第9話 フォース チルドレン2

ベットに押し倒されたぼくは叫ぶ。

「違う! コレは違うんだ! ゆめちゃん!! 」

しかし西野ひらめは落ち着いた口調で言った。

「やれやれ、夢見。いつもみたいに気を利かせてくれよ。俺はしばらくの間、すいと2人っきりになりたいんだ 」

バカか! こいつはバカなのか!? この状況で何を言っているんだ、このバカはぁぁ!!!

「先輩……」

ゆめちゃんは口に手を当てて絶句していた。

「ゆめちゃん! ホントに違うから!! 」

「すい、家族へのカミングアウトは早めにしといたほうがいいんだぞ。そして夢見、何も違わないよ。俺たちは両想いなんだ。愛し合う2人の邪魔をしないでほしい」

西野ひらめはこんな時でもあのさわやかな笑顔を絶やさない。もはや気狂いレベルだ。

そして制服のジャケットを脱ぐと胸のボタンを外しだした。

「な、何をしてるんだぁぁ!? 」

ぼくは半泣きで絶叫した。

ゆめちゃんは突然、ハッとした表情になり空魚2号を出現させた。2号は鼻先を尖ったノコギリのように変化させて臨戦態勢に入った。

「ゆ、ゆめちゃん!? 」

ゆめちゃんは真顔で僕らを指差した。

空魚2号がこっちに突撃してくる!

「バチィィン!! 」

空魚2号が何かに阻まれ空中で止まった。

「すい君! 先輩から離れて!! 」

「おいおい、なんだい? その怪しげな生き物は? 」

西野ひらめは空魚を見てもさほど驚かず、いつもの口調で笑っていた。

見れば、西野ひらめの股間はパンパンに膨らみ、そこからズボンを突き破ってキラキラ光る透明の触手が伸びていた。そして触手の先端は空魚2号に巻きついて締め上げている。

「メデューサよ!! 」

ゆめちゃんが叫んだ。

「えっ!? 」

ぼくは事態についていけずに呻いた。

「やれやれだ……」

西野ひらめはため息をつくと、脱ぎかけたシャツを荒々しく引きちぎって投げ捨てて、上半身裸になった。引き締まった体からは濃密な塩の匂いがする。

「ベットで2人を相手にするのは久しぶりだぜっ! 」と西野ひらめはキメ顔で言った。

「2号! 」

ゆめちゃんの掛け声で、触手に絡め取られている空魚2号は尖った鼻先を平たい円に変化させた。そして唄うようなあの鳴き声をあげた。鳴き声は波のように空気を揺らし、西野ひらめの裸の上半身を激しく揺さぶる。

「ギュギュッ! 」

2号の音波は西野ひらめの顔を波のように揺らせた。西野ひらめは人ではない雄叫びをあげて顔を歪める。

2号は音量を上げて音波の波をさらに強める。

「グゥグギュ……」

西野ひらめは奇声を上げて顔を歪めた。

「えっ……!? 」

ぼくとゆめちゃんは驚いて顔を見合わせる。

苦痛に歪む西野ひらめの首が、みるみるうちに縦に伸びていったのだ。

キリンみたいに伸びていく首に同調して、西野ひらめの両腕は不自然な方向に歪み、首と同じ方向にグングン引き伸ばされていった。同時に腹は風船のように膨らんで、バキバキに割れた脇腹から筋肉の塊のような出っ張りが突き出していく。西野ひらめの下半身はズボンを突き破り複数の触手が飛び出した。胸にある2つの乳首はまるで山の様にせり上がり、その山が割れて眼球が現れた。その2つの瞳が何かの意思を持って僕を見た。

不気味な視線にぼくの全身に鳥肌が立つ。

その姿はあかねを犯していたメデューサに似ているけれど、人間のように2つの瞳があることと、ところどころに西野ひらめの特徴を残しているのが、前のメデューサよりも奇怪で醜悪だった。西野ひらめは化け物に寄生されているというよりは、肉体的には完全にメデューサと同化しているみたいだった。

ぼくはベットから転げ落ちるように這い出すと、あわてて空魚1号に攻撃を命じた。

1号は胸ヒレに空いた穴から見えない弾丸を乱射する。

「ブボボッ! 」

鈍い音と共に弾丸は西野ひらめの下半身から伸びた触手に阻まれた。

驚いたことに弾丸を受け止めた触手は無傷だった。

何だ、こいつ!? 空魚の攻撃が効かない!?

