第10話 フォース チルドレン3

「ぼくの部屋が……、ぐちゃぐちゃだ」

台風が通過した後のように壊滅した自分の部屋を見渡して言った。

ゆめちゃんは赤くなってうつむいた。

「ごめん。……やり過ぎちゃった」

ゆめちゃんの声はいつもの柔らかいトーンに戻っていたのでぼくは安心した。1号もやっと調子を取り戻して、ぼくの周りをゆっくり旋回している。

キレたゆめちゃんはヤバすぎる……。

それに……、はだけた胸を両手で隠している今のゆめちゃんもヤバすぎるぅぅ!

視線が自然とゆめちゃんの胸に吸い寄せられていった。

巨乳やないか、ゆめちゃん!

や、やわらかそうやぁ……!

ゴクンと唾を飲み込んだ時、ゆめちゃんがぼくの背中を叩いて言った。

「すい君、ジロジロ見ないで! 」

「ご、ごめんなさい! 」

あわてておっぱいから視線をもぎ取る。ゆめちゃんは頬を膨らませて怒っているけど、それでもかわいかった。大丈夫……、マジギレしてる訳じゃないみたいだ。

ぼくはとりつくろう様に部屋を見回した。

「ま、まぁ、……部屋は、……仕方ないよ」

壁には大きな穴がいくつも空いて、窓ガラスは派手に割れていた。ゆめちゃんに借りていたスターウォーズのフィギュアもグチャグチャに散乱していた。

「フィギュア、壊れちゃったね……」

ぼくは床に落っこちて割れている白い鎧を着た人形を拾い上げた。

「あっ、それならいいよ。それはエピソード7のストームトルーバーだから気にしないで」

どうしてエピソード7のストームトルーパーなら気にしなくて良いのかは分からなかったけど、とりあえず、ゆめちゃんは無事だったし、元のふわふわゆめちゃんに戻っていたので、ぼくはホッとため息をついた。

「それより、すい君は大丈夫? 」

「うん、大丈夫。助けてくれてありがとう……」

「そんなの当たり前じゃない! すい君が無事でホントによかった。どこか怪我してない? 」

「うん……、色々、危なかった……。でもゆめちゃん……、まさか西野ひらめがメデューサだったなんて……、よく気がついたね」

「においがね……、いつもと違ったの。先輩は普段、香水なんてつけない人なのに……、今日はヤケにきつい香水のにおいがするなって……。それにこの部屋に入った時、香水の匂いに混じって、仄かにあの塩の香りがしたから……、それでわかったの。それより先輩が男の子を好きだった事の方が……、かなり……、ショック……」

ゆめちゃんが渋い表情で呟く。

それはそうだろう。西野ひらめはゆめちゃんの憧れの人だ。確かにメデューサに寄生されたことは気の毒だと思うけれど……。でも違う意味で狙われていたぼくとしては正直、襲われなくて本当によかった。

「ぼ、ぼくは違うからね! 」

「うん、知ってる。すいくんは私の胸ばかりみてるもんね」

「う、うわ、ごめんなさい! 」

ぼくは慌ててゆめちゃんのおっぱいから目線を逸らす。しかしすぐに視線はおっぱいに吸い寄せられていく。

な、なんて吸引力のある胸なんや……。す、吸い込まれそう……!

そんなぼくの様子を見てゆめちゃんは少し笑ってから、ふいに真顔になって言った。

「そう言えば、気になることを言ってたよね。すい君の友達にメデューサを感染させたのは自分だって……」

ゆめちゃんは不安げにぼくを見つめた。

「うん……。アイツのせいであかねは……。それに自分の事を第2世代だっていったよね。西野ひらめに取り憑いてたメデューサが第2世代なら、どこかにその親である第1世代がいるってことだよね? 」

ぼくの頭には西野ひらめの最後の言葉がこだましている。

『これで終わりじゃないからな……』

まだどこかにメデューサの親玉が残っているんだ。

「……すい君、わたし達でそいつを探そう」

ゆめちゃんは強い眼差しでぼくを見ている。

「メデューサを倒せるのは空魚を味方につけているぼくらしかいないもんね……」

「うん。それに西野先輩にメデューサを感染させた人は、きっとわたし達の近くにいる気がするの」

ゆめちゃんの言う通りだ。ぼくの幼なじみのあかねに、ゆめちゃんと同じ高校の生徒会長、西野ひらめ。僕らの身近な人間が次々とメデューサに寄生されている。恐らくメデューサの親は僕らのすぐ近くにいるはずだ。そしてそいつはあかねに取り憑いていた第3世代や、そこから産まれた第4世代をぼくらが殺したことも知っている……。少なくとも西野ひらめはそれを知っていた。メデューサは世代ごとに瞳の数が違う。2つ目の第2世代メデューサに苦戦したことを考えると、第1世代は相当手強いはずだった……。

それからぼくは少し考える。

頭に選択肢が浮かぶ。

1 メデューサを探してやっつける

2 こちらから動かずに様子を見る

3 もう一度地下室へ行く

答えは決まっている。「1」だ。

そしてぼくは覚悟を決めた。

やるしかない。やるなら今だ!

「ゆめちゃん!! 」

「うん? 」

「一生のお願いがあるんだ!! 」

「えっ!? い、一生のお願い!? 」

「ぼ、ぼくはど、ど、ど、童貞なんだけど、えっと……、そ、その……、初めての相手は……、ゆめちゃんって決めてたんだ! 」

「えええええっ!!? 」

ぼくはつまらない小細工は捨ててぶっちゃけた。

「ぼ、ぼくの初めてはゆめちゃんしかいないんだ! そ、その……、ぼくを大人にして下さいぃぃ!! 」

「ちょ、ちょっとすい君!? 」

「な、なにとぞよろしくお願いします! 」

そしてぼくは深々と頭を下げて右手をゆめちゃんに差し出した。なぜか空魚1号も頭を斜め下に向けて静止していた。

「な、なにとぞって……、す、すい君!? 」

後頭部からゆめちゃんのオロオロする空気感が伝わってくる。

「きゅ、急すぎるよ……、なんで今!? ……じゃなくて……、ど、どうして……、わ、わ、わたしなの!? 」

ぼくは頭を下げて右手を差し出したまま、思っていた事をそのまま口に出す。

「これからぼくらはメデューサの親玉と戦わなくちゃいけない……。もしかしたら死んじゃうかもしれない……。だったらその前に願いを叶えておきたいんだ」

ぼくの頭に選択肢は出なかった。ゆめちゃんにぼくの思いを伝えるなら今しかない。

外は一気に土砂降りになり「ザザザザッ! 」っと激しい雨音が響き渡っていた。

「……、で、でも……、すい君……」

ゆめちゃんの言葉は雨の音で消えてしまいそうに小さな声だった。

「初めから決めてたんだ! ゆめちゃんじゃなきゃダメなんだ!! 」

雨音にかき消されない様に、ぼくは叫ぶみたいに言った。

「……」

「……」

それから長い間、ゆめちゃんは黙ってしまった。雨音だけが部屋に溢れていた。

ぼくはギュッと目をつぶってゆめちゃんの次の言葉を待った。

その時間が永遠に続くように感じられた。

「……」

「……」

「……」

「……」

しばらくしてから、ゆめちゃんはやっと口を開いた。

「……メガネ」

「えっ!? 」

「メ、メガネを取り替えてくるから……、それまで待ってて……」

そう言ったゆめちゃんは、差し出していたぼくの右手を握った!!!

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