愛木先輩は今にも壊れそうな細い腕を組んで、見定めるように僕を観察する。足元から頭のてっぺんまで、見据えると、静かに話し出した。


「背高いのね」


「……180センチはあります」


「かっこいいね。いつから大きくなったの?」


「中学ですね。急激に大きくなりました」


 小学生の頃の僕を知る人は、だいたいが身長に触れる。小柄でいじめられていた時期が、今では他人事だ。だけど僕の中では、廃れた話題だった。


「伸び盛りよね。私の周りの子たちも、男の子から男になったって気がした」


「そうですね。僕の場合は両親の戸惑いは凄かったです。小柄で女子にいじめられるくらいだったんで、心配されてたんですけど、あっという間に背が高くなって、周囲の目も変わって」


「そっかそっか」


 愛木先輩は僕の話をうなずきながら、最後までよく聞いてから話す。聞き手になることに慣れている印象だった。風紀委員としての噂を聞いていたので、勝手に怖い人だと思っていたけど、実直で優しい人なんだろう。


「それで、私に相談したいことでもあるの?」


「相談とは少し違います」


「そうなの? ごめんなさい。私に相談事をする人って多いから、鈴木さんも私に相談してきたのよ」


「みたいですね。本人がそう言ってました」


「鈴木さんの紹介と言うことだけど、どう言う関係なの?」


「鈴木とは同じクラスで、朝の電車が一緒なんです」


 関係を聞く真意はなんだろうか。少しだけ勘繰る。


「本当にそれだけの関係なの? 最初は断ったんだけど、君の為に何度もお願いしたきたんだよ。話を聞くだけでいいって」


鈴木が懇願するイメージが沸かない。しかも僕のためになんて、想像すら困難だ。勝ち気で、堂々している鈴木がしっくりくる。


「どうして鈴木が」


「私に聞かれてもね」


「そうですよね。すみません」


「それで私に何が聞きたいの? スマホとかは持ってないけど」


「え!?」


愛木先輩は現役の女子高生なのに、携帯端末を所持していない。そんなことがあるのか? それに、みずから言及をするなら、僕が求める情報も、事前に知っていたことになる。


「話……聞いていたんですか?」


「鈴木さんから大筋の話は聞いていたわ。それと和久井君が私の連絡先を調べてることもね」


 僕は白状してSusukaについて調べてることを話した。愛木先輩は「うんうん」と頷いて聞き手を全うしてくれる。


「私はSuzukaではないことは断言できる。とは言え携帯端末を持っていないからと言って、SNSがやっていないとは限らない。パソコンだったり、そもそも携帯を持ってないことがブラフの可能性もある。口頭では簡単。証明はできない。信じてもらうしかない。私は信用に足りるかしら?」


「愛木先輩の風紀委員としての活躍を考慮すれば、信用できる人だと思う。 まだ少ししか話してないけど、悪い人ではない思います」


「それは良かった。それにしても君が率先して私に話を聞こうなんて、どうしたの? 元々は和久井くんが、Suzukaの正体を探っていたのでしょ。それなのに君が一人で私と話している事実。なんだか不思議よね」


「それは僕も感じてました」


 鈴木の一声で淡々と話が進んで行って驚いている。朝の細やかな会話から、当日中に愛木先輩と話せる事になるなんて、当然過ぎて和久井には何も伝えていなかった。ただ無駄骨だったので、結果的に良かったのかも知れない。


「君はSuzukaの正体を知ってどうするつもりだったの? なんにしても大事な友人を失うかも知れない蛮行であることは理解している? それなら良いんだけどね。それじゃあね」


「それはどういう意味ですか?」

 

 僕の声が届いてないようで、愛木先輩は背を向けて行ってしまった。愛木先輩の言葉はあまりにも意味深で、しばらく頭から離れなかったが、一ヶ月もしないうちに忘れてしまった。Suzukaが話題になることもなくなり、誰も触れなくなった。




 凍てつく世界で剣を振るう。僕が操作するキャラクターが双頭の白熊に鋭利な爪に切り裂かれたと思うと、そのまま後方に飛ばされてしまった。状態異常として凍傷まで付いてしまう。動けない。絶対的な危機である。また初めからやり直しになる。


 ゆったりとした足取りで進む白熊。勝利を確信しているようだ。豪腕から振り下ろされる鋭利な爪が、振りかざされる。刹那に破裂、爆撃、突風、そして機械的な盾の出現。現れたのは、スズカであった。一段落すると僕はディスプレイからを目を離して、無造作に散らかったテーブルの上から目薬を探した。1滴ずつ点眼していくと、痛覚に体が縛られた。


「お疲れ」


 痛覚の縛りから解放されると、スズカからメールが届いている事に気づいた。


「お疲れ。今回はまじで助かった」


「お互い様でしょ」


 挨拶から、日常会話に移る。


「最近はどんな感じなの?」


「うーん。同級生と遊びに行くくらいかな」


 話の流れで鈴木と遊びに行く話になったことを思い出す。


「マジで。彼女?」


「いいや。女子は女子だけど。友達だよ」


「青春だね」


 なんて返信しようか悩んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る