驚いたぼくの表情を見て、不気味に伸びた首の上にある西野ひらめの顔が相変わらずの爽やかな口調で言った。

「この前のメデューサとは違うんだよ。メデューサは世代を重ねれば、生まれる数は増えるが個体の質は落ちてしまう。君達が戦ったあれは、第2世代の俺が孕ませた第3世代だからな。あの子に寄生していた1つ目や、1つ目がさらに孕ませた目無しメデューサ達と、2つこ瞳を持つ第2世代の俺では性能が違うんだぜ」

「……孕ま、……せた? 」

ぼくはハッとして西野ひらめを睨んだ。

「ああ、そうだよ。俺は女なんかに入れたくなかったんだがね。コイツがあんまりせがむから仕方なかったんだ。俺としたことが衝動を抑えられなくてね。あの子が産んだ大量の第4世代メデューサを倒したのは君達なんだろう? まあ、あのポニーテールの子は俺に憧れていたみたいだから、それはそれでよかったんじゃないのか。コイツを入れたらひどく喜んでいたしね」と西野ひらめは下半身の触手をうねらせて笑顔を絶やさずに言った。

その表情にぼくはキレた。

「おまえ!? ……おまえがぁぁ!! 」

コイツがあかねを犯したんだ!コイツがあかねを壊したんだ!

全身がワナワナと怒りに震えた。

1号はぼくの感情に反応して、全てのヒレを刃に変えた。

ぼくはすぐさま1号へ攻撃を命令する。指先を動かすのももどかしく、出来るだけ正確に空を泳ぐ軌道を頭の中にイメージする。奴のどの部分をどんな風に切り裂くのか具体的に思い描く。

すると1号は、スクリューのように回転してぼくの頭の中で描いた軌道をなぞるように宙を泳ぎメデューサを切り裂いた。

「ギイャァァア!! 」

西野ひらめは下半身の触手をズタズタに切断されて悲鳴をあげた。

しかし1号の動きは止まらない。ヒレの刃で切り裂いた傷口にむかって次々と弾丸を浴びせた。

「グギャァァァ! 」

西野ひらめは絶叫しながら崩れ落ちる。

1号はぼくの激しい怒りの感情によってパワーアップしている。

もう指先で指示を出さなくても、集中すればぼくの視界は1号の視界と同じになる。

1号の体が自分の手足みたいだ……。今ならコイツを倒せる! コイツに思い知らせてやる!

そう思ったぼくは1号をメデューサの頭上に誘導し、天井から見えない弾丸の雨を降らせる。

「ブボボボボッ! 」

突然、西野ひらめは、ほとんど原型を留めていない脇の下辺りから紫色の煙を吐き出した。

部屋中が紫色に染まって何も見えない!

「ゲホッ! ゲホッ! 」

ぼくは激しく咳き込んだ。

その隙に大きな影が移動する。

「ガシャン!! 」

窓ガラスが割れる音と同時に何かが外に飛び出した気配がした。

「2号! 」

ゆめちゃんの号令で2号はまた唄いだす。

2号が発する音の波は紫の煙を部屋から窓の外へと押し出していった。

「ゲホッ! ……大丈夫、すい君? 」

「か、体が……し、し、痺れ……」

紫色の煙をもろに吸い込んだぼくは全身が麻痺してうまく声も出せない。あの煙……、麻酔作用があるんだ。

「ゆ、ゆめちゃん……、煙を……、吸い込まないで……」

ゆめちゃんはぼくの言葉にうなづくとハンカチで口を押さえる。それからゆめちゃんは素早く窓の外のベランダを見回して首を振った。

「いない……。逃げられちゃったみたい」

「いいや、いるね」

西野ひらめの声と共に屋根から素早く触手が伸びてくる!

ぼくは体がうまく動かない。1号も毒煙にやられて、フラフラと壁に激突を繰り返していた。視界が霞んで1号をコントロールできなかった。

「シュルル! 」

「キャッ! 」

触手は一瞬にしてゆめちゃんの首に巻きついた。衝撃でゆめちゃんのメガネが吹き飛ばされた。

「またしても本意ではないんだが、コイツが女の中に入りたがっている。どうやら2、3発出さないと治りそうもないんだ」

そう言った西ひらめは数本の触手でゆめちゃんの制服のブラウスを破るとライトブルーのブラジャーを引きちぎった。

ゆめちゃんの胸が弾むように露わになる!

こ、これは……、思ったより大きい! !D……、いやいやEカップはあるかも!!!

「おおっ、夢見は意外に胸があるのか! 隠れ巨乳だな」

「……やめて下さい、先輩」

あっ……!

ぼくはすぐにゆめちゃんの声の変化に気がついた。1号はすごい勢いで部屋の隅に逃げ出す。

2号は体全体をプルプルと震わせて赤紫色の怪しげな光が溢れ出したかと思うと、体がグンとひと回り大きくなった。

「別に俺は女になんて興味ないんだがな、コイツがうるさくてね。何、すぐに気持ちよくなるから安心しろよ。それにしても夢見。お前はメガネを掛けてる方がかわいいタイプだな。メガネを外すと……」

「グシャ! 」

「ゲポッッ!! 」

西野ひらめの顔面に突然、大きな槍のようなものが突き刺さった。

ああ……、終わった。あの人、終わったよ。

ぼくは首を振った。それから慎重にホフク前進で部屋の隅を目指す。少しでもここから離れないと……。

「……メガネは体の一部です」

ゆめちゃんがほとんど聞き取れないような小声で呟いた。

それに呼応するように空魚2号は紫の怪しい光を放ちながら、鼻先の尖ったツノを次々に発射する。

「グボッ! グボッ! グボッ! 」

指みたいに伸びているメデューサの頭の出っ張りに、次々と2号のツノが突き刺さっていく。

「シュゥゥ……」

メデューサの傷口から白い煙が立ち上る。

2号が放った槍はメデューサの頭部(西野ひらめの胴体部分)から伸びている指を発射した槍で次々と壁に固定していく。2号は教室の掲示板に学級便りを貼り付けるみたいに、壁にクラゲの化け物を貼り付けていった。

そしてぼくの部屋の壁にめちゃくちゃ趣味の悪い標本が完成した。

ゆめちゃんは聞き取れないほどの小声で何かを呟きながらメデューサに近づいていく。

西野ひらめは全身を激しく痙攣させて悲鳴を上げた。

「グェェェ!! ……や、やめ……、て……、く……、れぇ……、ゆめ……、みぃぃぃぃ……」

けれどゆめちゃんは表情を変えずに人差し指と中指でメデューサの大きな瞳を指さした。ゆめちゃんの命令で、2号は西野ひらめの乳首部分にある2つの瞳に大きな槍を突き刺した。

「ゴパッ! 」

水分をたっぷり含んだ果実が弾けるみたいな嫌な音がした。

「グボボボ」とメデューサが奇声を上げる。

「ダダッ! 」

ゆめちゃんはそのまま勢いよく駈け出すと、制服のスカートから白い太ももを露わにして、瞳に突き刺さった銛を踏み抜くようにさらに体の奥深くへと押し込んだ。

「ブシャャャァァ!! 」

潰れた眼球から白い煙と透明なメデューサの体液が噴き出した。

「ゲゲポッオ! 」と西野ひらめが口から透明な液体「滝みたいに吐き出した。

ゆめちゃんの体にメデューサの傷口から噴水みたいに降りかかる。けれどゆめちゃんはそんなこと全く気にしていない。ただ淡々とネバネバした体液を全身に浴びながら、指揮するみたいに人差し指を横に振った。

すると2号は鼻先を鋭い刃に変化させ、メデューサの本体から伸びる3本指をスパッと切断した。

「クギョギョ!! グッボ……、やめてグポポッ……、れぇニョョョ……」

西野ひらめの悲鳴が掠れていく。けれどゆめちゃんはさらに無言で2号を操作してメデューサの体を真っ二つにした。

「ゲビョ……、ビョ……、ビョ……」

メデューサはすっかりバラバラに切断されて動かなくなった。

……ヤ、ヤバ過ぎる。

ぼくと1号は巻き込まれないように部屋の隅で固まっている。1号はぼくの背中に隠れるようにして様子を伺っていた。

キレたゆめちゃんは、……怖すぎる。

これからは何があってもゆめちゃんを怒らせないようにしよう、とぼくらは心に誓った。

「ふぅ……」

ゆめちゃんは緊張を解くみたいに息を吐き出すと、床に落ちている割れたメガネを拾って掛けた。

メガネはひび割れていて、ゆめちゃんの表情はよく見えなかった。

「グヒィィ……、ば、ば、化け物がぁぁぁ……」

もはやどこが口かもわからないほどグチャグチャになった西野ひらめの破片が呻いた。奴の身体中に開いた傷口から立ち上る白い煙が消えて、西野ひらめだったものが崩れていく。

「お……、まえら……、これ……、で……、終わり……、じゃ……、ないから……、ゲヒョョ……」

西野ひらめの声が奴の頭から立ち上る白い煙と一緒に天井に吸い込まれていった。

そしてあたりは静まり返り、雨の音だけが部屋に響いた。


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