第6話 戦いの後
戦いが終わり四人が集まる。といっても、ヌーヴェルとシャリテが二人の所へ行っただけだが。
「クロワノール、ルクリュ。お疲れ様。身体は大丈夫かい?」
「ふたりともおつかれさま」
ヌーヴェルとシャリテが、戦った二人に同時に声をかける。
「僕なら大丈夫だ」
「わたしも―――」
「うん。クロワノールはかなり疲れてるみたいだね」
最後まで聞かず、ヌーヴェルはクロワノールを見ただけでそう言う。
「そうなのか? クロワノール」
ルクリュも思わず聞いてしまう。
ヌーヴェルの早い言葉に、一瞬クロワノールはきょとんとした顔をしていたが、すぐに反論する。
「ちょっと、勝手に決めないでよね! 別にわたしは疲れてなんか―――」
「嘘だな」
はっきりと言い切られ、クロワノールは言葉に詰まる。
「な、なんであんたにそんなことがわかるのよ……」
「そんなこと、君を見ていれば分かる。だから嘘はつくな」
言うだけ言うと、クロワノールの意思に関係なく彼女を抱き上げた。
「や、やだ! 恥ずかしいから降ろして!」
いつもなら暴れていただろうが、今はそれができず、なすがままにされる。それぐらい、彼女の疲労は蓄積されていた。
「極度に疲れている君を歩かせるのは忍びないんだ。だから……素直に疲れてると認めてくれないか? 今の君は、立っているだけでもかなり辛いはずだろ? こんな時ぐらい、僕を頼ったっていいじゃないか……」
いつになく心配そうなヌーヴェルの声に、表情に、クロワノールは何も言えなくなってしまう。
これほど自分の身を案じているヌーヴェルに、嘘をつくのが申し訳なく感じてしまう。だから、クロワノールは素直になることにした。
「……ごめんなさい。わたしは雇われてるから、雇い主のあんたに助けられる訳にはいかないと思って……それで…つい………」
「そんなこと気にする必要はない。普段は僕が助けられてるんだから、たまに僕が君を助けて何がいけないんだ?」
「……ありがとう」
虚勢をやめて、ヌーヴェルの腕の中で小さく力無い笑顔を見せる。そんな彼女を見ていると、自分は『眼』の相手を彼女に任せて本当に良かったのかと思ってしまった。どうせルクリュならば、放って置いてもどうにかするからだ。
「本当に疲れただろう? 今は寝て、ゆっくりと身体を休めるんだ。部屋まで運ぶから安心してくれ」
自責の念に駆られてか、必要以上に優しく声をかけてしまう。
一本間違えれば、今回彼女は大きな怪我を負う可能性があった。もちろん、そうならないように『お守り』を着けさせていたから、そんなことは起きるはずがない。だが、それでも危険に曝したことに違いはなかった。
「うん……ありがとう………ヌー…ヴェ……ル………」
瞼が閉じられ、安らかな寝息を立て始める。
クロワノールの寝顔を見ながら、彼女の身体を自分へともたれ掛かせる。
「んっ……すぅすぅ……」
「ヌーヴェル。クロワノールねちゃったの?」
「ああ。普通の介入者は力を使いすぎると、眠ることで力の回復を早めるんだ」
クロワノールが二人を気にしないように、自分の体で隠していたヌーヴェルも、二人の方へと向き直る。
「そうか、ならば僕は普通ではないな」
「君の場合、普通一つしか使えない介入を全て使える時点で普通じゃないさ。それより、二人共放って置いて悪かった」
「シャリテはべつにいいよ。だって、クロワノールはつかれてたんでしょ?」
「クロワノールを寝かせたかったんだろ? なら仕方ないさ」
二人共文句も言わず、気にせずに返事をした。二人のこういう所は、ヌーヴェルも素直に好意を持っている。
「ありがとう。それじゃあ、宿へ戻ろうか」
「ああ」
「うんっ!」
町へと歩き出す三人。その途中で、シャリテも今日の疲れから眠気がきたため、ルクリュに抱き上げられることとなった。
そうこうして歩いてる間にも、大地が闇と赤の狭間から徐々に闇へと移り変わる。
四人が宿へ辿り着いた時には、もはや大地は深淵の闇に包まれていた。
宿に着くと直ぐに二人をベッドに寝かせる。この時、クロワノールの手がヌーヴェルを離さないとしてか分からないが、彼の服を掴んでいた。
ヌーヴェルは苦笑を浮かべながらも手を外し、髪飾りとイヤリングを取って机の上に置く。そして、一度慈しむように頭を撫でてから、起こさないようにして部屋を出る。
「さて、これからの話しでもしようか?」
