第6話 サード ストライク2
翌日、小学校に登校するとすぐにぼくはあかねの席に直行した。昨日の不可解なゆめちゃんについて、同じ女であるあかねのアドバイスが欲しかったのだ。けれどあかねは朝から調子が悪そうだった。
「どうしたの? 」とぼくが言うと泣きそうな顔であかねが言った。
「昨日から熱っぽいの……。風邪引いたのかも……」
確かに顔が赤いし呼吸も苦しそうだった。そしてその時のあかねからは仄かに塩の匂いがした。
「あかね、保健室に行こう」
「うん……」
あかねは力無く頷く。こんなに弱っているあかねは初めてだった。ぼくはあかねの手を引いて保健室に連れて行った。学校の廊下の窓から見える空は夜みたいに真っ黒な雲に覆われていて、時たま、ゴロゴロと雷が唸っていた。
その時、ぼくの頬を何かが叩いた。そこには何も見えなかったけれど、たまたま空魚がぼくのほっぺたに当たったのだろう。1号はいつもぼくの頭の周りを旋回しているから。
……。
午後になってもあかねは教室に戻らなかった。
心配になったぼくは午後の授業が終わるとすぐに保健室へ向かった。あかねはこれまで健康が自慢で風邪なんか引いたことがなかった。恐るべき事にあかねは小学校1年から今日まで無遅刻無欠席だ。
そのあかねが体調不良って……。
もし早退しているなら教室の荷物を持って帰るはずだった。けれどあかねのブラウンのランドセルはロッカーに置きっ放しだった。あかねはまだ保健室にいる。
なんだか嫌な予感がした。
廊下の窓から見える空は相変わらず真っ黒で、小さな粒の雨が霧みたいに窓を濡らしていた。遠くで雷の落ちる音がする。
保健室の前に着いたぼくが引き扉に手をかけた時、何かがペチペチと頬を叩いた。透明になっている空魚1号だ。
「なんだよ? 」
ぼくは1号を実体化させた。1号は胸ビレをバタつかせて何かをぼくに伝えようとしていた。そういえば初めて空魚に会った夜、リビングで彼らは同じような動きをしていた……。
そしてぼくの頭に選択肢が浮かぶ。
1 今すぐ保健室に入る
2 ここで中の様子を伺う
3 先生を呼んでくる
答えは一瞬で決まった。
中にいるはずのあかねを放ってはおけない。
中に何かがあるのならすぐに助けなきゃ!
ゴクリと唾を飲み込んで、ぼくは慎重に保健室へ入った。
扉を開けると、部屋の中からムッとするような塩の香りがした。この匂い……、なんだか最近、別の場所でも同じ匂いを嗅いだ気がする……。
部屋を見回す。入ってすぐ右側には机と椅子がある。保健の先生はその机に突っ伏して寝ていた。この先生はかなりのおばあちゃんだったので、時間帯によっては昼寝をしている姿をよく見かけるけれど……、今日は何か様子が変だ。
「まさか……!? 」
ぼくは保健の先生に近づく。先生は口から泡を吹いて白目を向いていた。けれど荒い呼吸をしている。
「よかった……、生きてる……」
白衣から見える首筋に、紫色の斑点のような膨らみが見えた。
「何かに刺されてる……、蜂? 」
「早く誰かに知らせなきゃ」と思った時、部屋の奥にあるベッドから声が聞こえた。
「ぁぁん……」
これは……、あかねの声だ。
けれど……、声はやけに悩ましい感じだった。
普通では無い空気を感じたぼくは、白い布でできたパーテーションの陰から、そっと声が漏れてくるベットの様子を盗み見た。
そこには半裸のあかねがいた。
上半身の服はキャミソールごと首元までたくし上げられ、膨らみかけたささやかな胸が見える。下半身はまるっきり裸だ。ベットの側にあかねが履いていたベージュのスカートと下着が落ちていた。あかねは保健室のベッドの上で、裏返ったカエルのような格好をして悶えていた。
「んん……、はぁぁ……」
あかねは艶かしいため息を漏らしていた。
これって……!?
