第7話
「ふう、それで大上くん。結局あなたは何者なの?」
「いや、あの流れでこの状況でんなこと聞けるな」
血色のよくなった肌ツヤがテカテカとしており、顔色も上機嫌みたいにホクホク。柊が満足したというのをありありと示している。
さっきの柊の過剰すぎる行動はいまだ信じられない。普段と今の姿からはかけ離れすぎていて別人なのかと疑ってしまうほどだ。とてもじゃないが俺の正体のことなんて今はどうでもいい。
「私の見立てによると、あなたは普通の人間ではない。そうではなくて?」
「いやスルーするなよ! こっちもさっきのお前をスルーする気ねぇからな!」
「あの毛並み、肌の質感、体の部位の感触は作り物なんかじゃない。愛好家である私の経験と目がそう語っているのよ」
「めげねぇなお前は! って愛好家ってなんだ!」
「愛好家とは特定の現象や物、人物に対する支持者で情熱と愛情を一心に注げる人のことよ。昨今ではオタクやファンといったほうがわかりやすいかしら」
「なるほどなってそうじゃねぇよ! 愛好家についての説明じゃない! 説明にすらなってねぇよ!」
仮に柊がなんらかの愛好家だとしても、さっきまでの俺への振る舞いが不可解で常軌を逸していたことだけが事実なんだよ。
今思い出しても恐怖しか覚えてねぇとか異常だ。
「はぁ・・・・・・あなた。自分の立場をわかっていないの? 質問をしているのは私なのよ?」
「俺は、人狼の末裔だ! これでいいだろ」
もうこの期に及んではいたしかたない。精神的な疲労から諦めの境地に達した俺は、自身の体質について語った。
根掘り葉掘りというほどではないにしても、柊は訥々と語ることに興味深そうに耳を傾けている。そこは意外だった。
「と、こんなところだ。納得したか?」
「ええ。それほどもう驚きはしないわね。頑なに隠そうとしていたことに納得できたけど」
「そうか」
「他の人と距離をとっていて交わろうとしなかったのも、発情するのを避けるためだと考えれば筋が通るし。マスクを付けているのもそうなのでしょう?」
「は、発情?」
「だってそうではなくて? あなたが人狼の姿になったときは私と極端に接触していたから。だとすれば、異性を意識したり性的魅力を感じたとき。すなわち発情しかないわ」
「こ、この・・・・・・・・・!」
「だとしたら、あなたはとんでもない変態ね。マスクを付けているのは女性の匂いを嗅ぐだけで人狼になってしまうのを防ぐため」
「妙な言い方するなよ! 別に発情だけが条件じゃねえ!」
「否定自体はしないのね」
薮蛇になってしまった。
「男は狼だって本当だったのね。いやらしい」
「もういいわ! とにかくこれで終わりでいいだろ! はい、もうこの話終わり!」
そうだ。結局もう終わりなんだ。柊の交友関係なんて俺は把握していないけど、このことは必ず人に広まる。
一人にでもバレてしまえば、その時点で終わりなんだ。
「勝手に終わらせないでちょうだい私はまだ――――」
「なんだよ! もうどうでもいいわ! 他の連中にバラすなり言いふらすなり勝手にすればいいさ!」
もう投げやりになっていたから、更に言い募ろうとしてくる柊に八つ当たりから雑な態度をとってしまう。
「? なにを? 言いふらすというの?」
「俺が人狼の末裔だってことだよ!」
「どうして?」
「どうしてって・・・・・・」
「言わないわよ」
キッパリと言い切られた。柊の淀みのないまっすぐな瞳に射竦められる。嘘をついている人間の瞳とはおもえない。
「それともあなたは言いふらしてほしいの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「そんなことをしても私になんの得なんてないのだから。それにそんなことしたら―――」
「したら?」
「・・・・・・独り占めできないじゃない」
「・・・・・・・・・」
「ともかく、私はあなたの事情を誰彼構わず喋ってしまうような口の軽い女ではないの。特に隠したい事情でなら尚更」
「・・・・・・そうか。そっちがらそこつもりなら助かる。できるなら人狼なんていうことは消し去りたいくらいだからな」
「もったいない」
「ん?」
