第4話 <合流>
「あ、ヌーヴェルとクロワノールだ~!」
「やあ、シャリテ。朝以来だね」
「シャリテは元気ね~。わたしはこれからのことを考えたら、少し憂鬱なぐらいなのに……」
曲が終わった後、ヌーヴェルの予想通り、ルクリュ達は今回の戦いの場になるであろう場所に向かった。そこで地形の最終確認をしている最中に、ヌーヴェル達が来たのが現在の状況だった。
「だけど、ルクリュは真面目だな~。そこまで念入りにしなくても……迷ったって、僕はこの辺りの地形は熟知したし、最悪は介入を使えば問題ないよ」
ヌーヴェルはこう言ってしまうが、いくらここが開けた場所とはいえ周りには森がある。中に入って動き回れば迷う可能性もあった。だから、ルクリュは何らかの目印をつけて迷わないように対策をしていた。
「君がダメになった時はどうする?」
「そんなことなる訳ないよ。ルクリュが一体どうして負けると言うんだい? それに、クロワノールが居てくれるから大丈夫だ。君らがいる限り、僕がやられる心配なんかない」
「君は……僕らを信頼しているのか、それとも楽観的なのか?」
「それはもちろん、信頼しているさ。僕は楽観的に物事を考えたりはしない」
「そうか…そうまで言われたら、期待には答えないといけないな。そうだろ? クロワノール」
「ふへえ…っ?! あっ! そ、そうねっ!」
振られると思っていなかったため、無意識に変な声を出してしまった。それをごまかそうと慌てて返事をするが、それら一連の動作がヌーヴェルのツボに入ってしまい、彼は口元を手で押さえて耐えていた。
―――にやけてしまわないように。
「ヌーヴェル。どうしてかおをおさえてるの?」
「いや、そのさ……だって…ねえ? その…クロワノールがかわいくてさ………」
――あんな幼くてかわいらしい声とか。それを出した後の赤い顔とか。それと、顔を見られまいと背けたのも、思い出すだけで……って、やばい! また…っ!
にやけと戦うヌーヴェルを、シャリテは不思議そうに見ていた。その一方で、クロワノールはというと。
「ル・ク・リュ~っ!」
話しを振った本人に詰めよっていた。
「な、何だい…クロワノール」
恨めしげな目と気迫に、ルクリュが僅かに後ずさる。何となく、何となくだが……こういう状態は危険だと判断したからだ。
どのタイミングで逃げようかと考えていたら、クロワノールが先に口を開く。
「急に話しを振らないでよ~っ! おかげで、変な声出しちゃったじゃない……!」
話してる最中にも思い出してしまい、恥ずかしくて顔を上げていられなくなり、手で顔を覆ってしまう。
その行動がルクリュには、泣いているように見えてしまった。
――ぼ、僕はどうしたらいいんだ? 何故クロワノールが泣いているのか理解できないが……とにかく、恥をかかせたことは確かだ。謝らないと!
「す、すまない……!」
「すまないじゃないわよ……ううっ……」
「今後は気をつけるから…」
「ホントに? ホントに気をつけてくれるの……?」
まだ恥ずかしくて顔が上がらないので、ついつい上目がちで見てしまう。
瞳に溜まった涙に、罪悪感を覚える。
「ああ、誓うよ。だから…」
「だから…?」
「もう、泣かないでくれないか……?」
ぽんと頭に手を置き、シャリテにしているように撫でていく。泣き止ます方法をこれしか知らないからだ。
――へっ? えっ? ええっ?! 別に、わたし泣いてないんだけど………
ルクリュの勘違いに驚いてしまうが、こうして頭を撫でられるのは嫌ではなく、むしろ嬉しいぐらいだった。
……女の子扱いされているようで。
――ルクリュの手って…あったかいな~。それに…不思議と気持ちいいって思っちゃう。
大人しく撫でられるうちに、自然と目は細くなり、顔には微笑みが浮かぶ。
そんな表情の変化を見て取ったルクリュは、もういいだろうと思い手を離す。
「ぁ…っ」
「よかった」
「へっ?」
意味が分からなくて顔を上げたら、その時に涙をそっと拭い取られた。
「泣き止んでくれて」
「…そのことなんだけど」
「なんだい?」
「わたし……泣いてないわよ?」
「えっ?」
クロワノールの言葉に、今度はルクリュが驚く番だった。
泣いてないなら、何故涙を浮かべていたのか? そもそも、俯いて顔を覆う行為に、泣いている以外何があるのか?
