2/月を盗む少女

「怪盗たるもの、誰もが見たことのあるものを盗んでみたいじゃない? そこで私は考えた。天上に輝く唯一無二の光、月を盗んでしまおうと! 我ながら頭がいい! 天才!」

「自分を天才って言う人、はじめて見た」

「そう? だったらよく見るといいよ!」

 あっはっは、と得意げに笑うスィヌを眺めつつ、カサリは朝食のパンをかじる。投げられた林檎は近くの台に置いた。知らない人から貰ったものを食べてはいけません、というのは父が自分に遺した数少ない教えのひとつだ。

「というわけでさ、私に盗まれてくれない? ええと……」

「……あぁ、名前ね。私はカサリ」

「カサリ! うん、カサリ! 灯台守である君を盗めば、月の灯りは消える。つまり、私は月を盗んだも同然というわけ」

「……そうなの?」

「そうなの! というわけで。さぁ、私と行こうカサリ!」

「行かないわよ」

「えぇっ! なんで? こんな華麗で美少女な怪盗の誘いを断るの!?」

 すごい自信だな、とカサリは呆れた。

 たしかにスィヌは美少女といっていい。軽く波打つ金の髪は燃室から漏れる青白い光を艶やかに照り返し、白い肌は王族が使うという磁器のようだ。つい、すすで汚れた手で、自分の焦げ茶色の色を触ってしまう。なんだか、とても惨めで腹立たしい気持ちになった。

「馬鹿なこと言っていないで、帰ってちょうだい。そもそも、ここは灯台守しか立ち入り禁止よ」

「知ってる。そんなことより、どうして私と来ないの? ここの生活、そんなに楽しい?」

「楽しいとか、楽しくないとか、そういうのじゃない! 私は灯台守だから、ここを離れられないの! それ以外に理由が要る?」

 カサリは早口でまくしたてる。なんだか、強く反論しなければいけないような気がしていた。きっと、スィヌのお気楽さが腹立たしいのだ……と思うことにした。

「怪盗だか何だか知らないけど、私の仕事はとても大事なの! 月がなくなったら、ずっと地上は真っ暗だし、作物もそだたなくなっちゃうでしょう?」

「わぁ正論。けど、それで納得したら怪盗は要らないんだよねぇ……」

 美しい顎に指を当て、考え込むスィヌ。しばし眉根を寄せた後、彼女はにっこり笑った。

「うん、じゃあ諦める」

 カサリはほっとひと息つく。と同時に、胸の奥になんだかもやもやとした気持ちの悪い何かが詰まっているような気分になった。

 そんな彼女に対して、スィヌは言う。

「じゃ、また明日来るから!」

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