第12話
「う、うう・・・・・・?」
目が覚めると、見慣れない天井とベッド、周囲を覆うカーテンが目に入った。
どうしてここにいるのかぼっ〜とした記憶を辿っていくと、体育の授業、きっとあのとき、ボールに当たって気絶してしまったんだろう。
「かっこ悪い・・・・・・」
恥ずかしさが鬱々とした自己嫌悪を倍増させていく。悶絶する気力もないが、ここにいるのすら嫌になってきてベッドから起き上がろうとする。
「?」
右腕付近、布団の端に妙な重みがあって違和感がした。
「?! 柊?!」
静かで穏やかな寝息を立て、ベッドに上体と頭を預けている。どうして柊がここにいるのか?
「あ。やっぱり目が覚めてたのね」
カーテンを無遠慮に解放しながら保健医の先生が現れた。
「この子、あなたが気になったから様子を見にきたんですって。クラス委員長だからって」
「はぁ、そうですか・・・・・・」
きっとクラス委員長だからっていうのは嘘だ。あわよくば寝ている俺を人狼化させて楽しもうとしていたに違いない。寝込みを襲われるようなものだ。
そうじゃなかったら柊が俺のところに来るわけが――
「二時間も気を失っていれば誰でも心配になるでしょうね」
「え、二時間?!」
(そんなに寝ていたのか? )
時計を見ると、もう十二時を過ぎていた。それだけ経過しているのを確かめても、まだ信じられない。
「・・・・・・柊がここに来てからなにかしてませんでした?」
「なにかってなに?」
疑問を疑問で返されると、答えに詰まってしまう。けど、本当になにかあったら先生はこんな反応をしないだろう。
それにまだ体操服のままだけど、どこも乱れていない。人狼になってたらどこか破れてしまってるはずだ。
じゃあこいつは本当に心配して?
「それで、気分はどう? 痛みは? 打撲の処置はしといたけど」
「いえ、大丈夫です」
「そ。もう少しここにいてもいいし、教室に戻ってもいいよ。どっちみちお昼休みだし」
「はい、ありがとうございます」
「私はちょっと職員室に行ってくるから」
そのまま保健室を出ていって、二人残される。痛みはないし、ここにいる必要はない。けど、寝てしまってる柊を起こすのは忍びない。
「もしかして、お前本当に心配で来てくれただけなのか?」
「むにゃ・・・・・・」
返事をしたようなタイミングに、つい吹き出しそうになった。
俺は柊のことはよく知らない。勝手なイメージでクールとか高嶺の花とかそういう風にしか見ていなかった。
正体を知られてからは変態と大差ないことをされ、酷い罵詈雑言をぶつけられていたからいい印象を抱いていなかった。
だけど、優しいところもあるのかもしれない。
「ありがとうな・・・・・・」
ぽつりと独り言めいた感謝を告げた。面を突き合わせて言える自信がなかったけど、なにやってるんだって羞恥心が遅れてやってくる。
「う、ううん・・・・・・」
「!」
身動ぎと一緒に漏らした寝言に、ついビクリと身が竦んだ。起きたわけではないことにホッと胸を撫で下ろす。
(驚かせやがって・・・・・・)
でも、どうしよう。急にそこそこお腹が減ってきたし、このままだとなにも食べれないで昼休みが終わってしまう。
それに柊は昼食を食べたんだろうか?
(もし食べてないなら、午後からの授業申し訳ないな・・・・・・空腹で過ごさせるかもしれない)
心苦しいけど、ここは起こしてしまわないと。
「おい、柊?」
肩を優しく揺するものの起きる気配がない。どことない申し訳なさに、比例して焦燥感が。
「シ・・・・・ダ・・・・・・」
「?」
さっきとは違った寝言に、つい気をとられた。
「シュナイダー・・・・・・」
「!」
目尻に浮かんだ涙が、ツー・・・・・・、とゆっくり垂れていく。睡眠時特有の無防備で端正な顔立ちに涙は不似合いすぎて、悲痛さしかない。
「・・・・・・」
夢の内容はわからないけど、きっと愉快なものではないんだろう。消え入りそうなほど頼りない声音は、なにかを惜しんでいる寂しさを感じさせる。シュナイダーというのは、彼女の亡くなったペットの名前だ。
「よっぽど大切だったんだな」
そんな柊を見ていると、きゅうう、と心臓が締め付けられるようで、なにかに耐えがたくなってきて。言葉で上手く表すことができないほどの焦れったさがあって胸を打つ。
ドクン!
「え」
身が変じる衝動を感知することも、とめようとする余裕もなかった。自覚したときには既に人狼の姿へとなっていたのだ。
「な、なんでだ?」
体や顔、尻尾を何度も触って確かめるけど、信じられない。今まで何度も人狼になってきたけど、今回は違う。なんの感情が原因か、察知すらできなかったんだ。
「どうして? なんで?」
「大上くん・・・・・・」
「!!」
前兆と同じくらいの衝撃。頭まで毛布を被った。起きた様子はないけど、パニック状態から抜け出せない。
自分が人狼化してしまった理由が皆目見当つかない。ただ柊を見つめていただけだというのに。
(なんだ? なんで俺は・・・・・・)
ともかく、外に出ることもできないし、先生が戻ってくるかもしれない。それに、柊が起きたこのままだったら。
元に戻るまではこうして隠しているしかない。
(頼む。早く戻れ、戻ってくれ・・・・・・俺!)
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