初めはあかねがオナニーしているのかと思った。けれど不思議なことに、あかねの手は自分の体に触れていない。それどころかあかねの両腕は頭の上で縛り付けられているみたいに固定されていた。けれどあかねの小さな胸は、まるで誰かに揉まれているみたいにグニャりとへこむ。ガニ股に開いた足の付け根……、ヌルヌルした透明の液で妖しく光るおまんこは、何かに押し開かれているみたいに膣の中までハッキリと見えた。
それはまるであかねが透明人間に犯されているみたいだった。
「ああぁぁ…….、はぁぁぁ……」
あかねは何も体に触れていないのに、いやらしい吐息を繰り返していた。頬は桜色に染まって、うっとりとした表情で目を閉じている。犯されていると言うよりは好きな人に抱かれているみたいな雰囲気だ……。あの真面目なスポーツ少女のあかねが、こんなにエロいなんて……。
あかねのいやらしい姿を見て、ぼくのちんちんはムクムクと膨らんでいった。
ど、どうしよう……。選択肢は3つ。
1 あかねに声を掛ける
2 あかねを犯している何かを引き剥がす
3 様子を見る
ぼくはどうしたらいよいか分からなくて、とりあえず「3」を選び様子をみる……。
あかねの小さな胸はムニュムニュと歪み、大きく開かれた脚の付け根からは、グチュグチュと溢れる粘液が音を立てている。
「あははぁぁ……」
体がガクガクと震え出して、あかねの足の指が何かを掴むようにパクパクと開く。腰は八の字を描くようにいやらしくクネっていた。
「あぁぁ! あっ! あっ! 」
あかねの声と呼吸がどんどん荒くなる。首まで真っ赤になって喘いでいる……。
そしてぱっくりと開かれている膣から、突然、銀色の液体がドバッと溢れ出した。
「はあぁぁぁぁ! 」
その瞬間、あかねがひときわ大きく喘いで痙攣した。腰が空中に浮いて背中が弓なりに反る。
「グギュュ……」
「あはぁぁぁぁ……」
あかねの喘ぎ声に混じって、不気味な唸り声みたいな音がした。
あかねの体は何かから解放されたように、ドサっと保健室のベットに投げ出され、グッタリと動かなくなった。
ふいに、保健室の窓から日の光が入ってきた。空は濃いグレーの雲に覆われているのに、雲の切れ間から、まるでスポットライトが当たるみたいに光が差した。そのレーザービームみたいな光に照らされて、徐々に……、あかねに覆いかぶさっていたものが浮かび上がってくる。
それの輪郭は、空魚みたいに透明から半透明へと明滅を繰り返していた。それの頭は赤ちゃんのふっくらした掌のような形をしていた。頭の中心には人間の目によく似た形の瞳が1つだけ。大きな頭から伸びる小さくて丸い胴体からは、つるりとした触手がいくつも生えていた。それの全体的なフォルムはクラゲに似ていたけれど、頭の形が掌のようなので、まるで子供用の手袋からクラゲが生えているみたいに見えた。体のサイズはあかねより少し小さいくらい。
人の子供くらいの大きさがある化け物が、ヌッと保健室のベッドに佇んでいた。クッキリとした太陽の光を浴びて、化け物の半透明の体はキラキラと銀色に光っていた。
不気味だった。ひどく異質だった。この世のものじゃないその姿に鳥肌が立つ……。
あかねの膣には、そいつの下半身から伸びた触手の1つが深々と刺さっていた。挿入された触手はポンプのようにドクドクと脈動して、何かをあかねの中を放出している……。
「バンン!! 」
突然、ぼくの背後で何かが破裂したような音がした。
びっくりして振り返ると、椅子に突っ伏していた保健のおばあちゃん先生の上半身が、グチャグチャに弾け飛んでいた。あたりの壁には飛び散った赤い肉の破片が付着している。椅子には真っ白な背骨と無傷の下半身が残されていた。
「うわぁぁ! 」
ぼくは思わず悲鳴を上げた。
その声でクラゲの怪物がこちらを見た。
「あっ……」
ぼくと化け物の潤んだ一つ目の視線が絡む。
長い睫毛の生えたその瞳が見開かれ、瞼がピクピクと震える。化け物クラゲの頭にある5本の指みたいなものが、まるで握りこぶしを作るような動きをした。
「シャッ!」
化け物クラゲの下半身にある触手の一本が、ヘビのような動きで、すばやくぼくに迫ってきた。ヌルヌルとした触手はあっという間にぼくの首に巻きついて、すごい力で首を締め付けてきくる。
「うぐっっ……」
ぼくは呻いて手足をバタバタさせる。
く、苦しい……!