そんな考えの答えを見つけれないでいると、クロワノールが恥ずかしげに話す。
「その…恥ずかしかったから……変な声を出しちゃったのが……それで…」
「変…? かわいらしい声だったよ?」
「っ!?」
ルクリュにそう言われると、クロワノールは夢にも思っていなかった。
驚きと羞恥と変な嬉しさがごちゃまぜとなり、思考がうまくできなくなる。
「あ、ありがとう……」
本当に小さな、聞こえるかどうか分からない声で、そう言うのが限界だった。
またまた赤くなる顔に、今日は何でこんな赤くなるんだろうという思いが巡る。
「いちゃついてるところ悪いけど、すぐに終わるからいいかい?」
「いちゃ…っ!?」
「何だ? ヌーヴェル。後、いちゃつくとはどういう意味なんだ?」
突然そんなことを言われ、一瞬慌てるクロワノールを横に話しを続ける。
「目印をつけるのは終わったのかい? あ、いちゃつくって言うのは、仲がいいってことだよ」
「ああ、もう終わった。それだけなのか?」
「いや、ここからが本題。<<ヒトを狩るモノ>>の名称なんだけど……人前では言いにくい名だから、呼び方を変えないかい?」
「……そうだな。何かいい呼び方はあるのか?」
「『ヴィルス』なんてどうだい?」
「ヴィルス…?」
「意味は特にないさ。けど、これなら知らない人が聞いてもよく分からないから大丈夫だろ?」
「…そうだな」
「僕の話はこれだけさ」
「そうか…なら今度は僕の話に付き合ってくれないか?」
話があったのはヌーヴェルだけではなく、ルクリュもだった。だが、ヌーヴェルは何の話かも聞かずに分かったように口を開く。
「…戦いのことなら今回も変わりないんじゃないのかい? そうそう奴らに新種が出るとは思えない」
「しかし…予想するぐらいできるんじゃないのか?」
「予想したとしても、それが的中しない限り意味はない。いくら考えたって、現実はなるようにしかならないさ」
「確かにそうかもしれない……だが、だからと言って何も考えないのはどうかと思うが?」
「考えても仕方ないことを考える方がどうかと思うよ?」
考えが合わないことに、次第に二人の空気が険悪になっていく。
ルクリュに少しイラつきが見え、このままだと仲たがいを起こすのは確実かと思われた時。
「はい、二人ともそこまで!」
「ルクリュ、ヌーヴェル。けんかはだめだよ!」
今まで静観していたクロワノールとシャリテが割って入ってくる。シャリテはルクリュを引っ張ってヌーヴェルから離れさせた。
「ルクリュ、おこっちゃだめだよ? おこったりしたら、ちゃんとおはなしができなくなっちゃうよ?」
「怒ってはいませんよ?」
「じゃあ、ルクリュがとげとげしてるのはなんで?」
「…………」
――シャリテにごまかしは効かないか……正直に話すしかないな。あまりこの娘にこんなことは聞かせたくないんだが……
そう思っていても、疑問に答えない限り納得しないのがシャリテだ。諦めて話すしかなかった。
「実は…ヌーヴェルに対してイラツキを覚えました」
「いらつき…?」
「簡単に言えば、相手をイヤに思ってしまうことです」
「ルクリュは…ヌーヴェルがきらいなの?」
シャリテが悲しそうな顔をする。こうなるのが分かっていたから、できれば話したくはなかった。けれど、途中で止める訳にもいかない。
「彼の能力などは尊敬できますが……言動に問題があるんです。どうも彼は、わざとしているようにしか見えない言動が目立つ。さっきの意見に対しても、わざわざ僕を煽るような言い方をしている。それさえ無くしてもらえれば、素直に彼を認めれます」
「え…えっと……」
「一度に言ってはわかりませんか…?」
「ううん…! ルクリュがヌーヴェルをきらいじゃないのはわかったよ! わざとする……げんどう? をしなかったら、ルクリュはいいんだよね?」
「ええ、そんなところです。シャリテは理解が良くて助かります」
「えへへっ♪」
褒められたのが嬉しくて、シャリテが笑う。ルクリュはそんな彼女の頭を褒めるように撫でた。
