第16話

「つまり、俺と柊はそういう関係なんだ」


 一騒動を乗り越えて、落ち着きを取り戻したところを見計らって説明する。

  

 落ち着く時間を取り戻すのに、どれだけ大変だったか。


「恋人ではなくて謙ちゃんの正体を隠すのに協力してくれていると」

「・・・・・・はい」

「条件として亡くなったペットみたいなスキンシップを求めていると」

「・・・・・・そのとおりです」

「それで謙ちゃんは体質を改善するために受け入れていると」

「そのとおり」


 なんじゃそりゃって顔をされているけど、うん。自分で言っていてもなんじゃそりゃって具合だ。そんな頭おかしいこと簡単に信じられるわけがない。


「そっかぁ~~。なるほどね~」

「うっそだろお前!?」


 うんうんと納得している恵里奈姉ちゃんに驚きが隠せない。


「だって謙ちゃんが私にそんな嘘つくメリットないし。当の柊さんも否定していないし」

「それはそうだけど・・・・・・そうだけどさあ!?」

「わかってもらえてなによりです」

「お前はお前でなんで安心してるんだ! 恥ずかしくないの!?」

「あなたと恋人だって誤解されるくらいなら私のことを知られたほうがまだマシよ」

「こ、この・・・・・・」

「それに柊ちゃんの気持ちもなんとなくわかるからね~」

「はぁ!? なんでだよ!」


 恋人だと誤解されたくないって箇所に共感できるってことか!? 別になにか期待してたわけじゃないけど、普段の関係性を鑑みればショック。


 いや、別に望んでたわけじゃないけど! 身内だからこそ共感されるのは辛い! より真実味がましてしまうじゃないか。


「謙ちゃんの毛並みって気持ちいいよね~。モフりたいっていうのはなんとなく、わかるかな~」

「んんんんん~! そっちかい!!」

「偶に寝てる謙ちゃんの隣に忍び込んで同じ布団にくるまって寝ると気持ちいいんだよね~。雲に包まれてるっていうか。ふわふわのパンケーキみたいっていうか」

「そんなことやってたのかあんたは!?」

「いやぁ~。仕事で疲れてるときだとつい、ね? めちゃくちゃ癒されるし」

「だからって寝込み襲う真似すんなや! 仮にも保護者だろ!」

「人聞きが悪いなぁ。ちゃんと合意の上だよ?」

「捏造すんなや!」

「そんなことないって~。毎回寝てる謙ちゃんに聞くと、いいよ~~・・・・・・って答えてたし」

「百パー寝惚けてたんだよそれ!」

「布団・・・・・・寝る・・・・・・じゅるり」

「なに?! 柊!?」

「見下げ果てた屑ねあなたは」

「じゃあなんで口から涎が垂れているですかね!?」


 絶対羨ましがってたろ!


「なに!? シュナイダーが生きてた頃は一緒に寝てたわけ?」

「なんでそんなこと知ってるのよ、気持ち悪い・・・・・」

「経験則でなんとなく読めたんだよ! 俺もいやだけど!」

「あはははは! やっぱりあんた達仲良いなぁ! 本当に付き合ってないの!?」

「断固ごめんだ!」

「願い下げです」

「息ピッタリじゃん! 恋人かお笑い芸人になれるって! ウケる!!」


 なに腹抱えて大笑いしとんねん。

「あ~、愉快愉快! あ、謙ちゃんお茶持ってきて〜」


 この場から抜け出せるチャンスを得られて、これ幸いにと三人分のお茶を取りに行く。


 一日を振り返って、疲れっぱなしでやすまるときがかなかったという印象しかない。そして極めつけが柊との関係を恵里奈姉ちゃんに知られてしまったということ。

こんなんで大丈夫なんだろうか。体質改善を志したものの、想定外のことしかおこっていない。


 鬱々とした心持ちになってしまい、リビングに戻るのが嫌になってきた。


「謙ちゃんまだ~?」


 呼ばれてしまい、溜息を一つ零してリビングへ。


「たしかに謙ちゃんの尻尾は気持ち良いよね~。抱き枕にすると最高だし」

「そうですよね。あと個人的には私耳も好きなんです。こりこりした触感があって」

「あー! わかるわかる! でもやっぱり一番は胸のあたりかな!」

「胸・・・・・・まだそこは未体験です。でも背中のあたりが今は一番ですね」


 戻れねぇじゃねぇか!