「そうだな……なら、僕が介入を使うよ。君も疲れてるはずだろ?」
「いや、大丈夫だ。それにこの介入は僕の方が得意なんでね」
「……わかった。なら頼む」
介入を使うのをどちらかと決め、落ち着いて話しをするために一度自分達の部屋に戻る。
立ちながら話すのも疲れるので、二人は部屋に備え付けてある椅子に座る。
そして、万が一話しを聞かれるかもしれないことを考えて、ヌーヴェルが介入を使う。
『まずこれからのことだが、シャリテが言うには次はネクスと呼ばれる村の辺りらしい』
テーブルに地図を広げて指で村を指し、ヌーヴェルに見せつけながら話しを始める。それを別に注目せず、ヌーヴェルが口を開く。
『ネクスか……あそこは普通の村なんだが……本当によく分からないな………ヴィルスは何を基準に現れる場所を決めているのやら……』
悩ましげな声を上げてしまう。今までヴィルスが現れたと聞く場所といえば、町や都市周囲、主要な道、道外れの場所、山や森の中、川などである。自分達もこの中のいくつかで出会ったが、今回ここに村が加わることになる訳だ。
ただし、いずれもヒトの眼につきにくい場所だった。なので、今回も恐らくはそうなるだろう。
『まったくだな。だが、シャリテのおかげで何処に現れるかは知ることができるようになった。だから今はそれは置いておこう。問題は……』
『次に奴らがどのような布陣で現れるか……かい? そんなもの、簡単に変わるものではないよ。考えるのは否定しないが、議論する必要もないだろう。一応、僕も何通りかは考えているけどね』
『そうか……なら―――』
この事で議論する気がないヌーヴェルを見て話を変えようとする。けれど、それよりも早くヌーヴェルが言葉を紡ぐ。
『それよりもだ。僕が知りたいのは一つ、いつネクスに向かうか。これだけだ』
『……動くなら早い方がいい。明日にでも直ぐに向かう』
『本気で言っているのか? 介入で体力を使い果たした者の疲労は、一日二日では治らないんだ。普通なら三日は休ませないといけない』
『向かう間に数日は過ぎるだろうから問題ない』
『君は考えが甘い。クロワノールならともかく、シャリテが明日にでも長距離を歩けると思うのかい?』
『…………』
ルクリュは黙り込んでしまう。
クロワノールのように修練を積んでいないシャリテでは、介入による疲労感が違うことぐらいは分かり切っているからだ。
『急いては事をし損じると言う。だから今は休む刻だよ。焦ってもいいことはないんだ』
自分の言葉を理解できないルクリュではない。だからこそ何とか説得しようとする。しかし、理解できても納得がいかないのか、ルクリュは返事をしない。
ヌーヴェルは仕方なく、ある提案を持ち掛けることにした。
『……僕が介入を使って、ネクスと近い距離にいる介入者にだけこの事を伝えよう。これならどうだい?』
『そんなことができるのか?!』
『できるさ』
『ならば、どうやって介入者だけに伝えるんだ? 後、本当にそこまで正確に音を伝えられるのか?』
予想していた質問であり、この疑問はもっともだろうとヌーヴェルは思った。
絡まった糸を解くようにして話し出す。
『一つ目だが、介入者には独特の音があるんだ。この音と反応するように声を加工すれば、それで普通のヒトには聞かれないですむんだよ』
『馬鹿な……そんなことできるわけが………』
『君ができないことを、何故僕にできないことだと考える?』
驚きを隠せないルクリュに、少し冷たい言い方をしてしまう。ヌーヴェルにとって、こんなことは造作もないことで、いちいち驚かれる必要もないからだ。
『二つ目だが、テーブルに置かれてる地図を作ったのは、誰なのか忘れたかい? それが答えだ。一度行ったことのある地であれば、そこまで音を飛ばすのは別段苦労するものではないさ』
自信に満ちた言葉と話の内容に、ルクリュは納得するしかなかった。
『これで納得してくれたかい?』
『……ああ』
『それなら、早速音を伝えるよ』
椅子から立ち上がり窓を開ける。
近くネクス周囲に<<ヒトを狩るモノ>>が現れる。そう言った内容の声を加工し、近くにいる介入者へと届けた。
『僕の仕事は終わった。これで明日に向かうことは無しにしてくれるな?』
『……後二日は滞在することにしよう』
元から三日は無理だと踏んでいたヌーヴェルにとって、この返事は最高の内容だった。恐らく、ルクリュも彼女達の体調で悩んだ末に二日としたのだろう。