彼女の笑顔のおかげで気持ちに落ち着きを取り戻す。
「ルクリュ、だったらヌーヴェルにおねがいしよう? わざとするげんどうはやめて、って。そういわないとわかってくれないよ?」
「…そうですね、そうしてみます」
――またこんなことを起こす訳にはいかないし…ヌーヴェルに一言かけておこう。
そうルクリュは思った。
「こんどはとげとげしちゃだめだよ?」
「ええ、分かってますよ」
一方、ルクリュ達がそんなことをしていた時、クロワノールの方も。
「ヌーヴェル、どうしてあんな言い方しちゃうの? あんなんだといくらルクリュでも怒っちゃう……もっとうまく話さないと、誤解を受けるわ」
「誤解も何も、僕は本当のことを言ったまでだ。意味のないことを考えるのは時間の無駄だ。それに、疲れるだろう?」
「そうだとしても…言い方が悪いのよ……」
一度ため息をついてから、優しく語りかける。
「いい、ヌーヴェル? 人には人の考え方があるんだから、それを否定するような言い方をされたら……嫌よね?」
確認するように言い、目をヌーヴェルに合わせ、返事を待つ。
「…………ああ、そうだね」
わざわざ聞かなくても分かるだろうと思っていても、クロワノールの視線がそれを許さなかった。
返事を聞くと、彼女は嬉しそうに微笑み、さらに優しく語りかける。
「だったら、相手に嫌な気持ちにさせないためには…どうしたらいいかしら?」
「…相手の意見を尊重し、それから自分の考えを述べる……かい?」
問いの答えを聞き、クロワノールは喜びを隠さずに満面の笑顔を咲かせ、子供に言い聞かせるように言う。
「分かってるなら、次からはそうしようね?」
「…………」
「ヌーヴェル、返事は?」
「は…はい……」
ニコニコした笑顔に暖かくて優しい声。そんな彼女らしくない言動に、つい素直に返事してしまった。
「うん、ヌーヴェルはいい子ね」
クロワノールは背伸びをしながらそっと手を伸ばす。そして、ヌーヴェルを見上げて、とびっきりの笑みと共にいい子いい子と頭を撫でてやる。
「…………」
自分よりも小さな女性に頭を撫でられるのは初めてだった。昔姉によくされてはいたが、それも小さな頃の話で、背はまだ姉よりも低い時だった。
優しさに満ちるクロワノールの顔に、ふと姉を思い出してしまう。
「……ヌーヴェル、どうしたの?」
「……その…君は相手を怒鳴ったりして言い聞かせないんだな~と」
「怒鳴ったって、人は話を理解してくれないわ。怒鳴るって、『なんで私の言うことが聞けないのよ?!』って、自分のことしか考えてない言いかた・・・むしろ反発されたり、萎縮させてしまう……そんな押し付けるようなことはしたくないの」
『だから、怒鳴ったりしないから安心して』と、言わんばかりに彼女は笑顔を絶やさない。
「でもね、叱る時は叱るわよ?」
「……そうだね。ところで」
「ん? なにかしら?」
「いつまで頭を撫でるんだい?」
「えっ? あ…! ごめんね。つい……」
そう言われてさっと手を引っ込める。どこと無く、彼女の雰囲気がしゅんとなる。
「いや、別に嫌じゃないから謝らなくていいよ。それより、今度からは気をつけるよ。返事した訳だしね」
「うん、お願い。できればこんならしくないことはしたくないわ」
ふうっと、息を大きくはいた時には雰囲気が変わり、気持ちを切り替えたのかいつもの彼女に戻っていた。
「……何故あんな話し方をしたんだい?」
「それは……ヒミツよ♪」
楽しそうに言いながら、片目を閉じて人差し指を唇に当てる。
「そうか…まあいいか」
なんだかんだあったが、クロワノールの方も話が終わった。
「ヌーヴェル、一ついいかな?」
それを見計らい、ルクリュが話しかけてきた。
二人が再び会話することに、クロワノールは緊張してしまう。また、ヌーヴェルがあんな言い方をしないかどうかが気になって……。
「何だい? また同じ話じゃないよね?」
『いや、もうあれはいい。僕が言いたいことは、君の言動についてだ』
『何かおかしなことでもしたかな?』
――んっ? 今、介入使ってるのか…?