「こほん。けれど、これから生きている中で私に知られたときと同じ出来事があるんじゃないかしら。何しろ女の子に欲情しただけでそうなってしまうんだもの」
「人を年がら年中欲情する可能性がある男って決めつけないでくれないか」
どうも柊は俺に対して誤解をしている。けど、否定はできない。だって思春期だもの。
「昨日までバレたことはなかったの? 私以外で。だとすれば驚きね」
「まぁなんらかの対策とか改善は必要だろうな」
「対策・・・・・・改善。もしだったら」
「?」
ブツブツと神妙に考えこんでいた柊は、急にバッと勢いよく顔を上げてきた。
「大上くん。協力してもいいわ」
「ん? なにを?」
「あなたが他の人に人狼だってバレないようによ」
「・・・・・・そこまでしてもらう筋合いなんてないけど」
というかできるだけ関わりたくない。ヤバさしか感じなくなってきてるんだから。
「悪い話ではないでしょう。それにあなたの発情しやすい体質をなんとかしなければ私を含め他の誰かも同じ被害を受けるかもしれないのでしょう?」
「だから発情いうな!」
本当なら、ありがたすぎる申し出。だけどこっちにとって都合がよすぎて逆に怪しい。
たしかに柊自身が言っていたように、俺の正体をバラしても柊にはメリットがない。でも、それは俺に協力することにも同じことがいえる。
同級生ではあっても交流なんて今までなかったし、人狼なんていう珍しい存在に力を貸すなんて、なにか魂胆がないとできないだろう。
好意や善意から出ているなんて能天気に信じられるほどできた人間ではないし。柊がそんな提案をしてくるなんて、なにか魂胆があるって考えるのが自然だ。
「その代わり条件があるの」
ああ、なるほどな。やっぱりか、そりゃあそうだよなと得心がいった。
まぁ仕方ないだろう。ここで断ったらどんなことになるかわかったもんじゃない。それに正体が広まる危険性に比べたら軽いもんだ。
でも柊がそんなことをしてくるなんて。まるで弱みに漬け込んでくるやり方は似合わないというか、やって欲しくなかったって気持ちが強い。
まぁなんにしろ。一体どんなことを要求してくるんだ。
「私にあなたをモフらせてちょうだい」
妄想を絶する発言に白目を剥きそうになった。
「ん?」
「間違えた。訂正するわ。あなたを愛でさせてちょうだい」
また白目を剥きそうになった。加えて途方の無さに草が生える。
「も、モフ? 愛で?」
「私は動物が好きなの。特にあなたのように毛むくじゃらな動物が」
一体なんの話をはじめようとしているのかといぶかしんだけど、さっきの柊が自然と脳裏に浮かぶ。
「・・・・・・ああ〜・・・・・・」
だからか。さっきの狂ったような柊は。動物が好きだから触れ合えたことでテンションが上がっていたということか。別の人格に支配されているかのような普段とのギャップも。我を失うほど喜んでいたからか。
そうか。そういうことか。
ようやく謎が解けておもわず草が生えた。
ケモナー。動物を愛好している人はそう呼ばれる。柊美音もそうなのだろう。
「ちなみに、なんで動物が好きなの?」
「ではあなたはどうして呼吸をするの? 誰に教わったわけでもないというのに」
「なに? 生きることと同じなの? もしくは本能とか?」
「人間にはない動物さながらの純粋無垢と野生の動き、生体。どれをとっても魅力に溢れているじゃない。なによりあの毛並みの手触りは何物にも変えられないわ。お腹の感触も動物によって――――」
「わ、わかったから! 柊が動物好きなのはようっくわかったから! 許して!」
鼻息が荒く、少しヤバい雰囲気。早口気味で目も焦点が合わなくなってきている柊に危うさを感じた。
「そ、それで柊は動物が好きだから俺を動物の代わりにしてスキンシップを味わいたいと?」
「なにを聞いていたの? スキンシップなんていうちんけなことで私が満足出来るわけないじゃない。馬鹿なの? モフって愛でて癒されたいの」
「括り的には一緒だろ?!」
「あなたはなにもわかっていないのね。がっかりだわ。モフる愛でるという行為をスキンシップなんていうのと一緒にしないでちょうだい」