これが決まったならば、もうここにいる必要はなくなったとばかりに、ヌーヴェルが部屋から出て行こうとする。
『待て! まだ話は終わって……』
『言っただろう。僕が知りたいのは一つだけと。それを知れた以上、後は君に全て譲歩するよ』
譲歩と言えば聞こえはいいが、要はルクリュに全てを丸投げしただけのことだった。
『普通に話をすると昼間約束したはずだが、それを破るのか?』
『今日はこれ以上に重要な話はあるのかい? 他のことなら、また明日以降で頼むよ。一応、僕も疲れてはいるからね』
振り返った彼にそんなそぶりは一切見えないが、普通に考えると疲れていないはずがなかった。
こう言われたら、ルクリュも大人しく下がるしかないのだが……
『君は本当に疲れているのか?』
ある疑問が沸いていた。
ヌーヴェルが、普通の介入者は力を使い過ぎると眠ると言ったことに対して……
『介入を使った疲労でいえば、君の方がクロワノールより疲れていてもおかしくない。なのに、何故今も介入を使えるぐらいの余力がある? もしや、君も普通ではないんじゃないのか?』
『……何か根拠とかあるかい?』
ルクリュの疑問が面白いのか、どこか楽しそうに尋ねる。
『気を悪くしないで欲しいが……君の髪や目は普通じゃないからな。黒を持ってるヒトなど、この大地を探しても君以外見つからないだろう?』
『確かに、黒を持つのは僕以外いないね。だがそれは違うよ。何か他の考えはないのかい? 君のことだ、もう一つぐらいあるだろう?』
あっさり否定し、相手を試すように聞いてくる。
こういうことを言うヒトなら、まだ他の解答を隠していると踏んだからだ。
また、そうでなければヌーヴェルとしても面白くない。こういうのは、結論に至るまでの考えを聞くことが楽しいからだ。
『戦いの後、クロワノールに助かったと言われた』
『実際そうだろ? 君が大技で、眼を含めて倒すと思ったからあの娘を囮にしたんだ』
違う話しな気がしたが、ここから繋がると思ったから話しを切ったりはしなかった。もし関係なかったならば、その時はルクリュに失望するまでだ。
『……結果だけ見れば確かにそうだった。しかし、どの瞬間に倒すか分からない状況下で、危険な囮をやらせるものか? 下手をすれば、死の可能性もあるというのに?』
批難めいた目でヌーヴェルを見てくる。
『死ぬようなことはさせないさ』
それを軽く流し、特に意識はせずに話す。
この言葉に、ルクリュは一つの確信を抱く。
『つまり絶対に死なない理由があった訳だ。そして、その要因はと言えば……彼女に着けさせた髪飾りだ。あれが身を守る働きをしたのだろ?』
『そんなことあるわけないよ。君の炎が粘液を消し去り、あの娘を守っただけだ』
馬鹿馬鹿しいと、この考えを切り捨てる。
それとは反対に、ルクリュはこれが正しいと理解した。
『僕がいつ粘液のことを言った? それに、何故このことを見ていたかのように分かっているんだ?』
『何を言ってるんだい。眼の攻撃は粘液しかなく、それを防ぐにはかかる前に消すしかないじゃないか』
『だから……どうして粘液だと言い切れたんだい? この場合、助かると言うには二つある。結果的に粘液から守ったことか、眼を殲滅したことかだ』
『確率的には前者が高いからだよ』
『そうか……。そういえば言い忘れていたが……』
一度言葉を区切り、改めて続きを言う。
『彼女から聞いた話しで分かったが、僕の炎は粘液を消し飛ばせる距離ではなかったんだよ』
『…………』
黙り込むヌーヴェルに、畳み掛けるように言葉を続ける。
『眼が倒せるぎりぎりの範囲で、それより外側の、眼が出した粘液には届かない。だから本来、僕は彼女を守れていないんだ。なら、誰が粘液から彼女を守ったんだろうな?』
分かりきってる答えを、さも不思議そうに話すのはどこか滑稽ささえ感じる。けれど、こう言えばごまかせないだろうと考えた。
現にヌーヴェルは諦めた顔をしていた。
『やれやれ……始めからそう言ってくれたらいいのに……』
疲れた声を上げて、手で頭を押さえて苦笑してしまう。
『……正解だよ。髪飾りに風の介入を込めて、あの娘が危なくなったら身を守るように仕掛けた』
『つまり……君も風の介入を使えるんだな?』
『そうだよ。音の介入は風の介入の発展にあたるからね。ルクリュは知らなかったみたいだが、音が使える者は皆一様に風の介入者だよ』
