、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。


 一体どうなっている?

 恵比寿には本当にサイコメトリー能力があるのか?


「ふん、その程度の手品で超能力者気取りとは、ちゃんちゃら可笑しくて見ていられないですね」


「だ、誰だ!?」


 声の主は勿論、小林だ。


「今度は私の書いた数字を当ててみてくださいよ、恵比寿さん」

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