第10話
「あれ~、もう学校行くの?」
おもわずビクッと驚いてソォ~っと振り返る。寝ぼけ眼を擦りながらフラフラと小さく揺れている恵梨奈姉ちゃんが立っていた。
「あ、ああ・・・・・・おはよう。朝ご飯は用意しといたから」
「んん~、でもいつもより出るの早くない〜?」
また徹夜したのか、今にも寝落ちしてしまいそうなほど頼りない声音。疑っているというより頭がフワフワしているからだとわかっていても、焦ってしまう。
「ああ、今日クラス当番でさ。それより姉ちゃんしっかり寝なよ!」
「そっか~、行ってら~」
欠伸しながら手をフリフリ振る恵梨奈姉ちゃんに見送られ、急いで家を出る。学校とは違う場所へと一目散に走った。
「おはよう、大上くん」
既に待ち合わせ場所に到着していた柊は朝の気だるさを垣間見せることなく凛とした姿勢で出迎えてくれた。
「早いな」
「そうかしら」
どちらからともなく歩き出す。周囲にはまだ人影もなく、ぽかぽかの陽気な日差しとちょっとした肌寒い気候に彩られた春の早朝という景色だ。
まさか柊と一緒に登校するなんてな・・・・・・。
きっかけは昨日の夜、柊と携帯でやり取りしているときだった。
【今日の準備室のようなことがあったらいけないとおもうの】
突然送られてきたメッセージに、半ばげっそりとしながら【たしかに】と簡潔に返す。
【どこかいい場所知らないの?⠀】
【おもいつかない】
【じゃあカラオケ店なんてどうかしら】
少し悩みこんでやめたほうがいい、と返す。
【どうして?】
【大体のカラオケボックスって、監視カメラが設置されてるって聞いたことあるし。それに他の客が部屋の前通りかかる頻度も多いし】
【じゃあ漫画喫茶やインターネットカフェはどうかしら】
【壁薄いし柊のリアクションで怪しまれるとおもう】
それから何度かやりとりしているとイラッとしたキャラのスタンプが送られてきて、ついもこういうのするんだなって吹き出しそうになった。
【じゃああなたが案を出しなさい。私だけが出しているじゃない】
【そう言ってもなぁ】
おもいつかないっていうのと乗り気じゃないから曖昧な文面を書きなずるしかない。そもそも柊と一緒に過ごして俺にメリットがない。今日の準備室のように柊と過ごしいたら、別の誰かに正体がバレる危険性が高まるって証明されたから億劫だ。
黙ってくれていて正体隠すのに協力してくれているってことを差し引いても、精神的ダメージを被っているしかないし。
【もう夜遅いし、明日決めれば良いじゃないか?】
【明日・・・・・・。大上くんは最寄り駅どこ?⠀】
? なんで最寄り駅を?
【私、××町に住んでるの。登校一緒にしたら話し合えるし、なんだったら朝早く行けば人通りも少ないんじゃないかしら】
・・・・・・嫌な予感しかしない。
【じゃあ明日。待ち合わせをしましょう。時間と場所は――――】
と、逆らえる余裕もないくらい約束が取りつけられてしまったのだ。
「はぁ・・・・・・」
「朝から溜息をつかれるとこちらまでテンション下がるわ」
(誰のせいだとおもってるんだ・・・・・・)
「でも、こんな時間でも人はいるのね」
「そうだな」
俺達みたいな学生はまだないけど、住宅街を通ったり駅や学校に近付くと人並みがそこかしこに。家の前を掃除している人や社会人、車もちらほらある。げんなりしていたけど、人の営みはこんな早くから始まっていたのかと新鮮な気持ちに変わっていく。
