第12話 フィフス エロメント2
しばらくの間、お尻を突き上げて放心していたひなの先生は、やがてノロノロと起き上がり、その震える指先で自分に挿入されていた触手を握った。
「……」
先生はうっとりとした眼差しでメデューサの触手を見つめていた。
外の雨音はどんどん激しくなり、まるでバケツをひっくり返したみたいだ。
ひなの先生はメデューサの触手に残った体液を絞り出すようにシゴきながら、先端に口をつけた。
「ジュポッ……、ジュポッ……」
ひなの先生は口で触手の先を吸い上げる。
するとメデューサの白い体が触手の先端から徐々に濃いグレーへと変色していった。それはまるでメデューサが命を失い石像になっていくみたいだった。
ぼくは痛みに霞む視界でその姿を見ている。
これは……、なんだろう?
ひなの先生はメデューサの触手を丹念にフェラチオしていた。何故だか……、先生のその所作はぼくの心を打った。
ひなの先生は大切そうに両手で触手を撫で上げながら、口の中深くに触手を飲み込む。
それはゆめちゃんがぼくにしてくれた時の動きによく似ていた。ひなの先生の表情、指先の動き、体全体が表している何かがぼくの心を震わせた。そこには確かに愛情のようなものがあった……。
ひなの先生は触手からすっかり体液を絞り出すと手の甲で口を拭って言った。
「はぁ、はぁ、……やっと、……はぁ、……イッてくれた」
「せ……、先生……」
ぼくは声を絞り出した。身体中がミシミシと痛んでとても動けそうになかった。
「守本君……、動ける? 」
ぼくは顔をしかめて首を振った。
「そのままでいいから、私が言うことをよく聞いて……」
ひなの先生はまだ小刻みに震えている体を無理矢理起こすと真っ直ぐにぼくを見た。
先生の瞳には光が戻っていた。
「このメデューサは射精するとしばらくの間、動けなくなる。第1世代は発情すると射精まで何時間もかけて相手を犯すの。そして射精した後、わずかな時間だけれど完全に無防備になるわ。だから守本君、このメデューサを殺すのは今しかない」
ぼくは目を見開く。
まさか……、初めからそのつもりで……?
射精後の無防備な状態のメデューサをぼくに殺させるために?
「守本君、いつも言っている通り何事も事前の準備と計画が大切なのよ」
そう言ったひなの先生は少しだけ笑った。先生はいつものひなの先生に戻っていた。
すこし考えてから、ぼくは声を絞り出す。
「でも……、そのメデューサを殺したら……、先生も死ぬんですよ……」
「わかっているわ。だからこそ、守本君に頼んでいるのよ。それにその不思議なお魚ではたとえ無防備なコイツでもきっと倒せない。だから……、今すぐに……」
そこで先生は言葉を区切った。それから少しの間だけ目を閉じて何かを迷っていた。
先生の瞼が痙攣するみたいに震えていた。
そしてひなの先生は言った。
「今すぐに私を殺して。そうすればコイツも死んでしまうはずだから」
「えっ!? 」
「守本君、悪いけれど私が正気でいられる時間はもうあまり残されていない……。何度もコイツに犯されて、私の体も精神も壊れかけている。自分でもそれがわかる。コイツはね、半日かけてたっぶりと私の心と体の両方を犯すの。食事と睡眠以外の殆どの時間を私はコイツに弄ばれている。次はとても耐えられそうにない……。私はきっと狂ってしまう。しかもメデューサと触れ合えば触れ合う程に心と体がコイツと同化していく。最終的にはひとつの生き物に融合してしまうと思う。すでに私は殆どコイツに支配されて自殺する事もできない! だから、今この隙に…….、あなたの手で私を殺して! 守本君、こんな事を頼んでごめんなさい……。生徒に殺してくれだなんてひどい教師だと思う。でも……、守本君にしか頼めない……。もうこれ以上、メデューサの犠牲者を増やさないために!」
ひなの先生は真っ直ぐにぼくを見つめて言った。
「でも……、ダメだ、先生。体が動かないんですよ。それに……、空魚1号も死にかけている……」
「やるのよ、守本君。君がやるしかない。守本君ならできるはず。これ以上、間々宮さんみたいな犠牲者を出してはいけないの! 」
先生の叫びで閃光の様に選択肢が浮かんだ。
1 ひなの先生を殺す
2 別の方法を考える
ダメだ! ひなの先生を殺すなんて絶対ありえない!!
