クズのクスノキ

名無与喜

第1話 クズのクスノキ

『 前略

 突然のお手紙で申し訳ございません。驚いているかと思います。以前から楠木くんと、お話してみたいと思っていたのですが、何分舌足らずの性分ですので、このような形を取らせていただきました。良かったらですが、明日の放課後に二人で、お話をしませんか? 少しでもいいので、都合をつけて貰えると嬉しく思います。ここまで読んでくれてありがとうございます。明日の放課後に、B校舎の屋上で待ってます。 愛木より 』


 昨日の放課後のことだ。先月に食べた炙りたらこと熟成イクラがまた食べたいと考えながら、普段より少しだけ味気ない一日を終えるはずだったのに、下駄箱に置いてあった手紙で、全てが変わった。


 白い封筒に、薄い桃色の便箋。手紙を読み返す。これはラブレターだろうか。好きとか、愛してるとか書いてないので、違うかもしれないが、多分ラブレターだろう。きっとそうだ。間違いない。根拠はないが、僕にもこう言うことが起きてもおかしくない。なんせ、高校生なのだ。少しばかり青い春が訪れても、誰も怒ったりはしない。嫉妬する者が現れる可能性の方がずっと高いだろうが、そんな奴らには堂々と振る舞えばいい。


 愛木さんのことは以前から存知上げている。マンモス校なので、名前と顔が一致しないことはよくあるが、彼女の知名度はあまりにも高いのだ。風紀委員としての仕事を全うする姿勢が、機械的で恐怖の対象になっているとか。この情報だけでは、悪いイメージしか沸かないかもしれないが、愛木さんの一番の魅力は容姿だろう。その容姿の良さで、1学年の頃には男子生徒の半分以上が告白をしたと、噂を聞いたことがある。今から心拍が高鳴ってしまう。


 B校舎の屋上へ続く階段の踊り場には、どう言うわけか机と椅子が並べられていた。これは立ち入り禁止を意味しているのだろう。普段ならわざわざ校則違反をすることはないが、風紀委員である愛木が待ち合わせに屋上を指定しているんだ。問題ないと思う。ここまで来て少しだけ罠のような気がしてきたが、大丈夫だ。


 踊り場を抜けてドアノブを捻る。心の中で1、2、3とカウントしながら、僕は屋上に上がった。


 ●


 フェンスに寄り添うようにして、愛木は本を読んでいた。小説だろうか。長く艶やかな髪を靡かせている。愛木は僕に気が付くと、微笑んだ。


「楠木君、はじめまして。 急に呼び出してごめんなさいね」


「いいや。全然大丈夫だよ。どうせ僕は暇だし」


「そうなんだ」


 愛木は返答に困ったようで、言葉を切った。僕は愛木に近づいた。彼女はその様子をじっくりと観察するように見ていた。品定めをしているともいえる。僕の制服の着こなしや、立ち振舞い。仕草、表情から僕がイメージ通りの男か判断しているのだろう。そして、思い出すように「手紙……驚いたでしょ? 私、携帯とか持ってないし、楠木君とは共通の友達もいないものだから」


「へぇー、スマホとか持ってないんだ。だから手紙なんだ」


 合点がいくと気分はいいものだ。それにしても携帯を持っていない女子高校生とは、希少である。


「そうなの。手紙だから訝しむこともあったと思うけど、こうして会ってくれたから良かった。どうしても楠木君に大事なお話をしたかったから」


 大事なお話とは。やはり告白されるのだろうか。そうに違いない。心拍が急上昇する。気絶するかもしれん。


「は、話って何?」


「早くお話を終わらせて帰りたい?」


「え!? そんなことはないよ」


 そんな風に思われるのは心外であった。少々の猜疑心はあったことは否定できないが、ワクワクドキドキで昨日の夜は寝れなかったし、授業も集中できなくて、日中の記憶がないくらいだ。それは良くないのだろうけど。


「そうなの? 楠木君って結構ヤンチャなイメージだから、ビックリ」と愛木は口元を手のひらで隠した。


「いやいや。どんなイメージだよ」


 僕はかなり物静かなタイプだと思うんだけど。この前も普段は関わりのない他クラスの教師に「私が知らないなら大人しい子」と少し意味のわからないことを言っていたので、教師からもお墨付きだ。教師が言うからには、かなり信憑性があるのではないかと思う。


「授業をサボってるのを見たことある。禁止されてるのに昼はいつも体育館の方で食べてるでしょ。あとは三ヶ月くらい前だけど、バスの運転手と口論をしているの見かけたことがあるの」


「バスの運転手? あー、そんなこともあったかもしれんね」


 よく見てるな。確かにそんなこともあった。だけど「愛木さんも風紀委員での凛々しくて、善行を優先する厳しい姿勢とか、あくまでも平等を貫くって有名だけど」


「それってどう言う意味?」


「つまり。少ししか話してないけど、思ってたよりもほんわかしてる」


 愛木の噂を聞いたことがある。素行の悪い生徒はもちろん、理由があって校則を破ってしまった不憫な生徒だろうと、冷たい態度で容赦がないと聞く。初対面から時折見せてくれる屈託のない笑顔や、落ち着いた雰囲気は噂とは乖離があるように思えた。あくまでも現時点での僕の感想である。


「そうかな? 自分では自覚がないけどたまに言われるんだよね」


「やっぱり言われるんだね。そうなってくると風紀委員を従事している愛木さんが気になってくるね」


 どんな雰囲気なんだろう。鉄仮面で無感情に選別していく感じかな。それこそ機械のように、平等なんだろう。もしくはヒヨコの雌雄鑑別くらい、迅速で正確に違いない。


「そんなに変わらないと私は思っている。けど、まあ人の評価って他人がするものだと思うから、私自身が私を善人だと思っていても、他の人が私を悪人と言えば、悪人になる」


 それは血も涙もない風紀委員である自覚があると言うことだろうか。


「風紀委員も大変だな。人によっては融通の聞かない頭でっかちに映る」


「ふふふ。けどそれは仕方ないわよ。人間の本質なんて利己的なんだから。うちの学校も先月に不祥事を起こして、新聞に載ってたし。学校も先生も信用ならないと思わない? 風紀委員の私くらいは正しく在りたいじゃない」


 僕が答えに逡巡としていると、愛木は続けて言う。


「それで話なんだけどね。先月の13日に楠木君は何をしていたの?」


 その質問に僕の脳味噌が一瞬フリーズしたことは、愛木に悟られてはならない。




 

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