『そうだな…君が演技をしている時があるのは確かにおかしなことだな』
『……何のことだい? 僕にはよく分からないな。そんなことを言うためにわざわざ介入を使ったのかい?』
『あくまでもとぼけるのか……君にも考えがあるだろうから、全てやめろとは言わないさ。僕の時だけ止めてくれたらそれでいい』
『…………』
「『それだけだ。あと、』さっきはいらついてすまなかった。君の言うことも一理ある」
「いや…僕の言い方が悪かった訳だし、頭を下げる必要はないよ。…僕の方こそ悪かった」
ヌーヴェルの言葉を聞き、ルクリュが驚いた顔をする。それはもう、天変地異でも起きたかのように。
「あのさ…そんなに驚くことかい? あと、二人はどうして笑ってるのかな?」
三人の反応に呆れるヌーヴェル。それと、うまく介入を切られたと思った。"互いに謝るところで解除するとは"と。
「すまない……君達と出会ってから、君は一度も僕に謝ったことがなかっただろう?」
――それは今回のように雰囲気が悪くなる機会がなかったからだろ?
「ルクリュとヌーヴェルがなかなおりしたからだよ!」
――シャリテならそうなるか。
「わたしは…ヌーヴェルがちゃんと謝ってくれて嬉しいからよ。そんないい子には頭を撫でてあげるわよ♪」
などと、笑いながらそんな冗談を言う。その彼女の言葉に、ヌーヴェルは―――
「そうか…だったらさっきみたいにしてくれるかい?」
冗談で返しているが、その目は本気のように見えてしまう。これには逆に、クロワノールの方が戸惑ってしまう。何故そんなに頭を撫でて欲しいのか? と。
「……なんてね。『ルクリュ』」
――本当に冗談なの……? わたしは…冗談とは思えなかったんだけど……。
『どうした。何故介入を使う?』
『分かった。君と話す時は偽らない。これからは普通に話すよ』
『本当か!?』
一度ごまかされたことを急に認められ驚いてしまう。ルクリュはそれを顔に出さないようにする。
『しかし、何故いきなり?』
『なに…不信感を抱かれたままだと気が休まらないし、君らに着いていけなくなるからね。後、僕という人を誤って見られたくないからかな?』
『う…それはすまなかった。だが、これからは遠慮なく色々と聞かせて貰うからな。もう質問を逸らしたり、わざと僕を煽ったりしないでくれよ?』
『勘弁してよ。そうなるのが嫌だったから今までふざけてたのに……何で気づかれたんだろ?』
『もう諦めろ。早速だが――と、その前に介入を解除して―――』
「ねえ、どうしてみんなだまってたってるの?」
『!? ヌーヴェル、まさか……』
さあーっと、背中の血の気が引く。
『あ~、ごめん……つい話に気をとりすぎてて、シャリテ達には相談してる言葉を流すの忘れてたよ』
『忘れてたじゃないだろ! さっき僕が使ってた時でさえ、うまく謝った言葉に繋がるように流していたものを! 分かっているのか? この使い方は気づかれてはいけないんだぞ? 自分達が聞く会話が『創られた会話』と気づかれたらもはやそれまで。それ以降その人達は創られた会話か、本当の会話かどうかを気にしてしまい、話を信じてくれなくなるんだぞ?』
『わざわざ説明しなくても、そんなことは小さな頃に教わってるって!』
「ルクリュ、どうしたの?」
ぴくりと動きも話もしないルクリュを不思議がり、シャリテが近づいてくる。
『…どうする?』
『まあ…君は考え込んでいたフリか、ぼーっとしていたフリのどちらかをすればいいさ。僕の方は自分でなんとかする』
『わかった。そうさせてもらう』
「…………んっ? ああ、すいません。考え込んでいました。どうかしたんですか?」
「あのね…みんなだまりこんでて…なにもきいたり、みえたりしてないみたいで……だから…しんぱいで……」
――そういえば、四人いて全員が黙り込むことは今までなかったな。必ず誰か(主にヌーヴェル)が何らかの話をしていたか……。
「大丈夫です。珍しく皆考え込んでいるだけで、心配する必要はありません」
落ち着かせようと頭を撫でてやる。もはやシャリテと話す時には頭を撫でながらが当たり前となりつつあった。
ルクリュに撫でられて安心したのか、表情がやわらかくなる。
――多分、不安なんだろうな……誰も話さないでいることが…。ところで、ヌーヴェルはいつ話すんだ?