ぼくは「2」を選びかける。
その時、メデューサの体が銀色に輝きだした。グレーに染まった体色が白に近い透明に戻っていく。
「守本君! 」
ひなの先生は強い眼差しでぼくを射抜く。
ぼくの頭にあかねの姿が蘇る。そしてそれはすぐにゆめちゃんの姿に置き換わった。もし今ここでメデューサを倒せなければ、次はゆめちゃんが襲われる……。
そう思ったら、僅かだけれど体に力が戻る。
再び選択肢が出る。
1 メデューサを倒す
2 ひなの先生を殺さない
今度は「1」を選ぶ。
ぼくはメデューサを倒さなくちゃいけない。だからひなの先生を殺さなくちゃいけない。
ぼくは体中の力をかき集めて立ち上がろうとした。
「痛っっ!! 」
天井に激突した左肩はトンカチで殴られているみたいに激しく痛んだ。膝がガクガクと震えている。ぼくは歯を食いしばり痛みに耐えた。そして痛みの波が弱まるタイミングでなんとか立ちあがった。それから壁に刺さっている1号に命令を送る。1号は身体中から白い煙を立ち上らせて震えていたけど、ふいにヒレや鱗を変化させて一本の刃物のような形に変化した。尻尾はテニスラケットのグリップみたいな持ち手に変わっている。
ぼくは不確かな足取りで1号に近づく。
一歩、一歩だ……。
少しずつでいい……、前に進むんだ……。
自分の体がまるでラジコンを操作しているみたいにまどろっこしくて頼りない。歩みがひどく遅い……。
かなりの時間を掛けて、ぼくはなんとか1号の元にたどり着いた。
「ウルルゥゥ……」
メデューサがかすかな唸り声を上げた。
ぼくは急いで壁から刃に変化した空魚を引き抜く。そして右手でグリップをしっかり握る。外からは叩きつけるような激しい雨音が聞こえた。
ぼくは振り返ってひなの先生を見た。
「守本君、私が産んだメデューサの第2世代は全部で5匹。1匹は西野君に憑依していたけれど君が倒してくれた。残り4匹のうち、1匹は木下さんのお父さんに取り憑いている。……私と木下さんのお父さんは不倫していたの。残りの3匹は行方がわからないけれど、第2世代ならきっと……、殺せるはず」
そう言った先生の頬を涙が伝った。
「先生……」
ぼくはなんて言ったらいいのか分からずにひなの先生を見つめる。部屋の中に滝の様な雨音が響く。
「こんなことになって……、ごめんなさい……」
ひなの先生は泣きながらぼくに言った。
雨の音が唸るように響いているのに、ひなの先生の小さな声が何故かはっきりと耳に入ってくる。ずっと年上なのに、なんだかひなの先生が子供みたいに見えた。
「先生……」
ゴロゴロと雷の唸りがさした。
「ちゃんと……、人間の子供を産みたかったな……」
ぽつりとひなの先生が言った時、先生の背後から「グルルルゥ」と言うさっきより力強くて不気味なうなり声が聞こえた。メデューサの体がブルブルと震え出す。
「守本君! 早く! 」
ぼくは流される様に刃物に変化した1号を振り上げた。ピカッと雷の閃光が部屋を照らした。雷光に照らされて一瞬、ひなの先生の震える目蓋が見えた。
その時、3度目の選択肢が出た。
1 ひなの先生を殺す
2 ひなの先生を殺さない
いい加減にしてよ! こんな鬱ゲー、誰がプレイするんだよ!!!
