第14話

「いやぁ、ありがと謙ちゃん。助かったよ」

「まったく、人騒がせな・・・・・・」


何事かと駆けつけたけど、 ただ風呂場のシャワーが使えなくなっただけだった。


 申し訳なさなんてない笑みに栓を抜かれて、溜まっていた疲れが吹き出していく。


 結局はシャワーの頭部分の故障で、その部分の交換で解決した問題だ。


「というか謙ちゃん手先器用じゃん。よく直せたねカックイイよ」

「ただ携帯で調べた内容をそのまま実践しただけなんだけどな・・・・・・」

「関係ないって。謙ちゃんがいなかったら一生お風呂入れなかったし」

「大袈裟な」

「あたし謙ちゃんいなかったら生きていけないレベル」

「ほんっっと大袈裟な!」

「まぁまぁ、お礼に背中流すよ。ちょうどお風呂場だしねー」

「やめろこの痴女」

「ぶぅー。つれないなぁー」


 この人は昔からそうだけど、俺の事をおもちゃ扱いしてる感が強い。誤って人狼化してしまう度にニヤニヤしてからかってくるのだ。


 むしろわざと人狼化させようとしてくる頻度が多い。


(あれ? この人も柊と大差ないんじゃね?)


「とにかく、シャワーは直ったんだし俺は夕飯時まで一眠り――――」

「んー?」

「なんで人がちょっと目を離した隙に服を脱いでいるんですかねぇ?!」

「お風呂だからだけど」

「なんでそんな当たり前なことを・・・・・・って具合にきょとんとしてんだ!」

「ええ~? でも昔はよく一緒に入ってたじゃん」

「お互いの年齢を考慮しろって話だ! 一人で入れや!」

「え~? なになに~? お姉ちゃんと入るの恥ずかしいの~?」

「やかましい!」

「体は正直ですな~~。ほれほれ」

「く、このやめろ!」


 毛先をわさわさと擽られて距離をとる。ニヤついてポージングをしてくる。腹立たしいことに恵里奈姉ちゃんはスタイルがいい。はちきれんばかりの胸とスラリと伸びる手足、キュッと引き締まったウエストは従姉妹であっても意識するしかない。


 面白がって挑発されてるのはわかってるけど、人狼化してしまった正直な体のせいで言い訳もできない。


 くそ、この体質が憎い!


「おっぱい揉む?」

「もう黙れ!」

「しょうがないなぁ~。じゃあ謙くんの努力を讃えて、今日の夕飯は私が奢ってしんぜよう」

「え、マジで?」

「もちろん。なんでも好きな物でいいよ」


 やった。食べ盛りの男子高校にはそっちのほうがありがたい。なにを頼もうかと想像するだけで口の中に涎が。


「女としては体よりも食べ物につられてショックだけどね・・・・・・・・・」

「ん? なにかい――――」


  ピンポーンと、軽快なチャイムが鳴った。


「あれ、なんだろう。謙くんなんか注文した?」


 身に覚えはなくて、二人で揃って首を捻る。もう一度、少し間があいてチャイムが鳴った。


「はい、どちら様でしょうか」

「・・・・・・こちら大上謙人くんのお宅でしょうか」


 ・・・・・・え?


「私、彼のクラスメイトです。用事がありまして」


 控えめで外面の良さそうな声音。インターフォンに映っている人物に魂が抜ける。


(なんで?)


「あの、もしもし?」


 柊美音その人だったのだ。


「え、えっと・・・・・・謙は今いません。出掛けています」

「そうですか・・・・・・いつ頃戻るのでしょうか?」

 

 喉に力を入れて野太く自主加工を施し、咄嗟に誤魔化してしまったけど帰る様子はない。


「さ、さぁねえ。ところで用事ってなにかな?」


 なんで自宅を知っているのか。そんなことはこの際後だ。どうして来たのかが重要なんだ。


「プリントを預かってきまして」

「プリント?」

「ええ。数学の先生が返却した宿題を彼は受け取らなこったみたいでして」

「そ、そうかい・・・・・・けどそんなことのために家に来るなんて律儀だなぁ。明日の朝にでも渡して良かったんじゃないかね?」

「お褒めに預かり恐縮です」


 褒めてねぇよ。遠回しに一昨日来やがれって伝えてるんだよ。


 そうだ。そんなことわざわざ届けに来るほどの問題じゃない。特に普段の俺に対する態度を顧みれば、そんな律儀なことするだろうか?