「これじゃあ朝から至福の時間が過ごせないじゃない・・・・・・」
「あわよくば外で人狼化させるつもりだったってことか・・・・・・!?」
とんでもないことを企んでた。
「そんなことよりも、どこか良い場所がないかこの機会に探しましょう。時間は無駄にできないのだから」
「と言われてもなぁ」
暇を潰せる場所やお店はこうして登校している途中に見回してもそこいらにある。だけど、どれも完全に人に知られない見られないところはない。
というかこのご時世にそんなところ皆無じゃないのか? 特に俺達みたいな学生が利用できるのは。
「はぁ・・・・・・ひとまずあそこの公園で休憩しましょう」
「? なんでだよ」
待ち合わせた場所は柊のいつもの通学路。俺にとってはいつも降りる駅の一つ前に当たる。距離や位置関係的に歩いて登校しているらしいけど、だからこそ頭を捻る。いつも使っている通学路でそう頻繁に休むほど体力がないとはおもえない。だったら最初から電車を利用すればいい。
「ちょっと精神を落ち着かせたいの」
「精神って・・・・・・!」
反射的に理解した。柊が何故休憩しようとしているのか。
駆け出そうとしたときには遅かった。襟首を後ろから掴まれて強引に拘束される。
「離せ! 俺を公園で人狼化させるつもりなんだろう!」
「そのとおり・・・・・・よ! よく、わかったわね!」
「もうお前の思考パターンはなんとなく読めるんだよ!」
冗談じゃない。そんな場所で人狼化なんてしたら。また柊にされてしまったら。
「強引・・・・・・ね! 散歩しているとき別の道を行きたがっていたシュナイダーを引き止めていた頃を思い出すわ・・・・・・!」
「過去を懐かしんでる人間の力じゃねぇぞ!」
「こら! 言うことを聞きなさいシュナイダー二世!」
「誰が二世だ! お前のペットの跡を継いだ覚えはねぇよ!」
「そ、そこまで拒絶するんだったら・・・・・・いいわ! 私にも考えがあるんだから! あなたの立場をわからせてあげる!」
こ、こいつ! 俺の正体をバラすつもりか! なんて性悪!
「頭ペンペンの刑よ!」
おもわずズッコケそうになった。
「な、なんだよそれ・・・・・・」
「その後おやつもなし! ゲージでひとりぼっちの刑とトリーミングもブラッシングもしてあげないんだから!」
体勢を立て直しかけたところでまたズッコケそうになった。
「どう?! おそろしいでしょう! だったら私のーー」
「なぁ、柊・・・・・・」
急に力を抜いたからか、大きく仰け反って倒れかけた。襟首と肩を掴んでなんとかバランスを保ち、姿勢を戻した。
「な、なにかしら・・・・・・」
とてつもない至近距離。本来なら言葉を発することもできず緊張してしまうだろうパーソナリティースペースなんて無視している。
「まず俺をペットっていう認識をやめようか?!」
けど、そんなこと今は関係ない。声を大にしてツッコまずにはいられなかった。
「無理よ」
即答かい!
「お前俺をなんだとおもってんの・・・・・・? 仮にもクラスメイトだぞ・・・・・・」
「私はあなたをクラスメイトだなんておもえないわ。なあわ。だって今まで交流は皆無。むしろ同じ教室にいたのだって知らなかった。いえ。私だけではないわ。きっとクラスの皆も同じよ」
「こ、この・・・・・・というかそれより前に委員長の仕事でプリントを・・・・・・」
「?」
記憶にすらないだと!?
