第5話 サード ストライク1

ぼくとゆめちゃんは空魚を連れて登校した。もちろん姿は隠して。

空は分厚い雲に覆われて、霧みたいな雨が降ったり止んだりしていた。こんな日は湿気がひどくて、癖っ毛のぼくは毛先がやたらにウネる。いつもなら憂鬱な気分になるところだけど、今日はぼくの隣にゆめちゃんがいる。それだけで心が弾む。雨の日だってそんなに悪くなかった。もしかしたらぼくは少し大人になったのかも知れいない。

ぼくらは校門で別れて、ぼくは小学校へ。ゆめちゃんは高校の校舎へ向かった。ゆめちゃんと同じ家から同じ学校に通う事はすごく特別な感じがした。

教室に入ると、間々宮あかねが元気な子鹿みたいに駆け寄ってきた。トレードマークのポニーテールが気持ちよく揺れている。

「ねぇ、すい君! 今、校門で一緒にいたのってユメミー先輩じゃなかった? 」

「えっ? ユメミー先輩って、ゆめちゃんの事? 」

「えっ!? ユメミー先輩の事、ゆめちゃんって呼んでるの!? な、なんで?? 大体、どうしてすい君とユメミー先輩が一緒に登校してくるの? どういう関係?? 」

「えっ、だってゆめちゃんはぼくのお姉ちゃんだから……」

「えっー!! だってすい君、一人っ子じゃない? 」

「あれ、言ってなかったっけ? 最近、ぼくのお父さんが再婚してさ。新しいお母さんにも子供がいて、それがゆめちゃんなんだ」

「あっ……、すい君ちって離婚しちゃったんだよね……。ごめん、わたし、嫌なこと聞いちゃった」

「いいよ、もうそんなに気にしてないからさ。むしろ可愛くて綺麗なお姉さんができたからさ、ラッキーであります! 」

「そっか……。確かにユメミー先輩がお姉さんならそうだよね……」

「あれ? あかねはどうしてゆめちゃんの事、知ってるの? 」

呆れたようにあかねがため息をついた。

「知らないのはすい君くらいだよ。ユメミー先輩って言ったら、あの生徒会長の西野先輩とおんなじくらい有名人なんだから。元々、うちの高校の生徒会は顔で選ばれてるんじゃないかって言われるくらい美男美女が揃っているの。ユメミー先輩はその中でも特にかわいいって評判なんだよ。生徒会で書記をやってて、メガネが似合う美人ですごく上品だから、男子にめちゃくちゃ人気なんだから……。女から見ると、ちょっとあざといくらい清楚系……」

「あぁー、そっか、そうだよね! ゆめちゃんは上品でかわいいからなぁ、そりゃ人気あるよね! 」

ぼくはなんだか自分を褒められたみたいに嬉しくなってニヤニヤしながら言った。するとあかねは珍しく黙ってしまい、そのまま自分の席に戻っていった。

その日はそれからクラスメイトの男子が次々にぼくの席にやって来た。

「守本の姉ちゃんってさ、ユメミー先輩なの? 」と興奮して聞いてくる。

「ねえねえ! 今日、守本んちに遊びに行ってもいい? 」

おい、おい……。ぼくは君たちとそんなに仲良しじゃなかったじゃないか……。

ぼくは次々にくるお誘いを丁重にお断りした。ユメミーファン達には悪いけど、ゆめちゃんはぼくが独占させてもらう。なにしろ、ゆめちゃんはぼくのお姉さんなんだ。昨日も今日も一つ屋根の下にいるんだし、お風呂だって覗き放題だ。それどころか、昨日の夜なんて……、ぐふっ、ぐふふっ!

あっ! しまった!! 昨日はおっぱいを見忘れた……。

ああっ、なんたる失態!! すぐそこにゆめちゃんのおっぱいがあったのにぃぃ!!

ぼくは1人、唇を噛んで悔しがる。

けど……、おまんこは見ちゃったもんね!

この調子ならおっぱいだってすぐに見られるさ。なんなら揉んだりできちゃうかも!

ぐふっ、ぐふふっ!!

