「先月の13日? いいや、覚えてないな。何か特別なことでもあったのか?」


 僕は首を捻って答えた。


「それはそうよね。特別な出来事でもなければ、先月のとある1日なんて覚えてないよね。普通ならね。なら質問を少し変えましょう。先月の13日に楠木君は学校を休んだと思うんだけど、何をしていたの?」


「あー! そう言えば休んだよ。よく知ってるね」


「うん。楠木君はあんまり休んだことないからね。珍しいなって思ったの」


「僕が休んだことに朝の段階で気づいていたのか?」


「私たち風紀委員は校門で挨拶してるじゃない」


「そう言えばそうだったね」


 風紀委員は校門の前で挨拶をすることが義務付けられている。愛木の提案で始まったとも噂されていて、以前から感心していた。あんな自由のない束縛が強い組織なんて、僕は願い下げだ。わざわざ風紀委員になる連中の性質は理解できない。とは言え、持ち前の強い正義感を行動に移させる人員が集まっている風紀委員でも、早朝の挨拶はモチベーションにも関わってくる重労働だ。解決策として交代制で挨拶当番を決めてるようだ。愛木の担当は水曜日だった。


「面白いことに、殆どの人が決まった時間、決まった人と登校するのよ。時々イレギュラーな人も勿論いるけど、決まった動きをしている人の方がずっと多い。だから楠木君が少し変な動きをしていたことは、すぐにわかるんだよ」


 愛木の物言い。まるで僕が良からぬことをしているみたいだ。


「それは凄いな。感心するよ。本当に。13日かどうかは覚えてないけど、確かに僕は学校を休んだよ」


「それで、なんで休んだの?」


 愛木は微笑んで言った。執拗な態度に些か訝しむ。何が目的なんだろう。


「なんでって言われてもな。学校側には体調が悪いからと報告したけど」


「それを証明できる人は誰かいるの?」


「いいや。いないけど。なんでそんなことを聞くんだ?」と僕は質問をしてみる。愛木は、一歩、二歩と僕に近づく。冷たい風が吹いた。脇の汗を不快に思う。


「先週だけど内の学校が新聞に載ったじゃない。スクールバスの利用者から年間で数万円の使用料を請求してたみたいなんだけど、白いナンバープレートで運賃を請求することはよろしくないみたいで、保護者が警察に連絡したことが大きく取り上げられたの。知ってるでしょ?」


「勿論。確か、バスの運転手が責任取ることになって退職したんだろ」


 新聞に載ったことで、運賃の請求はなくなり、返金されることになった。ただ、自転車通学の僕には、あまり関係のない話だ。


「新聞に載ったことは不運だったとは言え、運転手が責任を取らされて退職になるなんて、少しだけ罰が重いと思わない?」


「うーん。社会人だし、立派な大人なんだからルールを破ったなら、それなりに責任は取るべきだと思うけど。どうだろうか。むずかしい問題だね」


「私はね。この学校の判断には裏があると思うのよ」


 裏とは。ここまでの話を整理すると、彼女は運転手が退職したことと、僕が学校を休んだことが何らかの関わりがあると言っているみたいだ。


 屋上から運動場を見ると、野球部やサッカー部の一人一人の動きがよく見える。チャイムが鳴ると、待ち望んでいたかのように一斉に動きを止めて、次の行動に移る。帰宅の準備だろう。


「あらあら、もうこんな時間なのね。もう少しいい?」


「もちろんだけど」と僕は答えたが、正直もう帰りたいな。7時から放映されるバラエティ番組が見たいんだよね。彼女は僕の心境なんて、お構いなしに話を続ける。


「それでね楠木くん。君はどうして学校を休んだはずなのに、駐輪場の監視カメラに映ってたのかな?」


「監視カメラ……」

 

 駐輪場には監視カメラがあったことは知っていたが、あれはダミーだと思っていた。人目は気にしていたが、まさかカメラに撮られていたのか。これは人に見られるより不味い展開だ。


「これって決定的でしょ。もちろん先刻に話したように、朝に楠木くんを見かけなかったからなんて説得力に欠ける。私の記憶違いかも知れないから、調べたのよ。君は休んだことになっていたんだけど、駐輪場の監視カメラにバッチリ映ってたの」


 愛木は勝ち誇ったように微笑んだ。


「ごめんね。風紀委員として事実を知る必要が、私にはあるのよ。楠木くんにとっては知られたくないことかもしれないけど、本当のことを話して欲しいな」


「うーん。僕だと言う根拠があるのか?」


「これでどう」と愛木は鞄から本を取り出して、栞のように挟んでいた写真を僕に見せた。監視カメラの映像をカメラで撮ったような写真であった。自転車に跨る僕の姿がバッチリ撮られている。映像の右下には年月と日付が記録されていた。


「なるほど。この写真に写っているのは、確かに僕かもしれないね」


「わざわざ学校を休んだはずなのに、どうして学校にいたの。ねぇ楠木くん。本当のことを話してくれないなら、私なりの推理を聞いてくれるかな」


「へぇー。それは面白いな。話してみてよ」


 学校を休んだことにして僕が何を成し遂げたのか。それを愛木が推理できると言うなら大したものだ。と心中で偉そうに上から物を言ってみたが、なるべく目立たないように、平凡よりも少しだけ地味に過ごしたい僕としては、冷や汗ものである。



 

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