ちらっと見ると、彼の口が動くのが見えた。
「クロワノール…あのさ」
「えっ、なに…?」
名前を呼ばれれば、彼女はどんなに考え込んでいても応じてくれる。
どうしたの? といった顔でヌーヴェルを見てくる。
「やっぱり、頭撫でてもらえるかな?」
「へっ?」
「その…撫でてもらったことが懐かしくてさ。考えてて、やっぱりできたらもう一度と思ったんだけど……ダメかな?」
「えっと…あんたはそんなことで悩んでたの…? 撫でて欲しそうだったのはそれなの?」
「それなのって…もしかして君が考えてのは……」
「そうよ。何でかな~って思ったらなんとなくね。…あんたって案外子供っぽいとこあったのね♪」
可笑しそうにくすっと笑う。まさか大の男が本当に頭を撫でて欲しいと言うとは思いもしなかったからだ。
「君のような美人になら撫でられたいと思うが?」
「そうなのルクリュ?」
「いや、僕に聞かれてもよく分からないが……」
「シャリテはなでてほしいよ?」
「シャリテのは分かるんですが、ヌーヴェルのはイマイチ分からないんです」
「だって、ヌーヴェル」
「ルクリュ…君には理解できないのか……残念だよ」
あからさまに落胆した表情をする。「そこまでなる程なのか?」
「あ~、いちいちそんなことで落ち込まないの。ほら、いい子だからお願い」
見かねたクロワノールが慌てながら頭を撫でてやる。今までヌーヴェルが落ち込むことなど無かったからだ。だが、撫でたかいあってか、すぐにそれはなくなる。
彼の目がかすかにだが子供のようにやわらかくなる。
「ヌーヴェルもあたまをなでてもらうのすきなんだ。シャリテといっしょだね!」
仲間がいて嬉しいのか、シャリテがにこにこしながら言う。
「そうだね……ただし女性に限るけどね。僕の場合」
「ヌーヴェル、撫でて貰ってるところ悪い。話がある」
「あら、そうなの? じゃあ、おしまいね」
「もう少し! もう少しだけ…」
懐かしい温もりが離れる。それが名残惜しいのか、ヌーヴェルが慌てた声を出す。
そんなヌーヴェルを、クロワノールはかわいいと思ってしまった。
「もう…そんなに撫でて欲しいなら、後でいくらでもしてあげるわよ。だから…ね?」
そのせいか、自然と微笑みながら言ってしまう。
最後にもう一度だけよしよしと撫でてやる。
「…うん。分かった」
感化されたのか、ヌーヴェルは満足した子供のような笑顔を見せる。
――時間稼ぎは失敗したけど、これはこれでいい方向に転んだ。彼女から僕に触れさせれるように仕向けれたからな。ここから慣らしていけば、そのうち気軽に触れてくるようになるか?
「で、話は何かな?」
気持ちを切り替え、ルクリュを見る。
「ヴィルスについてなんだが―――」
二人の間で生態がどうの、行動がああだのと面倒くさそうな話しが起きる。こうなるとクロワノールとシャリテの二人は会話についていけなくなり、暇な時間にこっちはこっちで会話をする。
「ヌーヴェルはともかく、よくルクリュは戦いながら敵を見れるわね……」
「ヌーヴェルもすごいよ。だって、シャリテのはなしをききながらしじ…? をして、そんななかでみてるんだもん!」
「あ~、言われてみればそうね」
「ねえ、クロワノール。どうしてさっきあんなふうにしたの?」
「へっ?」
ヌーヴェルに対しての言動のことだと気づくのに、少し刻がかかった。
「あ…っ! ヌーヴェルのことね?」
「うん。どうして?」
「それはね……」
ヌーヴェルには秘密だと言ったが、シャリテには素直に話す。いや、話さないとそのことについてシャリテがさらに質問してくるから、話すしかないのだ。
「子供みたいだったから……だから自然とあんな風になっちゃったの」
「こども…? ヌーヴェルはおおきいのにこどもなの?」
首を傾げ、分からないといった顔をされる。
「えっ…えっと~……それはね…その~……」
説明は得意でないためうまく話せず、言葉が詰まってしまう。シャリテの顔が早く早くと、疑問の答えを知りたがっている。
――ど、どうしたらいいの……? わたしはルクリュやヌーヴェルみたいに上手に話せないのに~! 子供みたいだったから子供みたいって言っただけで、それの説明ってどうしたらいいのよ~っ?!
