第17話

「もうこんな時間か。謙ちゃん。柊さんを送ってあげなさい」

「あ、うん」


 促されるまま、柊と連れだって外に出る。すっかり日が暮れて肌寒さすら覚える。人通りもないし昼間とは雰囲気も一変していてまるで別世界だ。


「大上くん。素敵な従姉妹さんね」

「そりゃあお前にとってはな」

「大上くんにとってもよ」

「普段はだらしないんだよ。仕事のために一日中部屋に籠もりっぱなしだし。完全に昼夜逆転してるし」

「あら、そうなの?」

「今日だって風呂場のシャワーが壊れたってだけなのに大袈裟に連絡してきてさ」

「ああ、それで」


 愚痴に近いこぼれ話がいつまでも途切れない。華を咲かせるというほど盛りあがっているわけではないけど、共通の人物の話題だからか嫌な雰囲気ではない。


「ねぇ、大上くん。初めて人狼だってわかったとき、どんな気持ちだった?」

「なんだよ突然」

「別に。たださっき恵里奈さんとそういう話になったから」

「・・・・・・・・・・・・」


 いつになく真面目なかんじでこちらの心底を読みとろうとしているかのような眼差し。


「俺のことは別に興味ないんじゃないのか?」

「そうね。そのつもりよ。ただ、辛いことっていうのは人によって違うんじゃないかっておもっただけ」


 そんなの当たり前のことじゃないか。なんで今更。



 ―シュナイダー・・・・・・・・・―



「っ」


 何故か保健室で死んだペットの名前を呟いて涙していた光景が浮かんだ。


「最初は、信じられなかったよ。夢かとおもったし、頭がおかしくなったってさ」


 それから、当時の気持ちをできるだけ思い出して、訥々と語る。相槌を打つまでもなく、ただ視線を逸らさないで黙って話を聞かれているからだろうか。臆面もなく喋り続けることができた。


「そう。でも、当然かもしれないわね。大上くんは、人狼として産まれてよかったっておもう?」

「おもってねぇよ」


 こんな体質じゃなかったら。人狼の末裔じゃなかったら。こんな苦労も悩みもしないで生きられたはずなのに。


「でも、変えることはできないし。捨てることもできない。厄介な産まれだって割りきってれば、少しは楽かな」

「割りきる・・・・・・・・・・・・」

「ああ。それに、改善できるかもしれないって希望も持てたしな」

「・・・・・・・・・私のシュナイダーが亡くなったのは七年前のことだったわ」

「?」

「元々お爺さん犬だったから、寿命だったのね。とても悲しかったし、辛かった。いなくなったことが悲しくて、夜になると泣いていたの。家族はいつの間にか受け入れていたけど」


 なんで自分のことを喋りだしたんだろうと不思議におもったけど、問いかけることも憚られる


「私には割りきることなんて、できない。できないのよ」

「・・・・・・・・・」

「だって、そうしたらあの子のことを忘れてしまうかもしれない。一緒に育った日々がなかったことになっちゃうかもしれない。こわいのよ。私は」


 なんとなくだけど、どうして柊が自分のことを語りだしたのか朧気に理解できた気がした。


 ペットが死んだ喪失感を克服できていない自分と、人狼である体質を改善しようとしている俺。


 抱えている問題はまったく別だけど、柊は自分と俺を比べてしまったんじゃないだろうか。


 今まで柊のキチガイじみた振る舞いから結び付けられなかったけど、ペットが死んだことから立ち直れていない。それも七年もというのは深刻なことだ。


 ペットロス症候群というこものがあると聞いたことがある。ペットが死んだことで精神的にも肉体的にも不調、様々な症状が出ると。


「なぁ、柊。シュナイダーってどんな奴だったんだ?」

「・・・・・・写真あるけど、見る?」


 待ち受け画面になっている幼い柊と、抱きつかれている柴犬まさに純粋無垢で元気いっぱいとばかりに満面の笑みでのツーショット。


 それ以外にも写真は山ほどたくさんあって、思い出と一緒に一つ一つを説明していく。楽しかったこと、怒ったこと、悲しかったことをどこか朗らかな声で。愛おしそうな表情で。


 本当に大切だったんだって伝わってくる。


「こんな風にあの子のことを語ったのは久しぶりよ。ありがとう」

「家族とは話したりしないのか?」

「・・・・・・ええ」


 どこか寂しげな横顔だ。


「でもシュナイダーは幸せ者だ」

「?」

「亡くなったあともご主人様がこんなに大切に想ってくれてるんだからさ」

「・・・・・・」

「俺はペットを飼ったことも亡くしたこともないから偉そうなこと言えないけどさ。こういう風に誰かと話をするだけで楽になることもあるんじゃないかな」

「・・・・・・そうかもね」


  クスリと小さく笑って、つい発作に似た心臓の高鳴りがして、慌てて顔を正面に戻す。


「けれど、あなたへの接し方は変えるつもりはないから」

「そうですか・・・・・・」

「恵里奈さんに任されたんだもの」

「いや、あの人は――――」


  と、ここで携帯が鳴ってしまった。柊と二人でいて、初めての穏やかでゆっくりとした時間に水を差された気分だ。


「? ちょっと待っててくれ」



『家に帰ってきたらお説教あるから』


 ・・・・・・。


『なにについて?』

『柊ちゃんのこととか諸々内緒にしてたこととか』


 ・・・・・・。


『いや、でも姉ちゃん柊のこと気に入ってるじゃん?』

『それとこれとは別』

『柊とも仲良くなったやん? 秘密にしてもらってるし協力してくれてるやん?』

『似非関西弁使ってふざけてるところが減点』


 ・・・・・・。


「どうしたの?」

「柊の家って、どのへん?」

「家の前まで送るよ」

「そこまでは危ないわ。このあたりで――――」

「夜だし暗いしなにがあるかわからないし」


 帰りたくなくなってきた。


 姉ちゃんは普段あんなだけど、怒るとヤバいんだ。


「それに、もう少し柊のこと聞きたいし」

「!」

「柊?」

「ありがとう・・・・・・・・・」


  そこから他愛ない話を家に着くまで繰り返した。


  けど、どこか柊が大人しくて元気がなくて、変なかんじがした。

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