「だってそうでしょう? あなたが人狼じゃなかったらきっとこうして話すことだってなかったでしょうね」
「ぐ、ぐう・・・・・・」
わかっている。柊の言っていることはすべて正しい。事実だ。
だけど、改めて指摘されてしまったら、陰キャだって傷つくんだ。ときに残酷な真実は人を殺すことだってあるんだ。
「俺だって・・・・・・人狼じゃなかったらどんなによかったか・・・・・・」
「大上くん?」
「だってそうだろ・・・・・・女の子にときめいたり意識するだけじゃない・・・・・・楽しいとか悲しいとか怒ったときだって人狼になっちまうんだ・・・・・・」
「・・・・・・」
「挙句の果てには頭のおかしいクラスメイトのペットにされて好きなだけ私欲のかぎりを尽くされて凌辱されるんだ・・・・・・」
「・・・・・・(失礼ね)」
「俺だって普通がよかったよ・・・・・・こんな体になっちまって、体質になっちまって、人からどう見られるかおもわれるかこわがってビクビクしながら生きる陰キャになりたくなかったよ・・・・・・」
「・・・・・・くだらないわね」
「え?」
「陰キャ特有の後ろ向きな発想だわ。自分が努力をしなかった言い訳を自らの産まれに責任転嫁している」
「ぐ・・・・・・」
「可哀想を通り越して憐れみすら覚えるわ。負け犬の発想よ」
「ぐ、うう・・・・・・」
もう泣きそう。柊の言葉の暴力、嫌刃は容赦なく胸をザク! ザク! ザク! と刺し貫いていく。
「シュナイダー(故)とは大違いね。あなたとシュナイダー(故)を重ねていた自分が情けないくらい」
「く、くぅ・・・・・・」
「そんな風に考えるくらいだったら改善を目指せばいいじゃない」
「無理だよ・・・・・・改善なんて、いくら調べても人狼なんて他に見つからないし情報もないんだから・・・・・・。両親と従姉妹が今も探してくれてるけど。人狼化しない方法なんて・・・・・・」
「まったく。だからあなたは負け犬だというのよ。違うわ。改善というのは人狼化を絶対にしないということじゃない」
「?」
「慣れさせておきにくくするのよ」
「え、慣れる?」
「そう。あなたは言っていたわよね。女性を意識することでなりやすくなるって。なら意識しないようにすればいい。積極的に話しかけたり接触したり一緒に過ごす。それが当たり前にできるようになれば誰彼構わず発情することも減るんじゃなくて?」
「・・・・・・」
「それ以外の感情だって、ある程度はコントロールできるものよ。人間であるなら尚更」
それは、そうかもしれない。治せないと諦めていたからこそ、正体を隠そうとしていた。だからこそ発想がなくって目から鱗だ。
今までとは真逆の方法。人を避けるのではなく、積極的に交流する。
だけど、できるんだろうか? そんなこと。柊とこうして過ごしていてツッコめたり普通に話せてはいるけど、それは彼女が突飛すぎるからだ。
ずっと人と交流してこなかった。他の人と話すなんて、想像するだけで吐きそう。陰キャでぼっちでいることが長かったから、すっかりコミュ障になっちまってる自分には。
「なにも最初から大人数と仲良くなれとか普通に話せるようになれなんて言っていないわ。あなたにはそこまで期待していないし」
こいつ、基本ひどくね?
「だからこそ、今の私との関係はあなたにもメリットがあるのよ。モフればモフるほどあなたは人狼化の体質を克服できていく」
「お前とのスキンシップ――――関係に慣れればいいってことか?」
「そういうこと。どうかしら?」
・・・・・・。
可能性はある。
けど、もし上手くいかなかったら。
「・・・・・・お前はいいのかよ・・・・・・俺が人狼化になりにくくなったら・・・・・・」
「完全にならないわけじゃない。そうでしょう? それにもしそうなったら本気を出せばいいだけの話だから」
背筋が寒くなった。
今までのはこいつ本来のモフり方じゃなかったということか・・・・・・?!
だとしたら、本気を出したこいつは・・・・・・!
「・・・・・・まぁ、私は別にいいけどね。あなたが今までのままなら私にとっては楽だもの」
ちょっとムカッとした。
「・・・・・・やるよ」
どちらにしろ、この関係は終わらせることが俺からはできない。
だったら、少しばかりの可能性に賭けたほうが前向きに考えられる。
「そう」
決意なんて微塵も関係ないとばかりの素っ気ない反応。髪の毛をはらいながらツンとした目つきに色がない表情。感情が凍っているのではないかと見紛うほどの怜悧さしか感じない。俺のことなんて心底どうでもいいんだろう。
けど、俺が人狼化をコントロールできるようになったとき、この冷たい顔がどうなるのか。それを想像するだけで、少しワクワクする。
「そうと決まったら早速あの公園へ行きましょう・・・・・・はぁはぁ・・・・・・まだ始業時間には間に合うから・・・・・・ふぅー、ふぅー・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・決意した自分を後悔した。こいつは自分の都合のいい関係を維持するためあんなことを言ったんじゃないか?
そう疑うくらい興奮しきっていた。
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