第8話 フォース チルドレン1
あのメデューサとの戦いから1週間が過ぎた。
ここ最近、雨はずっと降ったり止んだりを繰り返していた。湿気で髪はウネリっぱなしだけれど、ぼくは前ほどその事が気にならなくなっていた。
不思議な事に、ぼくの通う小学校であれだけの大事件が起きたはずだけれど、テレビやネットのニュースはあの日の出来事がほとんど取り上げられていない。
あの日、あかねを含めて50人ほどの人が死んだ。その大半は高学年の生徒で、職員の大人も何人か犠牲になってしまった。謎の大量死に大掛かりな警察の捜査があったみたいだけれど、未だに原因は不明のままだと、ひなの先生が電話で教えてくれた。
メデューサの死体は崩れて塩の塊になってしまって証拠はあまり残っていないはずだし、元々が透明な上に非常識な未知の生物なのだ。大人達もまさかメデューサが犯人だとは思わないだろう。ただ、何故かぼくの通う学校の大学研究室が捜査に協力しているらしかった。ひなの先生もなぜうちの大学が……、と首を傾げていたけれど、僕にはそんな事どうでもよかった。
ぼくにとって救いだったのは、被害が思ったほど広がらなかったことだ。
あの時、校舎内のメデューサは全部で100匹近くいたと思う。それをぼくとゆめちゃんはあらかた始末できたみたいだ。だから被害はぼくらの小学校の校舎内に限定されていた。すぐ隣にある中等部や高等部と大学は無事だった。それに放課後だったので学校に残っている生徒も少なかった。幸いひなの先生も無事だった。
逃げ延びたメデューサがいる可能性もあるけれど、あれ以来、近くで人が破裂するような事件は起こっていない。幸運にもぼくらは全てのメデューサを駆除できたようだった。
だから……、あの時、ぼくがやったことには意味があったと思う。あかねは救えなかったけど……。
事件があったせいでぼくの小学校はしばらく休校になっていた。だからぼくはずっと家にいる。毎日、担任のひなの先生から電話があるけど、それ以外の時間は何もする事がなかった。ボンヤリしていると、あかねやメデューサに取り憑かれた人たちの事を考えてしまう。考えれば考えるほど、あれでよかったのか分からなくなってしまう。
もしもぼくがメデューサに寄生された人達を殺さなかったら、もしかして大人達がなんとかしてくれたんじゃないだろうか……?
そもそも、ぼくがあの地下室にさえ入らなければ……。
けれど、一度選んだ選択肢は元に戻せない。
ぼくは余計なことを考えない様に必死になって部屋の掃除をしたり、ゆめちゃんとの童貞卒業プランを練り込んだりして過ごした。
こういう時は暇が一番よくないんだ。ひなの先生も暇な人は良くないことを考えるっていってたし。とにかく忙しくしていなくちゃ……。
そういえば……、こんな時なのにぼくらの両親は旅行に行ったまま、音信不通だった。こっちはこんなに大変な事になっているのに、呑気なもんだ。
ゆめちゃんはあの後も普通に高校へ通っている。同じ敷地内で人がたくさん死ぬような事件があった割には中学、高校、そして大学は通常通り授業があった。
そしてぼくはまだ童貞のままだ。
あの日、ソファーでゆめちゃんにフェラチオしてもらった時、ぼくは正直、期待していた。このままゆめちゃんと結ばれて一気に童貞を卒業できるかもって……。けれど、ぼくは、ゆめちゃんのフェラであっけなく射精してしまった。
だってあの美人で、かわいくて、モテモテで、オタクで、キレたらこわいゆめちゃんがぼくのちんちんを舐めていると思うと……、もうそれだけで最高だった。そりゃあ、もっと我慢すればよかったのだけれど、あの時はとても無理だったし……。
それに変な話だけれど、ゆめちゃんにフェラチオしてもらう事で、ぼくは救われた気分になっていた。取り返しのつかない事になったのに、ぼくの内側からは生きる気力みたいなものが湧いてきた。こんな事になってもゆめちゃんはぼくの味方になってくれる。ゆめちゃんがいれば、ぼくはなんとかやっていける……。
その時のぼくはそんな気になっていた。
そしてぼくは脱童貞に向けて着実にステップアップしていた。これなら当初の計画よりずっと早く童貞を卒業できそうだ。
とりあえず、当面の目標はゆめちゃんのおっぱいを見ること。そして可能であればゆめちゃんのおっぱいを揉むことだ。空魚のおかげでゆめちゃんのおまんこは間近に見ることができたけど、本来、順番からいえばおっぱいが先だった。一体、ゆめちゃんのおっぱいはどんな形をしているんだろう? 大きさは? 乳首は何色なんだろう?
期待は膨らむばかり。そして何より、ゆめちゃんの事を考えているとすごく前向きになれた。
もしゆめちゃんが側に居なかったら、きっとぼくはあの時、壊れてしまっていただろう。そもそもゆめちゃんが駆けつけてくれなければ、ぼくはあの保健室でクラゲの化け物に刺されて死んでいたはずだ。
命を救ってくれた相手は童貞を捧げるのに申し分ない。というより、もはや、ぼくの童貞はゆめちゃんに貰ってもらう以外、考えられない。ゆめちゃん1択だ!
そんなある日、あの西野ひらめがうちにやってきた。なんでも小学校で起きた惨劇を聞いて、ぼくのことを心配しているらしい。
しかしぼくはそんな理由を全く信じていない。奴の目的はゆめちゃんに決まっている。そうでなければ、あの人気者で生徒会長でバンドマンの忙しい西野ひらめが、一度会っただけの小学生を励ます為に、わざわざうちに遊びに来たりする訳がなかった。
絶対に何か裏がある! 何かよからぬことを考えているに決まってる!
そう、西野ひらめは確かにカッコいいし、ぼくよりずっと大人で、しかもすごくモテる。経験だって豊富だろう。それでもぼくには勝算があった。奴が大人の魅力でくるなら、こっちは子供の無邪気さで対抗するまでだ。それになにしろ、ぼくはあのゆめちゃんのおまんこを間近に見て、あまつさえフェラまでしてもらっているのだ。負ける気がしない。いや、すでに勝っている!
ぼくは頭に血が上り、鼻息も荒く臨戦態勢で西野ひらめを自宅に迎え入れた。
西野ひらめはゆめちゃんに連れられてやってきた。それだけでなんだかムカついた。奴からは柑橘系の香水の匂いがプンプンした。色気づきやがって……。
「よう! すい! 」
西野ひらめは、ぼくを見るなり笑顔で言った。会って2回目であっさり呼び捨てにされていた。
野郎! こちらが小学生だと思ってナメてやがる!!
その時、空魚1号がぼくの頬を尾びれで叩いた。
わかっているよ、1号。ここで挑発に乗っては相手の思うツボだ。
ぼくはこみ上げてくる怒りをグッと飲み込んでエレガントに対応する。
「コンニチワ、西野先輩。今日ハ、ワザワザスイマセン」
心にも無いことを言ったので機械みたいに抑揚のない声になってしまったけれど、ぼくはなんとか平静を保っていた。しかし西野ひらめはあの爽やかな笑顔でこう返してきた。
「なんだよ、すい。先輩なんて他人行儀な呼び方はよしてくれ。俺の事は兄貴でかまわないよ」
はぁぁぁ?? バカかこいつは! ライバルのおまえのことを兄と思う訳がないじゃないか!?
……いや! そうか! これはゆめちゃんといずれ結婚してぼくの義理の兄になるという宣言か! どれだけ自信家なんだ、こいつはっ!
大体、ゆめちゃんがお前ごときと結婚するはずがない。いや例えゆめちゃんが許しても、ぼくがゆるさん! どんな手を使っても阻止してやる!
ぼくは頬をピクピクさせながら、なんとか笑顔をキープしていった。
「ソンナ! 生徒会長ノ事ヲ気安ク兄貴ナンテ呼ベマセンヨ」
「なんだよ、堅苦しいな。それじゃあ、ひらめ兄さんでどうだい? 」
西野ひらめはさも残念そうな顔をして僕の肩に手を置いた。
ひらめ兄さんって芸人かよ!
ぼくは思わず突っ込みそうになったが、1号が頬を叩いたのでなんとか正気を保った。
ありがとう、1号、危ないところだったよ……。
そんなぼくらを見てゆめちゃんがいった。
「もう、すっかり意気投合しちゃって! こんなところで話してないでお部屋で話せば。すぐにコーヒーでも持って行きますから」
ゆめちゃんはなんだか楽しそうだけれど、そんな事より……、おへや?
部屋って……、まさかっ! ゆめちゃんの部屋ぁ!?
ダメ! ダメ! ダメ!……それはダメだ!
ゆめちゃんのプライベート空間に、こんな危険な奴を入れる訳にはいかない。あの部屋に入れるのはぼくだけなんだ。どうせコイツはゆめちゃんの足の間にある更なるプライベート空間にも無理やり入り込むつもりだ。
させん! させんぞぉぉ!
早速、ぼくの頭に選択肢が出た。
1 西野ひらめをぼくの部屋へ誘導
2 西野ひらめを家から追い出す
3 西野ひらめを攻撃!
その時、1号がぼくの背中を突っついた。
1号はやる気だ……。コイツは本当にぼくの本心を分かっている。けれどぼくはあえて「1」を選択する。常識的に考えれば「2」だ。しかしぼくは西野ひらめと対峙しなければいけない。最強のライバルを倒してからゆめちゃんを抱くんだ。童貞卒業とは群がる他のオスを倒して最高のメスを手に入れる事だ(ちなみに……、これもひなの先生に教えてもらった)。それに「3」は自分の部屋に招き入れてからでもできる。なんなら隙をついて楽にヤレる! ぐふふっ……、勝てば官軍! 手段は選ばない!!
よしよし! ぼくは冷静に計算できてるぞ。
それからぼくは意識的に子供っぽく西野ひらめの手を取ると、自分の部屋に強引に引き入れた。
西野ひらめは豪快に笑って言った。
「すい! ずいぶん積極的だな」
そうしてぼくの部屋に入った西野ひらめは、中を見回して目を丸くした。
「おおっ! すいはスターウォーズが好きなのか? グッズだらけじゃないか! 」
ヤバい……。
ぼくの部屋に飾られているスターウォーズグッズはゆめちゃんに無理やり押し付けられたものだ。単にゆめちゃんの気を引きたくて飾っているだけで、ぼくのスターウォーズ知識はほぼ皆無……。がっ、しかし! ゆめちゃんの名誉のために、ここはあくまでぼくの趣味ということで通すしかない……。
「う、うん、エピソード1が好きかな」
「おっ! 渋いな。あえて不人気な新三部作の更に不評なエピソード1か。俺もプリクエル肯定派だけど、あれのどこが好きなんだい? 」
しまったぁぁ! コイツはこのコンテンツをある程度知ってる人間だ! 新3部作!? プリクエル!? 単語の意味が分からない……。大体シリーズの一作目を挙げておけば鉄板かと思ったのに……、エピソード1って、その名前の通りに1作目じゃないの?
「う、うん。やっぱり……、しゅ、主人公がかっこよくて……、す、す、素敵なんだ」
ぼくの言葉に西野ひらめは目を見開いて黙ってしまった。
ヤバい……、何か間違えたらしいけど、全然わからない……。
ぼくは困ってしまい西野ひらめをオロオロと見つめ返す。すると西野は目を輝かせていった。
「なんだ、すいもそうなのか。よかったよ! 同じ趣味だったなんてな。話が早いな」
「ん? 」
「いや実は俺もそうなんだ」
「ん? 」
「自分で言うのも気恥ずかしいんだが……、俺はかなり女にモテてる。でも残念ながらそっちには全く興味がなくてな……」
「ん?? 」
「俺もおまえと同じさ。男が好きなんだよ。それもどっちかと言うと少年が好きなんだ。恐らく薄々気づいてたとは思うが、すいは俺の理想のタイプなんだ」
えええっ!? そっちぃぃ!?
「すいが同じ趣味でうれしいよ! 」
そう言った西野ひらめは力強くぼくの肩を抱き、ゆっくりとベットへ押し倒した。
「せっ、先輩!? ちょ、ちょっと待って! 」
「俺の事はアニキって呼べって言っただろう。遠慮するな、心配いらないよ。誰だって最初は初めてさ。俺は慣れているからきっと気にいるぜっ」
西野ひらめはキメ顔でぼくのアゴに人差し指をあてて、顔を上向きに固定した。
ゆっくかりと西野ひらめの顔が近づいてくる!
いや、違う! 違う! そういう事じゃなくて……。
「ガシャン!! 」
何かが割れる音がして、ぼくと西野ひらめはそちらを見た。そこにはコーヒーを持ってきたゆめちゃんが、僕らを見つめて立ちすくんでいた。
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