第3話 <ルクリュとシャリテ>

 時は少し遡り、ヌーヴェル達が町にいた頃、ルクリュ達は町を出て森の中を歩いていた。ルクリュとしては町にいるよりも、森にいた方が落ち着くからだ。

「ルクリュ。いったいどこにむかっているの?」

「小川に向かってます。もう少しですから、頑張って下さい」

「うんっ!」

 元気一杯と言った感じに返事をする。

 そんなシャリテを気遣い、合わせていた歩調を僅かに落とす。焦る必要はなく、別にゆっくりでいいと思ったからだ。それよりも、なるべくシャリテが疲れないように移動する方が大切だった。

 道は二人が並んで歩けるぐらいで、広いとは言い難い。左右には青々とした緑の木々と草が生え、風が吹くたびにざわざわと音を立てて揺れる。

 そのような道を進んで行くと、歩いていた道よりも開けた場所に出る。そこには小川が流れ、数人くらいならば休憩できる広さがあった。

「シャリテ、着き―――」

「わ~! かわだ~!!」

 ルクリュが振り向こうとしたら、シャリテはすでに小川に駆け寄り出していた。

「きゃっ! つめた~い!」

 指先を川の中へといれ、その冷たさに驚きながら、キャッキャッとはしゃぐ。そんなシャリテをルクリュは後ろで見守っていた。

 ――警戒は……必要ないだろうけど、念のためにしとこうか。

 辺りを見渡して、注意をするのは自分達が歩いて来た一本道とその先、シャリテの周辺と決めた。

 現在は風の季節だが、もうすぐ炎の季節になるため、最近は徐々に暑くなってきた。だからか、シャリテがブーツを脱ぎ、ドレスの裾を持ち上げながら小川へと入る。

「あははっ! つめたくって、きもちい~♪」

 バシャバシャと、川の水を跳ねさせる。

「シャリテ。滑ったり、足を切ったりしないように気をつけて下さい」

「うん。わかった~!」

 そう返事を返し、シャリテは少し自重して動きを落ち着かせる。さっきよりもまだ慎重な動きに、ルクリュは僅かに安心して見ていれた。一先ず、息をついて落ち着く。

 ふと、シャリテを見ていて突然昔を思い出してしまう。

 ――この娘はいつも元気だな……まるで、小さな頃のあいつそっくりで――っ!?

 思わずシャリテから顔を逸らし、目を見開いて驚く。

 ――今……覚えていない過去を思い出したのか……? あいつとは誰なんだ? それに……何故シャリテと姿を被らせたんだ?

 胸がバクバクと音を立て、頭に血が上り、熱くなってくる。ちらちらと頭に浮かぶ少女。だが誰かは分からない。思い出せそうで思い出せない記憶をもどかしく思っていると

「ふふっ♪」

 シャリテの無邪気な声が聞こえる。それが頭の中の少女が言ってるように聞こえ、額を手で押さえて愕然とした顔でシャリテの方を見る。

 すると、川とじゃれあう姿に、小さな女の子の姿が重なる。

 まだ幼いが端正な顔立ちに、長くて綺麗な波がかかった金色の髪。澄み渡った青空のように明るい青い瞳。優しい雰囲気を醸し出し、育ちの良さが一目で分かってしまう。それほどまでに、女の子から放たれる空気には気品があった。

 その笑顔は、この大地に存在する全ての物に向けられているかのように慈しみに満ち。その眼差しは大地の至る所まで、どんな物であっても見守ろうとする暖かさに溢れていた。

 そんな少女だが、ルクリュと目が合わさると途端に幼くなる。ぱあっと顔を輝かせ、愛らし過ぎる笑顔を向ける。


『おにいさま!』


「…………っ!?」

 ――この声は夢の……?!

 驚いている暇はなく、女の子は嬉しそうに自分に近づいてくる。


『おにいさま♪』


 ルクリュはもう訳が分からなかった。この少女の声が夢で聞くのと同じなのは何故か。そして何故自分を兄と呼ぶのか……いや、もしかしたら自分には妹がいるのかもしれない。唯一、それだけしか分からない。

 少女が手を伸ばせば届く距離まで来る。そこまで来て歩くのを止め、また嬉しそうに自分を見上げてくる。


『あのね、わたしあたらしいい……』


 近づいて分かったのか、ルクリュが驚いている姿に不思議そうな顔で話しかける。


『どうしたの?』


 そして、名を呼ぼうとする。



『プログ―――』

「ルクリュ?」


「!!」

「どうしたの? ルクリュ」

 気がつくと、川ではしゃいでいたはずのシャリテが、ルクリュの目の前にいた。

 少女の姿はもう見えなくなり、声もぱたりと止む。

「……その、考えごとをしていたんです」

 自分でも苦しい言い訳だと思っていても、それしか言葉が出て来なかった。今、頭はあの女の子のことで一杯だった。

 ――シャリテに少女の姿が重なり、その少女が近づいて来たら、シャリテが近づいていた。そして、シャリテが話しかけて来た瞬間に、あの少女が見えなくなった。つまり少女とシャリテは同一……? いや違うな。シャリテを媒介に、少女を見てしまう方が正しいのかもしれない。後、少女は僕をなんと呼ぼうとしたんだ? プログ……?

