第15話

「ん~~~。やっぱり美味しい~~~」


 ご機嫌にうな重を頬張っている恵里奈姉ちゃんとは対極的に、箸が進まない。机を挟んだ目の前には感情がいっさいないんじゃないかってくらいの能面で静かに食事をする柊がいるからだ。


  そう。今俺達は三人で夕食をとっているのだ。


(どうしてこうなったし)


「柊ちゃんだっけ? 美味しい?」

「はい。うなぎって中々食べる機会がないですので」

「だよね~~。お祝いごとか丑の日くらいしか食べないもんね~~~」

「ちょっと恵里奈姉ちゃん」

「ん~~~?」

「なんで柊を家に上げたんだよ」


 柊には聞こえないように声を潜めて耳打ちする。


「だってこの子、謙ちゃんのクラスメイトなんでしょ? わざわざ届け物しにきてくれたんだからそれくらいはお礼しないと」

「いや、だからって・・・・・・・・・」


 この状況はとてもじゃないが、俺にとって優しくない。いつ爆発するかわからない爆弾がすぐ近くにあるようなものだ。


 バキッ!


「!?」

「すみません。箸が折れてしまいました」

「いいのいいの。割り箸だし」


 こわい。


 姉ちゃんに対しては普通なのに、俺を見るときだけ目がこわい。


「ちょっと新しいのをとってくるよ~~」


 そのまま立ち上がろうとする姉ちゃんの腕を掴む。ダメだ。行かないで。一人になったら耐えきれない。


「ちょ、謙ちゃんどうしたのさ」

「い、いや俺が代わりに――――」

「少し尋ねたいことがあるのですが、いいでしょうか? 二人に」


 逃げようとしたけど、二人にと言われて逃げ道を封じられてしまった。


「それで、あなたは大上くんの従姉妹ということでいいのでしょうか?」

「そーそー。親代わりみたいなもんよ」

「親代わり・・・・・・・・・私は従姉妹と一緒にくらしていませんし、世間一般的な関係しか知りません。ですが距離が近くないでしょうか」

「え~~~、そうかな~~? 例えば~?」

「食事をするとき隣同士になって座っているところ」

「物理的な距離!?」


 判断基準おかしくね!?


「あははは~~~。これくらい普通だって~~~。ね~~~?」

「そ、そうそうそう! 普通普通! エブリデイ! オールマイティのこと!」

「そうですか。ではよく下着姿で家の中を歩き回ったりしているのでしょうか?」

「それは――――」

「うん。そだよー」

「・・・・・・・・・・・・」


 柊の俺を見る目が、侮蔑と嫌悪しかない。


「大上くんがいるときにも、ですか?」

「まぁねー。しょっちゅうとまではいかないけど」

「・・・・・・・・・・・・」


 こわい。もう柊がどんな目で見ているのかたしかめるのもこわい。


「なんでそんなこと聞くの?」

「いえ。私が飼っていたペットを思い出しました」

「ぺっト?」

「ええ。私にはとても懐いていたのに、私以外。特に家族以外の同級生とか散歩しているときに出会う女性にすぐお腹を見せたりしていたんです。私以外の子に触られて嬉しそうにしていたり」

「へぇ~~~」

「何故かそのときのことを急に思い出しました」

「なんで?」


 いや、本当になんでだよ。


「と、とはいっても家族みたいなもんだし! 昔からこの人だらしないし! どっちかっていうと困ってるくらいだし!」 

「・・・・・・・・・・・・」


 なんで俺の話はスルーするの?


「じゃあ私からも質問していいかな。柊ちゃんと謙ちゃんはどんな関係?」

 

 空気が変わった。


 おふざけしかなかった姉ちゃんの態度が。眼差しが。顔つきが。空気に伴った真剣なものへと。


「あの姿見ても驚かないってことは謙ちゃんの体質知ってるんだよね?」

「人狼の末裔で感情の起伏によって姿が変わってしまう体質のことですよね」

「そう。謙ちゃんはそれを隠してる。なのにそれを知っているってことはただのクラスメイトなのかなっておもってるんだよ」


 お茶を少し啜っても、真剣な様子は崩さない。隣にいる俺が呑まれてしまうくらい。


「いやぁ~~。あたしはさぁ~~。これでも謙ちゃんの親代わりなわけよ。叔父さんと叔母さんに頼まれているんだ。体質のことも含めて」

「はい」

「謙ちゃんは体質のことで、人と積極的に交流しようとしない。そして徹底的に正体を隠そうとしていた。普通だったらクラスメイトがそういう体質だったら騒いだりするのが普通じゃない?」