ぼくの頭にゆめちゃんが恥ずかしそうに服を脱ぐ姿が浮かぶ……。

「守本君! さっきから何をニヤニヤしてるの? 授業に集中して。ここテストにでますよ! 」

ひめの先生に怒られてしまった……。あかねの視線が冷たい……。

…….。

……。

……。

放課後、ぼくは1人で家に帰る。

いつもなら……、あかねとコンビニで駄菓子を買ったりして食べながら帰るのが日課なんだけれど、あかねはひなの先生に相談があるとか言って一人で職員室に行ってしまった。

なんだよ……、あかねのやつ。今日は色々話したい気分だったのにさ……。

考えてみれば、あかねとは小学校に入ってから、いつも一緒だった。帰り道にあかねがいないなんて本当に久しぶりだ。

男女でこんかに仲がいいなんて、小学校も高学年になれば珍しい事なんだと思う。ひなの先生にも突っ込まれたけれど、クラスの中では、ぼくとあかねは公認のカップルみたいに扱われていた。

でもぼくとあかねは他の男同性の友達なんかよりよっぽどなんでも話せる親友だ。

親友とカップルの違いはよく分からないけど、カップルなんて言われると、いつかつまらない理由で別れてしまう薄っぺらい関係に思えてしまう。ぼくのお父さんとお母さんみたいに……。けど親友は違う。

あかねはいつもニコニコしているけど、本当は心の中で怒っていたり、傷ついていたりしているのをぼくは知っている。だれより足が速いのだって知ってる。あかねだってぼくが落ち込んでるとすぐに気づいてくれる。ひなの先生のおっぱいばかり見てるのだってすぐバレる。それってお互い、相手のことをがよく分かっているって事だ。そんなあかねが、相談事をぼくじゃなくてひなの先生にするなんて……、一体、何の相談だろう?

ぼくはなんだか振られた気分でトボトボ歩いた。雨は一旦止んでいたけれど、空は黒に近いグレー一色だった。最近、雨空ばかりだ。

それから、ふと、空魚1号を呼び出してみる。1号は相変わらず、ぼくのすぐ側にいた。こいつは意外に便利なやつだった。授業中に落とした消しゴムを拾ってくれたり、掃除の時間に窓拭きを手伝ってくれた。空魚1号はぼくの命令を何でも聞いてくれる召使いみたいだった。姿を消しておけば空魚がいることは誰にもバレないし、意外に便利だ。

そんなことを考えながら歩いていると、校門の手前で誰かに呼び止められた。

「すい君! 今帰り? 」

振り向く前から誰だかわかっていた。

ゆめちゃんだ。ゆめちゃんは相変わらずキラキラしたオーラを放っていた。この人の前世はきっと妖精なんだ。

「うん! ゆめちゃんも? 」

ぼくは弾んだ声で答えた。

「うん、今日は生徒会がないから早く帰れたの。じゃあ、一緒に帰ろうか」

「うん! 」

そしてぼくらは同じ家に帰る。

これってきっとすごく幸せなことだ。ぼくはここのところついている!