 なんか二人で俺のことで盛り上がってるし! 柊もキャラじゃないってくらい楽しそうだし! 気まずいよ! 加わりたくないよ!


「あー。まさか謙ちゃんのことでここまで話せるなんて意外だったな~」

「私もです」


 なんか友情みたいなのが芽生えてる気配。


「ねぇ、柊さん。ありがとうね」


 急にしんみりとした恵里奈姉ちゃんに違和感を覚えて物陰からそっと覗う。


「どうしてお礼を言われるのでしょうか」

「どんな形でもさ。謙ちゃんをそのまま受け入れて自然に接してくれてるのが嬉しいんだよ。あたしは」

「・・・・・・・・・」

「謙ちゃんはさ。中学までは普通だったんだよ。部活もやって友達も多いってわけじゃないけど、明るくていつも楽しそうだった」

「・・・・・・」

「でも、人狼の末裔だってわかってからの謙ちゃんはさ。怯えてたの。自分と周りに。皆に知られたらバレたらどうしようって。こんなの俺じゃない! って。荒れてたってわけじゃないけど感情的になりやすくなってた」


(・・・・・・。そういえば、昔はそんな時期もあったっけ)


「家族や私も含めて、人が変わったように無口になったり、一時期は引きこもりみたいになっちゃって」


 我ながら情けないな。あの頃には恵里奈姉ちゃんにもずいぶん迷惑をかけてしまった。


「あたしもさ。叔父さんも叔母さんもなんとかしようって努力したつもりだったんだけど。結局謙ちゃんは一人になることを選んだんだよ」


・・・・・・。


「ねぇ、柊さん。どんな形であってもさ。辛い事情を抱えて生きるって決めた人間がまた変わりたいっておもえるのは、勇気がいることなんだよ」

「そう・・・・・・なのでしょうね」

「あたしには謙ちゃんを助けることができなかった。今もね。でも、きっと手段が普通じゃなかったからこそなんだけど。柊さんだから謙ちゃんも変わりたいって。また人と関わりたいって決められたとおもうの」

「・・・・・・」

「謙ちゃんのためになにもできなかったあたしが頼める筋合いじゃないし。柊ちゃんも困っちゃうとおもうけど」

「!」

「どうかよろしくお願いします」


 さっきとは打って変わって真剣さと切実さしかないお辞儀。恵里奈姉ちゃんの想いを 汲み取ったのかなにも発することができず、ただ呆然と固まる柊。


「わ、私は・・・・・・」


 きっと、柊は今の俺と同じ心境なんだろう。


 まさか恵里奈姉ちゃんが本当はそこまで俺を大切に想ってくれてたなんて。


 じんわりとした温かさと、泣きそうになる感情が胸の中で広がっていく。


 くそ、いつもと違って調子狂うな。


「まぁ、ただでとは言わないよ。謙ちゃんのこと好きにしていいし」

「?!」


 え?


「柊ちゃんにはお世話になるわけだから。どうせだったら二人にとってWin Winな関係になってほしいからね。そうじゃないと謙ちゃんの相手なんてつまんないでしょ?」


 おい。


「す、好きに? ゴクリ」


 おい。


「あと中学生のときの謙ちゃんの写真あるよ? 今とはちょっと幼い人狼化した姿の」

「!」


 おい。


「お前らなんの話をしてるんだ」


 いてもたってもいられず、出てこざるをえなくなったじゃねえか。


「んー? girls talk(巻き舌気味)」


 やかましいわ。どこがだ。人の意志を無視した取引しようとしてたくせに。それにgirlって年齢でもないくせに。


「あ、謙ちゃんの寝顔(もちろん人狼Ver.)かるけど」

「まだ続けるのかよ!」


 くそ、せっかくの綺麗な流れが台無しじゃねえか。感動して損した。泣きそうになった純粋な俺の気持ちを返しやがれ、まったく。

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