【一話完結】悪役令嬢にされたと思っていたら、第二王子と結ばれてしまいました

たけし888

婚約破棄。そして……

「キヌルス第一王女、アルマ。キミはもう、私の婚約相手ではない」


 グラスの割れる音がした。

 私がそれを落としたのだと気付くのに数秒かかった。


「カイム様……どういう、ことですか」


 私と婚約相手の王子様を招いた婚姻パーティー。

 セントラ王国の貴族たちが私たちを祝福してくれるはずの催し。

 その挨拶の場で、いきなり婚姻の破棄を告げられるなんて。


 私がうろたえる様子を見て、『元』婚約相手は可笑しくてたまらないというように笑っている。


「クク……どうもこうもないさ……私にはキミより相応しい女性が居る。

 ただそれだけのことだよ」


 静まり返った会場の中で、カタッと立ち上がる者がいた。

 銀の長い髪をひらめかせて歩くドレス姿。

 私の……妹だ。


「カイム様っ♪ わたくし、この時を待ちわびておりましたわ」

「ああ、カトリーナ。私も同じ気持ちだよ……」


 妹はカイム様の腕に抱かれ、軽く頬にキスを交わした。

 その姿からは、以前から二人が仲睦まじくしていた事実がうかがえる。


「姉さま。これは、あなた自身が招いたことなのですよ?」

「何ですって……?」


「あっははっ! 自覚していらっしゃらないのですか?

 貴方のような女はこの国の后として相応しくないと。

 そうは思わないのですか??」


「はは……カトリーナ。それではいけないよ。

 馬鹿には全て言ってあげなくては伝わらないのだから」


 カイム様の目は、私を哀れんでいた。


「どうだろう。この場で彼女の”武勇伝”を皆に聞かせてあげるというのは」

「あぁ、それは素晴らしいお考えですわ! こほん……」


 カトリーナはわざとらしく咳払いをして、語り始めた。


「わたくしの愚かな姉は、6つの時に城を抜け出し野山で遭難しました。

 散々騎士たちが探し回って見つけ出したとき、姉は何と言ったと思いますか?

 『おおきな川で遊んでみたかったの』そう言っていたそうですわ」


 パーティー客の間から失笑が漏れる。


「それだけではございません。

 7つの時は父の宝剣を盗み出し、庭で振り回すことがしょっちゅう。

 8つの時は庶民と遊びたがって貴族学校を飛び出し。

 9つの時など騎士たちの訓練場へ潜り込んでは男たちをたぶらかしていたと聞きます」


 ざわめきが大きくなっていく。

 私はかあっと頬が熱くなるのを感じた。

 これは昔からカトリーナが私を虐めるお決まりのエピソードだ。


 幼い頃から、私は貴族の女の子たちや侍女と過ごすことが苦手だった。

 それよりも野山で駆け回り、市井に広まる他愛も無い遊びに興じ、男と同じ剣技を学ぶことに興味があった。


 そんな私を妹は嘲っていた。

 女らしくないと。貴族としてあるまじき姿だと。


 そんな冷たい視線は、いまパーティー客たちから向けられているものと同じだった。


「お集まりの皆様も、お分かりになったかしら?

 アルマ王女は貴族としての役目に向き合うことを放棄してきた、王女失格の女ですの。

 このようなじゃじゃ馬が后としての務めを果たすのに適しているのでしょうか?」


 クククッと声を押し殺した笑いが私を包む。

 足がふるふると震えて言うことを聞かない。

 

 仮に私に至らないところがあったとしても、この婚姻は元々セントラ王国のほうから持ちかけられたもの。

 それをいきなり反故にされて。

 しかも大勢が見ている前で、これほどの侮辱をされるなんてことがあっていいのか。


「ああ、可哀想に! 言いすぎじゃないか、カトリーナ?

 彼女は今にも泣き出しそうじゃないか」

「あら! それは悪いことをしましたわね?

 わたくし、姉さまのこんなか弱い姿は初めて見ましたけれど……」


 王子様とカトリーナは、涙をうるませた私をニヤニヤと見つめていた。


「けれど姉さま。一つだけ感謝しなくてはならないことがありますわね?」

「……一体、なにを……」

「だって、貴方が最初にカイム様との婚姻を受けなければ、

 わたくしがカイム様と出会うことも無かったんですもの!

 姉さまが愚かな女だったことに、わたくし大変感謝しておりましてよ!

 ありがとうございます、お姉さま♪」


 二人は見せつけるようにキスを交わした。

 私はへなへなと力が抜けて立てなくなる。

 昔から私を嫌っているとは思っていたけれど、まさか婚姻相手を奪うなんて。

 ここまで酷い仕打ちを受けるなんて……。


 何もかも捨てて逃げ出そうかと思い始めたとき、突然会場に大きな鐘の音が響き渡った。


 ゴーン…… ゴーン……


 この国には1つの決まりがある。

 『鐘の音が鳴るのは、王が公の場に姿を現す時のみ』


 そして、その言い伝えの通りに。

 王はパーティー会場全体を見渡せる、二階から私達を見下ろしていた。


 なぜ王がここに現れたのか?

 なぜ、やってくることを誰にも知らせなかったのか?

 

 それは、王がこの婚姻を重要なものだと認識しているからなのか……。

 それとも、私をさらに辱めるためなの?


