第9話

 「危ないところだったわね」


 何食わぬシラッとしたかんじだったので、独り言を呟いたような軽さだった。


「今後学校じゃああゆうのは控えたほうがいいかもな」


 ブスッとした不満げな柊から承知したくないけど・・・・・・・・・という色がありありと見てて取れる。だってあんなことは二度とごめんだ。まだ心臓が痛いし、もし見つかってたらと想像するとゾッとする。


「学校で他に誰もこない場所ってあるかしら」

「学校に拘らなくていいじゃないか。万が一他の奴にバレたら・・・・・・・・・!」

「なによ。第一あなたのせいよ」

「なんでだよ。百億パー柊だろ」

「あなたが魅力的なモフモフと愛らしい姿をしているから我慢できなくなるのよ」

「我慢できないほど自制心がないお前のせいだよやっぱ。どんだけモフりたいんだ」

「できることならあなたを一生私の側に置いて二十四時間三百六十五日愛で回したいのだけどそれを敢えて抑えているの」

「イカれてやがる・・・・・・・・・! お前よく今まで普通に過ごせてたな・・・・・・・・・!」

「今まではこんなことなかったわ。初めてなのよ。夢でもあなたをモフってしまうほど取り憑かれてしまっているの。それだけあなたの影響は大きいの。よってあなたの責任よ」

「納得いかねぇ・・・・・・・・・!」

「もしあなたを愛でたりモフることができなくなったら生きる希望を無くしてしまうわ」

「大袈裟な・・・・・・・・・んなことで生きる希望なんて」

「大袈裟なんかじゃないわよ」


 え、とつい声に出るほど柊の雰囲気が変わった。まるで一度そういう状態に陥ったことがある、というほど現実味に溢れた説得力のある真剣味な顔つき。


「だから責任とってほしいわ。私をあなた無しでは生きられない体にしたのだから」


 ・・・・・・・・・字面だけ見たら完全にいやらしい方向にしか受け取れないんだよなぁ。嬉しくないけど。


「今日はしょうがないけど、でもそうね。本末転倒になってしまっては意味がない。これからどこか別の場所で――――」

「あ、悪い! 俺電車の時間に間に合わないから!」


 下手したらまたあんなことを柊にされるかもしれないという恐怖感に後押しされて、早口で捲したてる。


「今日はもう解散ってことでいいだろ!? どこでやるかっていうのはまた明日ってことで!」

「でもまだ――――」

「俺、家に帰って食事とか家事とかの準備しないとだし! 柊も予定あるんじゃないのか!?」

「大上くんは電車だったのね」

「ああ。そうだけど」

「そう。わかったわ。じゃあ残念だけど、今日はここまでね。今日は」


 今日は、と繰り返したところに若干の不安があったけど、ダッ! と駆け出そうとする。


「あ、待って」

「ぐえ!?」


 後ろ襟を掴まれ、首が絞まった。


「連絡先を交換しておきましょう」

「え!?」

「交換していたほうがいいでしょ。そうすれば教室のときみたいにわざわざ話しかけて怪しまれる危険性も減るのだし」

「それはそうだけど」

「なに?」

「・・・・・・・・・・・・どうやって交換するんだ?」

「は?」

「俺、携帯で誰かと連絡先交換したことないんだ。だから手順がわからなくて」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「携帯買ったとき家族のは最初から入ってたし」


 急に可愛そうな人を見る目をするのはやめてくれないか。致し方ない事情があったんだから。


「貸して」


 促されるまま取りだした携帯を手にすると、軽快にタッチ操作していく。


「本当にないのね・・・・・・・・・・・・」


 ぼそりとした呟きに胸を刺されていると、放るように携帯が返された。


「じゃあこれで。また明日」

「あ、ああ・・・・・・・・・」


 そのまま別れて、帰宅の途につく。電車の中で今日一日の刺激的な場面を振り返ると、明日から気が重い。


 何気なく携帯を取り出して暇を潰そうとしてたら、あることが気になって操作を切り替える。


「本当にある・・・・・・・・・」


 連絡帳に記載されている柊美音の名前。家族以外の誰かの連絡先。


 自分から望んだことではない。けど、柊の名前を眺めているとなんともいえないむず痒さが広がっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る