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二人目は遠崎先輩であった。陸上の短距離選手だったが、二年生の秋から冬にかけて、引退した。理由は受験勉強を早期で始めたかったからだ。おそらくただの口実で、引退後の遠崎先輩は、髪を伸ばし、化粧もするようになったりと、印象が大きく変わった。ちなみにスタイルもいい。長年のスポーツで培ったしなやかな筋肉は、官能的あるし、引退後に少しだけ肉付きが良くなってきたのも、男子から注目を浴びるようになった要因の一つにあげることができる。
「今日は遠崎先輩な」
休憩時間に和久井は平然と言ってのけた。
「なあ、佐久本さんはわかるけど遠崎先輩とも仲が良かったのか?」
「一応サッカー部だったからな。グラウンドでたまに話したことがあるんだよ。それにお互いに青春を謳歌したいグループだったからな。俺がサッカーをやめたのは、遠崎先輩の影響は大きい」
「え!? 片想いか?」
和久井は動揺を隠せれない様子で、目を大きくした。
「ち、違うわ。遠崎先輩には好きな人がいたんだよ。その人に振り向いて欲しくて、女らしくなりたかったんだ」
遠崎先輩の変化にはそんな乙女丸出しの理由があったのか。まだ陸上部だった遠崎先輩の練習姿を見たことがあったが、日に焼けた肌と爽やかな汗、しなやかな筋肉からは、まるで想像できない。体付きからも厳しい食事制限をしていることは明白だった。そんな女性を乙女にしてしまうとは、一体どんな男だろう。きっと背が高くて、色白の男に違いない。上級生の校舎に向かうと、廊下に遠崎先輩がいた。
「久しぶりだな。和久井!」
快活に声を上げて、遠崎先輩は和久井の背中を叩いた。イメージ通り体育会系の人だと、僕は思った。
「いきなり叩くのはやめてください」
和久井がたじろいでいる。普段は僕をいいように扱っているのに、変な感じだ。
「それでこちらの子は?」
「こいつは気にしなくてもいいです。遠崎先輩とは全く異次元の人種なので」
「ひどいな」と僕と呟く。「それで遠崎先輩には聞かないのかよ」
僕は催促するように和久井に聞く。遠崎先輩の顔付きが変わる。
和久井は佐久本に聞いたように、Suzukaが投稿したお店のこと、ゲームについて聞いていく。遠崎先輩に関して言えば、どれも知らないと言う回答であった。
「お前ら急に呼び出したかと思えばなんのつもりだよ?」
遠崎先輩は当然の質問をする。和久井と僕は目が合う。僕は観念してSuzukaについて調べていると、素直に話した。遠崎先輩は快活に笑って「私がそんなのやってるわけないじゃん」
「ですよね」
「ところでSNSってみんなやってるものなの? 同学年の女子には恥ずかしくて、聞けないんだよ。そもそよ君たちはやってるの?」
遠崎先輩は興味津々だった。陸上一筋だった先輩には、全く新しい世界に見えたのだろう。
●
「なあ、お前は遠崎先輩と仲が良かったなら、聞く必要なかったんじゃないか?」
「なんで?」
遠崎先輩と別れてから僕らは下校する。和久井はわざわざ足を止めた。
「遠崎先輩に仲がいいなら、どんな人か知ってるんだから聞かなくてもいいだろって」
「そ、それはな」
「遠崎先輩の近況が知りたかったんだろ。そもそも遠崎先輩はSNSのことすら知らない感じだったし」
「お前な。一応聞いて見ないとわからないだろ」
「そうかも知れんけど。想像することは容易いだろ」
和久井は否定しなかった。話を逸らそうと必死に頭を働かせている。そんな印象を受けた。
「次が最後だ」
「愛木先輩か。今回も話をつけてるのか?」
「いいや。愛木先輩はちょっと難しいな。時間が掛かる」
「そうか」といつまでも話す機会がないことを願った。
●
僕は自分で思っているよりも、愛木先輩と近い存在だった。
「おはよう。鈴木」
「おはよう。朝から挨拶するなんて。調子が良さそうね」
今朝の僕は少しだけ元気が良かった。長年の悩みが解消されたかのような、清々しい気分であった。
「ああ、今日は寝起きが良かったんだ」
目覚めが悪くて、二度寝して、遅刻を恐れながら、駅に向かう。普段は朝から重い身体を引っ張ってるだけど、今日は全てが逆転していた。目覚めはいいし、快便だし、時間に余裕があると、心にも余裕がある。
「へぇーいいことでもあったの?」
「いいや。けど、強いて言うなら和久井の無茶ぶりに付き合わなくてもよくなったことかな」
「何それ? 気になる」
僕は鈴木に話してもいいものかと、逡巡した。結果として話しても問題はないだろうと判断した。僕は、和久井が主体になって、Suzukaの正体を探っていることを話した。SNSサイトでの有名な人物で、同じ高校に通っていると噂がある。あくまで噂だったので、特定することはできなかった。鈴木は反応に困っているような様子だった。まあ。当然の反応と言える。特定するなんて、ポリシーに違反する。ネット世界を平等に享受するなら、正しいこと悪いことはしっかり判断しなくてはならない。
「わからずじまいなのね」
「そうそう。最後の候補に愛木先輩がいるけど……そう言えば鈴木、愛木先輩と仲がいいんだっけ」
「仲が良いとかではないよ。紹介は難しいと思う」
「大丈夫。そこまでして欲しいわけじゃない。話の成り行きで話しただけだから」
流石に図々しいだろ。これでは僕がSuzukaの正体を率先して、探っているみたいに見えるし。
「話だけでもしてあげるよ」
「え?」と僕は喫驚した。
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