追うべき影は果たして何処

鈴音

影踏み

 大学から下宿へ向かういつもの帰り道。足りなくなった日用品と、好きな作家の新作を手に、少し疲れたと一日を振り返りながら歩いていた。そんな私の前に、2人の男女が立っていた。


 小学生くらいの2人は、手を繋いで楽しそうに笑う。後ろ姿だけでも、わかった。


 夕方の、もう暗くなりそうな時間帯。微笑ましいそれを見て、頬を緩める。が、どうにも拭えない違和感を感じていた。


 もとより良くはない目なのだが、今日はいつも以上にぼやけて見える。あの2人が着ている服がわからないのだ。スカートなのか、スボンなのか。シャツなのか、パーカーなのか。見ようによっては、服を着てないようにも見える。


 それに、目の前に大きな夕陽があるのに、2人の足元には影が落ちていない。私は、不気味と思う前に、何故と疑問が湧いて、2人を追いかけることにした。


 ふらふらと、2人の無い影を追う。見たことの無い路地、嗅ぎなれない何かの焼ける匂い。ここはどこだろうと、何か不思議なところに迷い込んでしまったのかと思ったが、きょろきょろと辺りを見渡していたその時に、2人はいなくなってしまった。


 しまった。と、追いかけようとするも、ここは初めて来た所で、どこに行けば良いか見当がつかない。


 元来た道を戻ろうにも、路地は複雑に入り組んで、ここでようやく迷ったことに気づいた。


 とりあえずと、携帯を取り出し、地図アプリを見ようとするが、圏外。辺りを見渡しても、家はあるのに、窓に板が打ち付けられ、玄関はインターホンも無く、門扉は固く閉ざされていた。


 いよいよ途方にくれたその時。後ろから声をかけられた。


「おねーさん。迷子なの?」


 さっきの2人のうちの、女の子の方だった。女の子は、次ははっきりとワンピースを着ていることがわかった。


「おいでー」


 女の子はくるりと今来た方へ向き、迷わず歩いていく。慌ててそれについていく。


 女の子は、聴いたことのない鼻歌を楽しそうに鳴らし、夕暮れの住宅街を進んで行く。街は、沢山の街灯と時計があり、時計は全部、秒針が無かった。そして、街に影はなかった。


「ここー」


 辿り着いたそこは、大きな公園だった。野球場にテニスコート、パークゴルフ場があり、遠くには複合型屋内施設…札幌にある、有名な公園によく似ていた。違うのは、あの公園には噴水や川があるのに、ここには無いこと。代わりに、無数の時計が横たえられていた。


「あそぼー」


 そう言って近づいて来たのは、さっきの男の子だった。男の子は、少し大きめのパーカーとだぼっとしたズボンを履き、眠たげな顔で私の服の裾を掴む。


「だめー」


 それを止めたのは、女の子だった。


「おねーさん。あの建物の中。あの中に、答えがある」


 そう言って、2人はまたどこかへと消えた。


 …ここはどこなのか、何故影がないのか。そして、どうしてこんなに時計があるのか。疑問は尽きなかったけれど、とりあえず施設へ向かう。


 中に入り、靴をロッカーへしまう。


 …建物の中は、乱雑に積み重ねられたテレビがあり、何か鼻をつく嫌な匂いがしていた。


 そして、その匂いの正体は、2階に上がった時にわかった。


 さっきの2人によく似た、ブレザーの制服…近所の中学校の制服に身を包んだ2人が、幸せそうな顔をし、血塗れで倒れていた。もちろん、手を繋いで、顔は唇が触れそうなほど近くにあった。


 もちろん驚いた。吐き気もした。けど、目が離せなかった。でも、やることはハッキリした。


 全て同じ画面、17:30と表示されたテレビたちの間には、人ひとりが楽々通れるだけの隙間があった。


 その合間を縫い、2人を運ぶ。車椅子用のスロープを転がし、近くにあったソリに載せて、外に運び出す。


 それでも、かなりの時間をかけてしまった。が、空の色は変わらず、時計も動いてなかった。


 2人を、近くの土に埋める。その瞬間に、ふっと意識が飛んでしまう。


 次に気づいた時、私は元の通りにいた。振り返ると、さっきの2人がいた。2人は、少しずつ成長し、目まぐるしく服が変わる。そこで、2人の服が見えなかった理由がわかった。


 それから、2人は制服姿になった。さっきのブレザーだ。


 そして、2人は手に包丁を持ち、それを互いの喉に突き刺しあう。ドバっと吹き出す血、噎せ返るほどの鉄の匂いと、喉から空気が漏れる音。口は笑っているのに、コヒュー、コヒューと何かが漏れだしていた。


 そこで、目が覚めた。真っ白な天井、ズキズキと痛む全身。


 …走馬灯。気づけたのは、目覚めてすぐだった。


 そして、あの時を思い出す。あの日、虐めていた2人を追い詰めて、あの場所で。あの公園の、誰も見ていないところで、自殺させたことを。


 帰り道、5時半になった瞬間、2人は抱き合って、死んだ。とても羨ましくて、綺麗で、可愛くて、私は…私は、死にたくなった。でも、死ねなかった。


 昔から見ていた2人を、必死に忘れようとした。大学では虐められるようになり、でも、そのおかげで2人を忘れられた。


 …なのに、なのに思い出した。突然の走馬灯で。


 まぁ、突然も何も、私も唆されて自殺しようとして、失敗しただけなのに。

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追うべき影は果たして何処 鈴音 @mesolem

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