「誰かから見て、その人の行動や考え方が子供のように思えたら、子供みたいって言われるんだよ。つまり、さっきので言えば……僕がルクリュにした態度か、クロワノールにした態度を子供みたいだと、そうクロワノールが感じたから、子供みたいだと言ったんだと思うよ?」
「ヌーヴェル?! あんた…話しはどうしたのよ? それに、何であんたがわたし達の話しを……」
「あっ、僕耳いいから。二人の会話を勝手に拾ってしまうんだよ」
突如話しに割り込んだヌーヴェルは悪気もなく、自らの耳を指しながらそう言う。
「話しの方はもうすぐ戦いが始めるから切り上げたんだ」
「ルクリュ…貴方またうまくやられちゃったの?」
「いや…今回はヌーヴェルの言うことも一理あったから切り上げたんだ」
「ところで…僕の説明で納得できた? シャリテ」
「うん。でもこどもって、どこまでがこどもになるの?」
一問去ってまた一問。シャリテの疑問は次から次へと沸いて来る。だが、ヌーヴェルはこれに付き合う気はなかった。
「それは君がこどもをどう思うかだよ。よく分からないなら戦いが終わった後、ルクリュに聞くといいさ」
適当にはぐらかし、後のことはルクリュに任せることにした。
「わかった。シャリテがんばってかんがえてみる!」
そんなこととは知らず、シャリテは無邪気な笑顔で元気よく返事をする。
自分なりに考え始め、集中するためぴたりと声が止む。
クロワノールはシャリテの邪魔にならないよう、耳に入らない程度の声で話しかける。
「ヌーヴェル。あんたまたルクリュに任せるの?」
「いや、だってシャリテの保護者はルクリュだし、始めに切らないと永遠に続くよ? 後、これが一番言いたいことだけど…誰かが教えるだけだと、シャリテの考える力はつかないよ? 考えることは大切だと思うんだ……あまり喋るとシャリテの邪魔になるから、僕は刻が来るまで寝るとするよ」
躊躇うことなく大地に寝転がり、そのまますぐに眠りに落ちる。
ヌーヴェルの突拍子のない行動にはいつも驚かされてしまう。
「ちょっと、こんなとこで寝たら後で体中が痛くなるわよ!」
「…………」
「もう寝てるし……せめて寝るなら場所を選びなさいよね……」
「どこかに運ぼうか?」
「ありがとう、ルクリュ。でもいいの。勝手に寝るヌーヴェルが悪いわけだし、ほっとけばいいのよ」
口ではそう言っていても、クロワノールの心配そうな視線がヌーヴェルに向けられていることを、ルクリュは見逃さなかった。というよりも、これで気づかれないと思っているのだろうか?