 別の思惑があるのを誤魔化してるんじゃ?


「もし良ければ、お家で待たせて頂いてもよろしいでしょうか? 二人で話したいことも――――」

「それみたことか!!」

「はい?」


 まずい、つい本心が。


 けど、これでハッキリした。家にまでやってきたら柊がわざわざ俺と二人きりになりたいなんて人狼のことしかない。


 なんとか帰らせなければ。只でさえ疲れきっているんだからこれから柊の相手なんてしたくない。


 というか、恵里奈姉ちゃんにバレてしまったらどうなるか。


「申し訳ないけど今立て込んでいてね――」

「なに~? 誰なの~?」

「ひゃあああああああああ!!」

「え、悲鳴?!」


 背中にむにゅりとした感触。突如耳元で囁かれた声と吐息。


「ちょ、恵里奈姉ちゃん! なにしてんだ!」

「だって謙ちゃんずっと玄関にいるからさ。なにかあったのかなって」

「女の人・・・・・・謙くん?」

「それでなにが――」


 覗きこもうとする恵里奈姉ちゃんからインターフォンを覆い隠す。


「い、いやなんでもないよ! なんか間違いみたい!」


 マズイ。恵里奈姉ちゃんは柊がと俺の関係を知らない。人狼であることを知られたなんて経緯も。


 なんで知られたことを隠していたのかって怒るに決まってる。それくらい人狼であることを人に知られるのはタブーになってるんだから。


「立て込んでる・・・・・・」

「とにかくなんでもないから早く食わせてくれるもの注文――ってなんで下着のままなんだよおおおおと!」

「下着?!」

「いやあ、めんどくさくなっちゃってね〜。あはは〜」

「下着、女、立て込んでる・・・・・・」

「! も、もしもし! とにかく家にはまだそんな人帰って来てないから日を改めて――」

「あなた大上くんね?」

「!」


 バレちまった。


「居留守を使うなんて、どういうこと? しかも女の人と一緒だなんて」

「ち、違うよ! 俺大上謙人じゃないよ!」

「え~? なに言ってるのよ謙ちゃん」

「ぎゃああああああ!!」

「ちょっとちょっと。本当にどうしたのよ。もしかして勧誘? だったらあたしが追い返すわ」

「いや! ダメ! 色んな意味で!」

「謙ちゃん狼の姿なんだから出られないでしょ〜。もしだったらあたしが追い返すよ」

「自分の格好考えて!」

「人狼?! 大上くん、あなた本当に一体なにしてるの!?」

「いいっていいって。可愛い従兄弟のためだったらあたしはどんな目にあってもいいのよ」

「その覚悟と優しさは別のところで発揮して!」

「大上くん! 開けなさい!」


 とんでもないことになってしまった。


 このままじゃ二人が鉢合わせてしまう。


 片や俺をペット(故)と重ね合わせて人扱いしていないクラスメイト(変態)。

 

 片やそんな事情は知らない保護者(下着姿)。


(碌なことにならないってことはたしかだ!)


 ドアノブに手をかけた恵里奈姉ちゃんを、抱き抱える。幸いオートロックになっているから柊のほうからは開けられない。


「ちょ、謙ちゃん?!」


 このまま二人を引き離してそれぞれ個別に誤魔化す! それしかない!


「あ」


 焦りすぎていたのか、框に足先を引っ掛けてそのまま倒れてしまった。


「いったーい! ちょっと本当どうしたのよ!」


 形に的には押し倒してしまっているようにも見えるけど、そんなことは二の次。急がないと!


「どういうことか説明してもらわなければいけないわね」

「え?」


 背後からなにも隔てていない、ダイレクトな声。ぎこちない動きで振り向く。


 仁王立ちで佇む柊。腐った異臭を放つ生ゴミを見る目をしながら絶対零度の嫌悪を漂わせていた。


 抱き抱えた拍子にドアノブが回って完全に開錠されたのか、分厚い扉が虚しく開け放たれていた。


「・・・・・・誰?」

「ははは・・・・・・」


 何かが終わってしまったという確信。誰に対してかは自分でもわからないがとにかく乾いた笑いをするしか残されてなかった。

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