事ここに至って、ぼくは人生って酷い糞ゲーだと気づいた。このゲームを支配しているゲームマスターを恨んだ。それでも……、選択肢を選ばなきゃいけない。それが生きていくって事なんだ。やるしか無い……。
「シュルル……」
メデューサの触手がゆっくりと動き出す。
選択肢は浮かんでいる。選ばなきゃ……。
「ありがとう……、すい君」
ひなの先生はぼくの名前を呼ぶと無理に笑ってから再び目を閉じた。雷はピカピカと狂ったように部屋を照らし出す。
選ばなきゃ……。
メデューサの触手はもうぼくの足元に迫っている。
選ばなきゃ!
窓の外が一際光って「ドゴォォ!! 」と近くに雷が落ちる音がした。
そして一瞬の静寂……。
雨音が不自然に遠ざかる。
「1」を選んだ。
「うわぁぁぁ!! 」
情けなく叫んだぼくは、刀のような1号をひなの先生の白い首筋目がけて思いっきり振り抜いた。
「スパン……」
先生の首があっけなく飛んだ。掌には殆ど手応えが感じられなかった。空魚の刀は恐ろしい切れ味だった。ぼくのスイングでひなの先生の首から下はがっくりと崩れ落ちた。
そして先生の首の切断面から噴水みたいに白い血が噴き出した。吹っ飛んだ先生の頭は、クルクルと回転して宙を舞うと、綺麗にソファの上へと着地した。
「ググギギギュュッッッッ!! 」
背後にいたメデューサが大きな悲鳴をあげた。すぐにメデューサの頭のてっぺんから白くて太い煙が登る。ソファに転がった先生のつむじあたりからも同じ煙が天へと伸びている。煙は天井に吸い込まれていく滝のようにすごい速さで登っていき……、やがて消えた。
白い煙の筋が途絶えるとメデューサは風船がしぼむみたいに小さくなり、最後には真っ白な塩の山になった。
外の雨音がど再び大きくなる。
「……」
「……」
「……」
ぼくはがっくりと膝をつく。右手はあまりに強く1号を握りしめていてピクリとも開かなかった。指が接着剤て固められみたいだ。
その時、首のなくなった先生の死体が痙攣した。すぐに先生の下腹部と首元が膨らんでいく。
「ズリュュ……」
先生の首の切り口を裂くようにメデューサの子供が這い出してきた。膣と肛門からも別のメデューサの頭が覗いた。ひなの先生の3つの穴から生まれたてのメデューサが這い出す。奴らの頭部には2つの瞳があった。
第2世代! ひなの先生の体を引き裂いて出てくる! 早く……、早く始末しなきゃ!
指先にこもっていた力がふっと抜ける。ぼくはすぐさま刃物に変化した1号を逆手に持ち直した。
手足を投げ出して倒れているひなの先生の股間から、触手でおまんこを広げてメデューサが出てきている。ぼくは先生の割れ目の入り口目掛けて迷わず空魚1号を振り下ろす。
「ブブシュッ! 」
水風船が割れた時みたいな音を立てて先生の股間からはみ出していたメデューサの頭が弾けた。尖った空魚の刃は膣のすぐ下、肛門から出てきていたメデューサも同時に串刺しにする。
「ブシシャャァ! 」
「グギュンンン! 」
首から這い出したメデューサが仲間の死を感じて雄叫びを上げた。
ぼくはすかさず切断された首から這い出てくる最後のメデューサに狙いを定めて振りかぶる。
しかし、その時!
「バタン!! 」
ふいに何かが勢いよく開いたような音が聞こえた。
一瞬、ぼくの動きが止まる。
「グギュ! 」
ひなの先生の首元から這い出したメデューサは一目散に音のした方へ飛び去った。
メデューサが向かったのはキッチンの方向だ……。
「まさか!? 」
ぼくはメデューサを追ってキッチンへ駆け出したけれど、派手に転んでしまった。
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