「それでは本題に入りましょうか」と愛木は合掌するような動作をしてから、僕に掌を見せた。


 今までのは本題じゃなかったのか、と僕は疑問に思ったが、ここでは追求しなかった。


「実は私たち風紀委員に匿名で相談があったの。内容としては盗撮されているかもしれないと訝しんでいる生徒からの手紙だった」


 その後の愛木の話を聞いて僕なりに頭の中で整理する。とある日、愛木の下駄箱に、手紙が置いてあった。なんだか昨日の僕のような展開だ。だが内容はまるで違った。


ある女子生徒が盗撮されていると訴えたのだ。体操服に着替えてると、反対側の校舎から一瞬だが眩しいと思ったと言う。その時はカーテンは閉めたらしいが、誰かに盗撮されたと言う疑念は払拭することは難しかった。しかし、投稿者の教室は四階に位置して、反対側の校舎の四階は殆どの教室が使われてない。なので、今まで誰もカーテンの開閉を気にしたことはなかった。もちろん投稿者もだ。気のせいだと思うようにしたが、しばらくしてまた眩しいと感じた。その時に人影を見たと言う。疑念が確信となった投稿者は手紙で愛木に訴えた。その手紙を熟読した愛木は、まず教室を調べた。手紙には詳細は書かれていなかったようだが、使われてない教室なんて数が知れているし、そう難しいことではなかった。


「教室を調べたけど、正直よくわからなかった。何か痕跡があったらいいけど、そう上手くはいかなかったの。どの教室も施錠がしっかりしてあったからね」


「そうなると、盗撮魔がいたとしたら鍵を自由に使える人物だと言えるね」


 僕の意見に愛木は目を大きくして驚いた。


「そう、そうなのよ。偶然にも鍵を手に入れた生徒とか。使われないと言っても授業では使われてないって意味だから、部活で使われている教室なら盗撮に使える可能性もある。だから私は教室を使っているそれぞれの部長に鍵をどうしてるか。聞いてみたら案の定と言うか、当然なんだけど、しっかり鍵は返却していると答えた」


 この学校のルールとしては、教室を使用した後は必ず鍵を職員室に返却しなければならない。どの部活動でもそのルールは徹底しているようだった。なので授業中に教室を扱うことは、困難であると思われる、と愛木は結論付けたそうだ。


「だけど、また手紙が届いたのよ」


 次に届いた手紙の内容は省くが、愛木は再び教室を調査した。もしかしたら教室内に反射物があってそれが上手いくらいに、反対側の教室に反射していたのではないかと考えたそうだ。


「そんなんで納得はしないだろうな」


「そうなの。誰が手紙を書いたかは、何となくわかったんだけど、その子が納得するとは思えなかった」


 愛木はここで話しを終えて、しばらく沈黙した。記憶や思考を整理しているのだろうか。


「なあ、一応の確認だけど。もしかして呼び出された理由ってのは、僕が盗撮魔だって言いたいのか」


 初対面の僕に盗撮魔の話をするなんて、疑われてるとしか思えない。しかもわざわざ人通りのない二人だけの空間だ。奇行とも呼べる僕の痴態も愛木は見抜いている。愛木は笑みを溢した。


「違うよ。どうしてそう思ったの?」


「どうしてって、わざわざ僕を呼び出して盗撮魔の話しをするんだから、そう言うことじゃないのか。だったら僕は無罪だぞ。回りくどいことをしても、時間の無駄だ」


「それなら大丈夫だよ。私は楠木くんが犯人だなんて少しも思ってないよ。ただ関係はしていると思ってる。それだけは断言する。それにそもそも私は、生徒には犯行は不可能じゃないかと思ってるの。信じたくないけど、鍵を自由に扱える人、生徒よりも怪しまれずに職員室で管理されている鍵を扱える人なんて……」


「愛木、君はまさか!」


 言葉の続き。愛木が到達した考えに、僕は驚愕した。


「私は教員こそが、今回の犯人なんじゃないかと考えたの」


「面白いことを考えるな。確かに教員なら生徒よりも少ないハードルで盗撮ができる。けどそこから誰が犯人か割り当てることはできたのか?」


「結論から言うと無理だった。授業の予定がない時間帯なら教員にも自由があると考えたけど、年間のスケジュールは全ての教員が共有してるみたいなの。だから空き時間があれば仕事を入れるみたい。教員って案外、自由時間がないみたいね」と愛木は嘆息した。


「教員の空き時間とかよくわからんけど、可能性が低いなら残念だったな」


「ただね。進展があったの。事件はあっという間に解決するような決定的な証拠が私のもとに届いたの」


 それは封筒に入っていたと言う。宛先はない。中身には写真が3枚だけ。簡単な内容ではあるが、決定的な瞬間を捉えた写真であった。なんせ、空き教室からカメラを向ける男の姿が捉えていたのだ。望遠レンズが装着されたカメラを片手にしている所からすると、間違いなくこの男が盗撮魔の正体だろう。特徴的な禿頭には身に覚えがあった。


「こいつはもしかして、バスの運転手か?」


「そうだよ。合点がいったでしょ? 表向きは有償違反行為としてだったけど、事実は盗撮を疑われたことで、あのバスの運転手は解雇されたのよ」


 もしかしたら学校側はリークしたのかも、と愛木は付け足したが、それはないだろうと僕は思った。しかし、こうなってくると、僕が呼び出された理由がますますわからない。もう事件は解決しているではないか。


「なあ、愛木。それで僕は何を求められているんだい」


 僕の当然とも言える疑問に愛木は答えた。


 

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