「……そうだな。なら、放っておこうか」
「う、うん……」
背を向けようとするがなかなか向けれず、それでも思い切って向いたはいいが何だか気になってしまう。
「…………やっぱりダメっ!」
すぐに向き直りヌーヴェルに近寄って彼を抱き起こす。そして、片手で抱きながら寝ている部分にある小石を一つ一つ取り除いていく。
「も~っ! どうしてこんな場所で寝れるのかしら?」
ぶつぶつと文句を言いながらもてきぱきと作業を進めて行く。
「起きた時に文句の一つでも言ってやるわ……っと、これでいいわね。意外と少なくてよかった……」
ヌーヴェルを抱きしめ、ほっと一息をつく。
「うんしょ…っと」
起こさないようにゆっくりと寝かせる。ただ、石を排除しても頭が直接固い大地に当たったままなのは変わらない。
「あ…どうしよう……」
枕の代わりになる物などはなく、暫く考えた結果一つの方法を思いつく。
「…そうよ、わたしが枕の代わりになればいいのよ。あ、でも起きた時に嫌がられないかしら………まあいいわ、その時は自業自得よ」
半ばやけ気味に膝枕をする。
「ん…っ! なんか…くすぐったい……」
髪の毛が当たり膝がむずむずする。けれど我慢できる範囲なのでなんとか耐えた。
目にかかった前髪をのけて、ヌーヴェルの寝顔を見る。その顔は安らかな表情を浮かべている――訳ではなく、ただ無機的に目を閉じているだけで、とても眠っているようには見えなかった。
「あら…? 髪に砂がついてるわね」
しかし、別段気にはせず手ふき布で優しく砂を払い始めた。よくベッドに入り込まれ、何回もこの顔を見ているから今更気にはならないのだ。
「まったくも~、綺麗な黒い髪なんだから汚すなんてもったいないわよ」
丁寧に砂を払い落とす姿は、親動物が子供の毛づくろいをしているかのようだ。
払い終えると、クロワノールはやわらかく微笑んだ。
「ほら、やっぱり綺麗な方が格好がよく、見ていて気持ちいいわ」
手が空いたため何となく頭を撫でる。すると、ヌーヴェルの顔が少し解れて柔軟とした表情になる。
「ふふっ♪ なんかこんな顔してるヌーヴェルかわいい。よしよし、いい子いい子……なんてね。うふふっ♪」
寝顔を見ながら笑顔で撫でていく。ただ、ずっと見てるのもどうかと思いふと顔を上げると―――
―――ルクリュと目が合った。
「あ…? え……う…」
ルクリュを見ながら声にならない声を上げる。ルクリュの方はといえば、何故クロワノールがそんな声を上げたのか分からず、不思議そうに彼女を見ていた。
「どうかしたのかい?」
「え…えっと……その、もしかしてずっと見てた…の?」
「時々シャリテも見てたから、ずっとは見てないよ」
「ど、どどどど…どこからっ?!」
「ヌーヴェルに駆け寄ったところから……何か問題でもあったかな?」
「じゃ、じゃあ! わたしが言ってたことも……」
「全部聞こえてたけど……聞かれて悪いことは言ってなかったと思うんだが……」
「~~~~っ!」
見られていたことを無性に恥ずかしく思い、瞬時に耳まで赤くなる。一方顔はと言えば、今日一番の赤さをたたき出していた。
と、そこへ
「ルクリュ……シャリテがんばってかんがえてみたんだけど、よくわかんないよ~……」
泣きそうな――いや、実際少し泣いているシャリテが近づいてきた。これはクロワノールにとっては幸運だった。
ルクリュはシャリテの相手を優先するため、クロワノールから意識を逸らすこととなり、赤くなったとこを見られないですんだからだ。
困った表情で涙を流すシャリテに、ルクリュは優しく話しかける。
「一体どうしたんですか?」
「あのね……シャリテこどもはちいさくって…それからげんきできゃっきゃっとしてて、ほわ~んとしたものだとおもったの……」
「うん。確かにそうだね」
聞きながら相槌を打つ。
独特の表現に少々てこずるが、シャリテの言いたいことはだいたい分かる。
「…では、何がよくわからなかったんですか?」
「でもね…それがさっきのヌーヴェルにはなかったの……だけど…クロワノールはこどもみたいっていってて……なんでそうなるのかわからないの……。もしかして…シャリテちがってるの……?」
涙目でそんなことを言われたら、シャリテの言い分を肯定しなければならない感覚に陥りそうになる。実際間違ってはいない。ただ……
「シャリテは間違っていませんよ。ただ…子供について深く知らないから分からないんです」
「…………?」
首を傾げ、話しが分からないと伝えられる。
「例えば、知らない食べ物の味はどれだけ見ても味わえず、実際に食べてみないとわかりませんよね?」
シャリテに確認をすると、うんと頷く。
「ですが、それを食べている人は見るだけで分かる。つまりこれに当てはめると、クロワノールは子供という存在を見てるだけではなく、実際に触れ合ったことがあるからその中身を知っている訳です」
「じゃ、じゃあ……シャリテもこどもとふれあうとわかるようになるの?」
「ええ、きっとわかりますよ」
話しが丸く収まったとこで、今度はシャリテがどうしたら分かるのか? と、さらなる質問を始めることとなった。そこからの話しは少々長くなり、朱の刻の直前まで続くこととなる。同じくヌーヴェルが起きるのもそれぐらいだったので、クロワノールの膝枕もすぐに終わることはなかった。
そんな感じで時間は過ぎて行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます