第18話

小林こばやし、無事か?」


 図書室に雪崩なだれ込んできた警察関係者たちに紛れて、アロハシャツを着た青年が小林さんの名前を呼ぶ。

 多分、小林さんが電話した相手だろう。背は高いが、ひょろりとして少し頼りない印象だ。


「遅い。遅過ぎるぞ鏑木かぶらき! ヘッポコ助手の分際で名探偵を待たせるとは、自分の立場がわかっていないようだな」


「あぁん? 立場がわかってねーのはお前だ、小林! 俺はお前の雇い主、お前は俺の助手なの。ドゥー・ユゥー・アンダースタン?」


「発音が良すぎてよく聞き取れなかった。大きな声でもう一度」


「ケツから手ェ突っ込んで、奥歯ガタガタいわせたろかい!!」


 両者睨み合い。というか、壮絶なメンチの切り合い。


「……ふん、それだけ憎まれ口が叩けるなら平常運転のようだ。急いで駆けつけたのに、心配して損した」

「お前に心配される筋合いなどない」


 そこで小林さんの雇い主、鏑木さんは漸く私の存在に気が付いたようだ。


「……オホン、お見苦しいところをお見せしました。わたくし、鏑木探偵事務所の、鏑木しゅんと申します。何時もうちの小林がお世話になっております」

 鏑木さんは私に名刺を差し出した。


「……初めまして、大崎おおさき美和みわです」


「電話で話した依頼人だ。依頼内容は裏庭の西瓜スイカ畑を荒らした犯人を突き止め、動機を聞きだすこと」


「小林君に鏑木君、今はそれどころではない」

 そう言ったのは、夏なのにトレンチコートを着た鷲鼻の刑事だった。

 どうやら小林さんたちとは旧知の仲らしい。


「死んでいるのは二年生の吉岡よしおか常生つねお。斧で自分の頭をかち割って死亡。現場の図書室には司書の音無おとなし可奈かなも一緒だった」


「……警部、それってどんな状況なんです?」

 鏑木さんが刑事に質問する。


「音無可奈の証言では突然、吉岡常生が音無に襲い掛かり、窓際まで追い詰めたところで斧で自分の頭をかち割った、ということらしい」


 鏑木さんがチラリと小林さんを見る。

「間違いない。大崎も吉岡が自分で自分の頭に斧を振り下ろした瞬間を見ている」


「今、鑑識かんしきが詳しく調べているところではあるが、状況証拠も音無の証言を裏付けている。吉岡が持っていたのはハンドアックスと呼ばれる小型の斧で、柄に付いていた吉岡の両手の指紋は普通とは逆向きになっていた。これは吉岡が刃先を自分の方に向けた状態で斧を握っていたことを意味している」


「……だったらこれは、自殺ということですか?」


「それは違うな」

 小林さんはそう言って不敵に笑う。


「これは殺人事件。それも、狡猾こうかつな犯人によって計画的に仕組まれた殺人だ」

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