 私はもう声を上げて泣きじゃくりそうだった。

 王子様と妹に嘲笑われて、相手方の国王にまで笑いものにされてしまったら、

 もう大手を振って歩くことなんて二度とできなくなる。


 王は哀れな私の姿を一瞥すると、重々しく口を開いた。



「第一王子、カイムよ。今よりお前は、我が息子ではない」



 パーティー会場に再び沈黙が降りる。

 客の貴族たちは表情を凍りつかせていた。


 突然なにを言い出すのか。

 カイム様が何をしたと言うのか。

 国王は乱心か?


 貴族たちは視線を交わしあい、そんな困惑を共有していた。

 けれど、王子様はそれに構わず王へ吠えた。


「父上!! 一体なにを言っておられるのです!?

 ここは私の婚姻パーティーの場! 記念すべき一日ではありませんか!?

 そんな時にご乱心をするとは」

「もうよい」


 王はカイム様の叫びを手で制した。

 その威厳の前に、さすがの王子様も黙るしかなくなる。


「確かに、この日はお前にとって記念すべき一日となるはずだった。

 だが、それを無意味な時間に変えてしまったのはお前自身だ」


 王の言葉には静かな怒りが籠もっていた。


「私は元々、お前の奔放さは目に余ると思っておった。

 優柔不断にして自分勝手。

 今まで幾度となく宮中の侍女をたぶらかしてきたのう」

「うっ……」


 王に弱みを突かれ、王子様は苦々しそうな顔をする。


「こんな男が次期国王であって良いものかと私は頭を悩ませた。

 だが、息子は息子だ。私とて信じていたかったのだ。

 そこで私は、お前に婚姻をさせようと考えた。

 お前のような男に代わって国を盛り立ててくれるであろう女性……

 美しさと勇猛さを兼ね備えた才女、キヌルスのアルマ姫とな」


 私の名を呼ぶ時、王は私を優しい目で見つめてくれた。

 縮み上がった身体から緊張がほぐれていくのを感じる。

 もしかして王は、この期に及んでも私の味方をしてくださっているの?


「し、しかし父上!

 どんな女と寝てどんな女を妻に迎えるかは私の勝手ではありませんか!

 分かりません!

 この婚姻を父上の思い通りに進めることが、それほど重要なことなのですか!?」


「重要だ」


 激しい剣幕で詰め寄った王子様の言葉に、王は眉一つも動かさず返答した。


「お前はこの日、国と国とを結ぶ縁談を身勝手な理由で反故にしたのだぞ。

 このような蛮行を働く者が、この国を導く器であるはずがない……。

 それだけではない。

 そちらの妹君には、国庫から持ち出した宝物を勝手に贈り物にしていたな?

 貴族たちから所領を取り上げ、妹君に差し出すと述べた手紙もここにある」


 客たちの間からどよめきが漏れる。

 どちらに味方すべきか迷っていた者たちも、

 王子様が自分たちの事さえ裏切ろうとしていたことに気がついてしまったようだった。


「な、なぜそれを……」

「私は最初から、お前が何か企んでいるのではないかと疑っていたということだ……」


 会場の扉をバンと開き、黒装束の男たちが入り込んでくる。

 あれは……この国の王に直接仕えるという精鋭の兵士たち……!


「やめろっ! 離せ! 離せ!!

 私は王子だぞ! いずれお前たちが仕える男だぞ!! 何故従わないんだぁッ!!!」

「触らないで! なんなの……なんなのよぉ!!

 王子さえ騙せれば……この国を私のものに出来ると思ったのに!!!」


 兵士たちは無言で王子様と妹を捕らえ、無理矢理に引っ張っていく。

 彼らは廊下の先で見えなくなるまでずっと、身勝手な言葉を喚き散らしていた……。



「……息子が過ぎた真似をしたことに、心からお詫びしたい」


 ようやく二人の叫び声が聞こえなくなると、王はいきなり私に向かって頭を下げた。

 そんな……一国の王様が、私に直接謝るだなんて……!


 何と言ったらいいかわからず困っていると、王はパチンと手を叩いた。


「入れ」

「はっ!」


 そして会場に入ってきたのは、きらりと金髪を輝かせた礼装の男性。

 この場に居る誰よりも高い背をピンと伸ばし、真っ直ぐに私の元へ歩いてくる。


「初めまして、アルマ姫。

 セントラ王国第二王子……ケインと申します」

「は、はあ……」


 ケイン様は恭しく跪くと、私の手に口づけした。

 それを見た王がおおらかに笑う。


「ケイン……何を言っておるのだ。

 この日からお前は『第一王子』なのだぞ」

「はっ! これは失礼致しました。

 まだあの狡猾な兄上が、悪行を明るみに出されたことに実感が湧かず……」


 王にたしなめられたケイン様は、困ったような笑みを見せた。

 真っ白に並んだ歯が、カイム様にはなかった清潔感を感じさせる。


 そして、ケイン様は再び私へ向き直る。

 その表情は、柔らかな笑みを見せた先程からは想像もつかないような真剣な面持ちだった。


 真っ直ぐな金色の目に射抜かれて、私は心臓が高鳴るのを感じる。


「アルマ姫。

 この場をお帰りになる前に、1つだけお伝えしたいことがございます」

「は、はいっ」



「兄に代わって、私に貴方と婚姻を結ばせていただきたい。

 貴方はこの国に……セントラ王国の未来を育むために、必要なお方だ」


 

 これがセントラ王国の29代目国王となる、ケイン様との出会い。

 そして、私の夫となる人との初めての出会いだった。


 結局私は紆余曲折あってケイン様と結ばれ、三人の子どもに恵まれて終生幸せな毎日を過ごすことになるのだけれど、そのことをこの頃の私はまだ知らない……。

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