「たしかに、そうですね」

「どうして知ったのかとか。知ってどうするのかとか。色々不安になっちゃうわけよ。身内としてはね~~~」

「・・・・・・・・・なるほど。たしかに。お姉さんの疑問と不安は納得です」

 

「信じてもらえないかもしれませんが、私は大上くんの正体を偶然知ったとはいえ、誰かに広めるつもりはありません」

「それは俺も保証するよ。俺が危ないとき庇ってくれたし」

「へぇ~~~。なんで?」

「なんでって、それは――――」

「普通自分にとってメリットなかったら誰かのためになんて行動しないでしょ」

「それは・・・・・・・・・」


 柊が亡くなったペットの代わりとして俺を扱っているなんて、身内の前で言えないのか。黙りこんでしまった。まぁそりゃそうだわな。というか人に言えないようなことしてるって自覚はあるんだな。


「あ、わかった。柊ちゃん謙ちゃんのこと好きなんだ?」


 ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!?!?


 アホかこの人! なんでそんな風におもった!?


「いえ。それは絶対にありません」


 きっぱりと断言された。わかっていたけど、こうまであっけらかんとされるとショックだよ。


「大上くんのことは単なるクラスメイトでそれ以下になることはあってもそれ以上のことにはなりません」


 なに? 今の俺の立ち位置もといお前との関係性(ペット扱い)ってクラスメイトより下なの? 何様?


「ええ~~~? 本当かな~~~?」

「本当です」

「そっか~~~。ねぇ謙ちゃん。手貸~して」

「? なんで?」

「えいっ」

「!?」

「ちょ!」


 なんといきなり恵里奈姉ちゃんは、俺の手を掴むと自分の胸を触らせたのだ。


 掌じゃ収まらないたわわな感触と重量を、おもわず揉んでしまう。


「なにすんだ! とち狂いやがって!」

「なによ。いつもしてることでしょ?」

「デタラメを言うなよ!」

あまりのことに人狼化しちまったじゃないか!

「それで、感想は?」

「やかましい! あんたいい加減にしないとーー」

「なるほど・・・・・・やっぱりそうだったのね・・・・・・」

「!?」

荒ぶっている。ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・という擬音を伴ったプレッシャーが背後から発せられているほどに。

「鼻の下の伸び加減、デレデレしてるところなんてそっくり・・・・・・」

「ひ、柊・・・・・・?」

「誰彼構わず発情するなんて、信じられない。いいわ、あなたには躾が必要のようね」

「し、躾?」

「いえ、生ぬるいわね。調教しないと」

「調教?!」


 マズイ。


 なにをどう誤解してるのかは知らないけど、柊はマジだ。冗談なんて欠片もない。

に躾とか調教という言葉からなにをするつもりなのかは不明だけど、きっと碌なことじゃない!


 ここはまずきちんと説明しないと。


「え、もしかしてあなた達そこまでマニアックなことするほど進んでたの? うわ・・・・・・」

「なにドン引きしとんねん! あんたが招いた事態だぞこれえええ!」

「いや~~~。彼女だったら別の女の人のおっぱい揉んだら嫌がるだろうな~~~っておもってたしかめようとしたんだけど」

「アホか!」

「大丈夫。こわがらなくていい。シュナイダー(故)で慣れているから」

「なにするつもりだお前ええええ!」

「よかったね謙ちゃん。人狼だってだけじゃなくて変態的なプレイまで受け入れてくれる女の子と出会えて・・・・・・」

「とんでもない勘違いをとんでもない単語でして勝手に感動してんじゃねええええ!」

「どうかうちの謙人をよろしくお願いします」

「頭を下げるなあああああ!」

「わかりました。微力ですがお引き受け致します」

「引き受けるなああああ! なにを引き受けてんだああああ!」

「ということで大上くん。保護者からの許可ももらったところで早速躾させてもらうわね」

「いやあああああああ!!」


 本当に、なんでこうなったんだろう。

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