話が通じねぇ! なに? 柊美音ってこんな馬鹿だったの? ちょっとショック。
「シュナイダー(故)は受け入れてくれていたというのに」
「シュナイダーって誰だよ! しかも(故)ってなんだ!」
「実家で飼っていた家族よ。もう亡くなっているけど」
「ご愁傷さま! けどお前の愛し方(スキンシップ)が原因じゃないかな?!」
「失礼な。お医者様の診断できちんと天寿を全うしたと証明されているのよ。それじゃあ私のモフり方と愛で方に問題があるみたいじゃない。酷い侮辱だわ。訴えるわよ?」
そんなことで訴えられるのか逆に試してほしいくらいだわ。
「私だって、本当はあなたにこんなこと頼みたくないわ。年頃の女の子なのだから、仮にも同年代の男の子になんて忸怩たる気持ちなのよ。それも発情している相手に対してモフるなんて。女性にとっては危険と隣り合わせな行為なのよ」
「だったら別のペットを飼ってみたらいいんじゃないですかね」
散々な言われように我慢できない。
「私だって、できるものならそうしているわよ。でもしょうがないじゃない。あの子の代わりなんてどこにもいないのだし」
いきなり憂いを帯びた雰囲気を放ちはじめた。
「シュナイダーはあの子だけ。代わりなんてどこにもいない。誰かと重ね合わせるなんて最低な行為。シュナイダーに失礼だって自分でもわかってるの」
「・・・・・・」
「それでも、もしかしたらっておもって色々な所を巡って色々な動物と会ってきたわ。それでも、シュナイダーと一緒だったときのときめきも充足も味わえなかった。当然よね。だから諦めていたの」
「柊・・・・・・じゃあなんで?」
「そっくりだったの。あなたの毛の触感が。懐かしくなって呆然としたくらいに」
自嘲からか。場面にそぐわずくすりと小さく笑った。不意打ちな笑顔に、ついドキッとした。
「あなたに押し倒されて、あなたが教室から出ていったとき。私の顔に尻尾が当たったの」
そうだったのか? あのときは慌てていたからそんなことにも気づけなかったけど。
「今までどんな子と触れ合ったときにも味わえなかった。そして、さっきあなたをモフったときに確信したの。ああ、私が求めていたのはこれだったんだって」
「・・・・・・」
「初めてだったのよ。あんなに癒やされたのは。あの子を喪ってから」
飼っていたペットを思い出しているのだろうか。どこまでも悲しそうで、辛そうで、胸が締めつけられた。
「モフられてお前を満足させれば黙っててくれるんだな?」
「!」
「お前を癒せば、協力してくれるんだな?」
「ええ。約束するわ」
「わかったよ・・・・・・」
断ることなんて、どっちにしろできるわけがない。こちらの事情にしても。そして、陰キャであっても辛そうな女の子を見てしまった男心的にも。
「交渉はまとまったということでいいのかしら?」
「交渉のつもりだったのか? 一方的すぎて脅迫じみてたぞ」
「あなた、意外と口が悪いのね。さっきからおもっていたけど」
「お前には負けるよ。まぁ、これからよろしく」
「ええ。そうね」
きょとんとしてしまった。こちらに手を差し出してくる。そのまま維持しているのでなんだろうとおもったけど、握手のつもりなのか焦れったそうな圧をかけられる。
おずおずと握りしめた手は小さくて。しっとりとスベスベしていて柔らかくて力をこめれば折れてしまうのではないかというほど頼りなく儚くて、同じ人間とは信じられない。
また人狼になってしまいそうなほど。
とにかく、先はおもいやられる一方だ。柊のあんなスキンシップ、もといモフりに男としての理性が、人間としての尊厳が耐えられるのか。
陰キャな俺が女の子、それも高校一の美少女名高い柊と一緒に過ごすなんて。
想像するだけでパニックに陥る。どうなってしまうんだろうと不安だ。
けど、何故だろう。そして少しだけワクワクしているのは。
「ええ。よろしくね。シュナイダー二世」
「やっぱおもっくそ重ね合わせて代替扱いするつもり満々じゃねえか!」
前言撤回。
やっぱりやめとけばよかったと少しだけ後悔した。
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