しかしぼくの幸せは一瞬で崩れ去った。

「やあ、夢見! 今帰りかい? 」

ぼくらの背後から無闇に爽やかな声がする。振り向く前から誰だかわかっていた……。生徒会長の西野ひらめだ。

「あっ! 先輩! 」

ゆめちゃんは明らかに高いテンションで振り返った。

「そちらは……、ああ、新しくできた弟さんか」

「……こんにちは、守本すいです」

ぼくはひどく低いトーンで挨拶したつもりだったが、西野ひらめは全く動じずに白い歯をキラリと輝かせて言った。

「すい君か。素敵な名前だな。それに美少年じゃないか! これは将来が楽しみだな! 」

西野ひらめはぼくの肩に手を置いて笑った。何が楽しみなのか言っている意味はよくわからなかったけど、とにかく無闇に爽やかだった。

「先輩も一緒に帰りませんか? 」

ゆめちゃんはキラキラと目を輝かせている。

「いや、すまない。俺はバスなのでここで失礼するよ」

そう言うと西野ひらめは手を挙げて去っていった。

「残念……」

ゆめちゃんは名残惜しそうに西野ひらめの背中を見送っていた。

そんなゆめちゃんを見てぼくは確信する。コイツには絶対裏がある! 何かよからぬことを考えているに違いない! ……とひがみ気味に思った。

「行こうか、すい君」

ゆめちゃんはにっこり笑ってぼくに言った。

「うん」

歩き出した時、ふと小学校の校舎に目をやる。3階の窓にはこちらを見ているあかねが見えた。

……。

その日の夜、ぼくは大事な事を思い出した。

そういえば、ゆめちゃんと約束した映画をまだ見ていない。ぼくはゆめちゃんの心酔するスターウォーズには全然興味がなかったけれど、ゆめちゃんとベットの上で映画を見ることには興味津々だった。隙あらば昨日の続きに持ち込みたい。その為にもまずはキッカケを作らなければ!

早速、ぼくはゆめちゃんの部屋に向かった。外からは雨の音がした。シトシトと一定の間隔で雨は降り続けていた。

ゆめちゃんの部屋に着くと引き戸の扉が半開きだった。ポケモンのラプラスのぬいぐるみが首半分ほど、扉のレールに引っかかっていていた。

ぼくはノックせずに開きかけの扉を開けて、勢いよくゆめちゃんの部屋に入った。

「ゆめちゃん! この間の映画だけど……」

ゆめちゃんは机に座って顔のツボ押しマッサージをしていた。メガネは机の上に置かれている。

メガネを取ったゆめちゃんは思ったより地味だった。普通はメガネを掛けるとかわいさが落ちるけど、ゆめちゃんは逆にメガネを掛けていた方が美人だな。でもそんなゆめちゃんもまた味わいがあって……。

一瞬、そんなことを考えていたぼくは度肝を抜かれる。

「みぃるぅぅなぁぁぁあ!!」

突然、聞いたことのないくらい低い声でゆめちゃんが唸ったのだ。

「えっ……!? 」

「みぃぃるぅぅなぁぁぁぁ!!! 」

「はぁぁぃぃぃ!」

ぼくは半泣きで扉を閉めると自分の部屋に逃げ帰った。

い、い、い、今のは……、一体ぃぃ!?

ゆめちゃんが何にキレたのかぼくにはさっぱりわからなかったけれど、普段のゆめちゃんからは想像できないほどの迫力と不気味さ……。ってゆうか今のは誰!? ぼくのゆめちゃんはどこへ!?

左手にはいつのまにかラプラスのぬいぐるみが握られていた。焦ったぼくは思わずゆめちゃんの部屋の扉に挟まっていたぬいぐるみを持ってきてしまったようだ。

「か、返しに……、いこうかな」

迷ったぼくはそばにいた空魚1号に声を掛けた。けれど1号は何かを察知してスーっと部屋の隅に泳いで逃げてしまった。

その時、「コン、コン」と部屋をノックする音が聞こえた。

「ゆ、ゆめちゃん……? 」

扉を開けると少し頬を上気させたゆめちゃんがいた。メガネは……、掛けている。

「ご、ごめんね、すい君……」

「う、うん、大丈夫だから……。ぼくこそ急に部屋に入っちゃって、……ごめんなさい」

「う、うん、そうだね。びっくりするから部屋に入るときはノックしてね……」

ゆめちゃんはフワフワしたいつものゆめちゃんに戻っていた。安心したぼくは気を取り直して言った。

「うん! わかった。それにしてもゆめちゃんってメガネが……」

メガネというフレーズを聞いた瞬間、ゆめちゃんは殺気を帯びた視線でぼくを射抜いた。すかさず空魚2号がぼくの額を背びれで弾いた。

「バチン! 」

「い、痛い! ……ご、ごめんなさい」

ゆめちゃんはぼくを睨むと肩を怒らせ自分の部屋に戻ってしまった。

「ピチッ! ピチッ! 」

2号はさらに僕のほっぺたを尾っぽを使って往復ではたいてから、スイスイと泳いで行ってしまった。

「痛い……、なんで? ……怖い」

ぼくは何故にゆめちゃんがそこまで怒るのかわからないまま、ラプラスのぬいぐるみを握りしめた。そして女ってこわいと思った……。空魚1号は壁の隅に頭を向けて不自然に知らないそぶりを決め込んでいた。

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