「ルクリュ……あまりむずかしいことかんがえちゃだめだよ? かんがえすぎちゃうと、あたまがぼーっとしちゃうよ?」

「そう…ですね……。今はもう考えるのは止めます。だから、そんな心配そうな顔はしないで下さい」

 シャリテを心配させてはいけない。そう思ったからルクリュは考えを休め、安心させるための笑顔を作る。

「うん、よかった。さいきんルクリュなやんでばかりだったもん」

 ルクリュの笑みを見て、シャリテも笑顔になった。しかし、シャリテに気を使わせていたことに、ルクリュは少々自分を情けなく思う。

 ――この娘を守ると決めたのに、その守るべき対象に心配をかけるなんて……これでは守護する者として失格だな。

「あ…っ! ねえ、ルクリュ!」

 心の中で苦笑を浮かべていたら、シャリテが何かに気づく。そして、ルクリュの服の裾を引っ張りながら、その方向に指をさして言う。

「こっちのほうからおんがくがきこえるよ!」

 それは、ヌーヴェルが町で奏でている音色だった。

 介入を使用しているためか、音が町はずれの森にまで届いている。

「……本当ですね。弾いているのは多分ヌーヴェルでしょう」

「ヌーヴェルはすごいよね! こんなことができるんだもん!」

 ヌーヴェルの弾く曲を聞けて喜んでいるシャリテとは対象に、ルクリュは微妙な心境だった。

 ――これから<<ヒトを狩るモノ>>と会おうというのに、何故今疲れが残るようなことをする?

 僅かに苛立ちが芽生えそうになるが、それもこの曲の前には霧散してしまう。不思議なことだが、彼が弾く曲を聞いていると穏やかな、懐かしいような気持ちになる。

 怒っても仕方ないと思い、懐からヌーヴェルお手製の地図を出して眺める。もちろん、周囲への警戒を怠ることはなく。

「……シャリテ。次にヤツらが現れそうな場所は分かりますか?」

「えっ?」

 急に話しを振ったせいか、きょとんとした顔をされる。どうやら、シャリテは曲を聞いていたようだった。

 しまったなと思ったが、話しかけた以上は止める訳にはいかない。

「すいません。曲を聞いていたみたいですね」

「う、うん。でも…ルクリュのおねがいだったらいいよ♪」

 中断されたことに嫌な顔を一つもせず、地図を覗き込む。

 紙の上に線を様々な形で繋がらせ、この大地の姿をさらしている。その陸と水の関係がおおよそ8:2の地図には都市や町、村の名と周囲の地名が書き込まれていた。

「今僕達がいるのはここです」

 真ん中と右端の間を少々右にずれた地点に指を置く。都市の名はストゥアルトと書かれていた。

「ここから近くで、次にヤツらが現れそうな場所は分かりますか?」

 じっと、無言で地図を見るシャリテ。ルクリュはそんな彼女を黙って見守る。

 シャリテと出会うまで、彼はただ闇雲に大地を移動して<<ヒトを狩るモノ>>と遭遇していた。

 だが、彼女と一緒に旅をするようになって、そうすることはなくなった。シャリテが<<ヒトを狩るモノ>>の居場所が分かる介入を有しているからだ。

「……このあたりだとおもう」

 示されたのは現在よりも北の場所だった。そこにある、もしくは近くにある名前は二つ。ストゥアルトから北東と北西の村と町、ネクスとトムダだ。

「……ごめんなさい。ちゃんとわからなくて……」

「そんなことないですよ。今はどこに出るかさえ分かれば十分なんです。ありがとうございます」

「あ…っ!」

 労るように、優しく頭を撫でられる。

 シャリテは自然と笑顔になる。

「えへへ…っ!」

 ルクリュの暖かい手の平に撫でられるのがシャリテは好きだった。

 とろけるように笑うシャリテに、ルクリュは優しく声をかける。

「それに、今回の戦いが終われば詳しい場所が分かるのだから、気に病む必要はありません」

 分かると言っても、確実に分かるのは一カ所のみ。その一カ所が判明している間、他の場所は明確には分からなくなる。シャリテ曰く『なんだかもやもやしてはっきりわからないの』とのこと。

 だが、今までのことを考えればそれだけでもありがたい。次が全く分からない状態よりも、どの辺に出ると分かっているだけ、対処の使用があるからだ。

「うん! これがおわったら、シャリテがんばってみつけるね!」

「ええ、お願いします」

 互いに笑顔を浮かべ、ここからは何気ない会話になる。

「話しはもう終わりましたので、ゆっくりと音楽を聞いて下さい。中断させてすいませんでした」

「うん」

 頷いたのを見てから手をのけ、ルクリュも流れてくる音楽に耳を傾けながら地図を見てる。

 曲は明るい感じから、綺麗なモノへと変化していた。

「~~~~♪」

 音に合わせ、シャリテが鼻唄をする。それぐらい、この曲を気に入ったのだろう。

 そんなシャリテを見て、ルクリュは地図をしまう。そして、自分も素直に聴き始める。

 ――楽しそうなシャリテの前で、考えごとは止そう。それに、いい曲を聴かないのは勿体ない。

 そうして、ルクリュは目を閉じて流れくる音色を堪能したのだった。

 静かな自然に囲まれた中で聞く、美しい旋律が心地よかった。

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