『クロワノールよりも余力があるのは、二つの介入が使えるからなのか?』
『まあ、そんなところだな。それより、そろそろ介入解除していいかな? もうこそこそ話すことはないだろう?』
断りをいれ、ルクリュもそれに同意する。
介入をやめて、普通に話す。
「ふうっ……色々聞きたいことはあるだろうけど、さっきも言ったがこれ以上は明日以降にしてくれ。一応、僕も疲れてるんだよ?」
「……なら、最後に一つだけいいか?」
「本当に一つなら早く言ってくれ」
さっさと話せと言葉を促す。
らしくもなく、少し気が立っているように思われる。
そこを配慮してか、ルクリュも簡潔に言う。
「何かに介入を込めるのは、僕でもできるのか?」
「正直に言うとできないと思う。今までこんなことができた者はいないらしい。後、今のところ込めることができるのはルイ石だけだね」
「そうか……まあ、これ以上は明日にするよ」
「そうしてくれ。僕にはこれから、やることがある」
「何をするんだ?」
「情報を集めてくる。ここの飲み場には色々な地のヒトが集まってるからな」
そう言って、ヌーヴェルは部屋を出ていく。残されたルクリュは、一人物思いにふけるのだった。
――昼のあの娘は……何者なんだろうな。僕は知っているはずなんだ。だけど今は忘れている……何が原因で記憶を失ってしまったんだろう?
解がでないことは分かっている。
愚かだと自覚している。
しかし、それでも考えることをやめれずにいたのだった。
――あのお爺さんには感謝しないといけないな。おかけでこの娘が怪我を負わずにすんだ。
髪飾りを右手に持ち、空いてる左手で安らかに眠るクロワノールの頭を起こさないように撫でる。
ヌーヴェルは部屋を出たら直ぐにクロワノールの元へきた。理由としては、髪飾りの力の補充をするために。
それともう一つ
「父なる大地プログレスよ。どうかこの者に我が力を分け与えたまえ」
髪飾りの補充を行いながら、彼はクロワノールに力――介入で消費するモノ――を分ける。
ただし、残り二日で回復できる量までの範囲で。
クロワノールの次はシャリテにも行い、手早く済ませる。この間に髪飾りにも力を込め終えた。
やるべきことをやると部屋を出る―――直前にクロワノールを見る。
――今日は潜り込むのはやめとくか。ゆっくりと休んで欲しいし、今日の明日でまた変な状況を作る訳にもいかないからな。
戦いの最中で彼女の唇に触れようとしたことを思い出す。
――あの時はお互い雰囲気に流されていたな。だからこの娘も許した。そうでなければ、今の僕に対してあんなことを許すはずがないんだっ!
何かを振り払うかのように、一度頭を振る。
気持ちを落ち着け、二人を見ると穏やかな寝顔を見せていることに、彼は一安心する。そして、今度こそ部屋を出たのだった。
☆☆☆
――近々、ネクス周囲に<<ヒトを狩るモノ>>が現れる。僕がそこに向かうまでの間、代わりに守ってくれる者がいれば守って貰えないだろうか? この言葉を信じる、信じないかは各々の判断に任せる。
その頃、ヌーヴェルの声はネクスの周囲にいる介入者だけに届いていた。
だが不幸なことに、声を聞いた彼らの中に音の介入者がいなかった。そのため、これがどういう物か分からず、誰もが気味悪がって相手をしなかったのだ。
挙句の果て、彼らはネクスに近づくことはしないと決めてしまった。
だが、一人だけ声に耳を傾ける者がいた。
「これは…刻の風? もし本当ならば、大変な事になるかもしれない。急ぎネクスへ向かわねば!」
彼は話を聞くや否や野宿を中断し、ネクスへ向かうため、火を燈して闇の中を進み出す。
このことが、彼の運命を変えることになるとも知らずに……
「しかし、誰がこんなことを……?」
当然な疑問を感じた瞬間。それを見計らったかのように、声が再び彼だけに届く。
――信じてくれた者だけに、僕の名前を言おう。
意識を声に集中し、聞き逃さないようにする。
――僕の名はネウス。かつて暗黒の大地だった頃、有名になっていた者だ。
「!!」
驚いている彼に強い風が吹く。それと同じくして、声は止んだ。
風に掻き乱された火が激しく揺れながら、闇の中で道を照らしていた。
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