あっという間に意識がスーッと遠のいていった……。
「グバァン! 」
突然、首に巻きついていた触手が外れてぼくは空中に投げ出された。
「ギャァァ!」
同時にあかねが狂ったような悲鳴を上げた。
「ゲホッ! ゲホッ! 」
ぼくは咳き込みながら顔を上げる。
そこには空魚1号がいた。
1号の羽のような胸ヒレは刃物みたいに尖ってキラリと光っていた。ぼくの首を締めていた触手を1号がそのヒレで切断してくれたのだ。
クラゲの化け物は触手の先端を揺らせて空魚1号を威嚇している。
「ぁぁぁぁ……」
あかねは涙を流しながら丸くなって震えていた。
おかしい……、なんであかねが苦しんでいるんだ?
ま、まさか……!?
ぼくは試しに空魚に攻撃を命令する。
すぐに1号は空中を素早く泳いでクラゲの頭に生えている指のようなものを鋭いヒレで切断した。
「グギョョ!!」
「ギャッ!! 」
化け物とあかねが同時に絶叫した。
「グボッブブッッ……」
クラゲは奇声を上げてあかねを抱え上げると、逃げるように天井の隅に張り付いた。
やっぱり……そうだ。最悪だ!
あかねとクラゲの化け物は繋がっているんだ。このクラゲを攻撃すると、なぜかあかねにもダメージがいっちゃう……、これじゃ、助けられない!
ぼくは苦々しくクラゲの化け物を睨む。
すると天井の隅にはりついた化け物クラゲは、まるであかねを盾にするように自分の前に抱きかかえた。
こいつ、こっちがあかねには攻撃できないことに気がついた!?
「グポポッ……」
化け物は奇声を上げると、触手であかねの足を大きくV字に開かせ、別の触手をあかねの膣にねじ込んだ。
「いゃぁぁ……」
クラゲはまるで見せつけるようにして、あかねのおまんこに挿入した触手を上下させる。
あたりには「ヌチャッ! ヌチャッ! 」と艶かしい音が響く。
「うぁぁ……」
あかねが呻いた。
ぼくは思わず目を背けた。目の前で親友が陵辱されているのに何もできない!!
「やめろよ……」
ぼくは化け物を睨んだけれど、化け物の動きは止まらない……。
すると、あかねが弱々しい声で言った。
「す……、い君? ……た、……すけて……」
「あかね!! 」
あかねには意識があるんだ!
早くあのクラゲをあかねから引き離さないと……。
ぼくの気持ちを知ったか知らずか化け物はこれ見よがしにあかねを犯し続ける。
「ああっ!? あっ、……ああぁぁぁ、あはぁ、ああ、だ、だめぇぇ……、あっ! あっ! すい……、くん……、きもちぃぃ、……いいのぉぉ、……た、たすけぇぇ、……あぁぁ、……だ、だめぇぇ」
あかねの開かれた股の間には、代わる代わるぬるねるした触手が挿入された。触手はしばらくあかねの膣を犯すと銀色の液体を吐き出した。そしてすぐに次の触手があかねに挿入される。
こんな状況でもあかねは感じていた。頬は真っ赤に染まり、だらし無くひらいた口からはヨダレと喘ぎ声が漏れている。
「ヌチャ……、ヌチャ……」
保健室にはいやらしい音とあかねの悩ましい喘ぎ声だけが響いている。
「あはぁぁ! ふっ、ふっ、ふあぁぁ! 」
化け物は悠然とあかねを犯し続け、あかねは気が違ったみたいに喘いだ。
「あっ!? ……ああっ! 」
不意にあかねの喘ぎが変化した。
それから彼女のお腹が風船みたいにどんどん膨らんでいく。
「あはぁぁ! い、いや……! な、何か……、でる……、あああっ!……いや!……出てちゃぅぅ、ああああっ! やぁぁぁぁ! 」
あかねの絶叫とともに、膣からドバッと銀色の液体が噴き出した。
「ボンっ! ボンっ! 」
溢れ出る液体とともに、あかねの膣からはキラキラ光る丸い玉のようなものが次々と放出されていく。丸い玉は空中に浮かんだまま小刻みに震えていた。
そしてそれはだんだんと形を変えて、やがて小さなクラゲの姿になった。丸い球は次々にクラゲの化け物に変化していく。
あれって……、化け物の卵!?
あかねは化け物の子供を出産していた。
化け物クラゲの子供達には、親にある不気味な1つ目がなかったけれど、頭の形はあかねを犯しているクラゲにそっくりだ。
ぼくは呆然とあかねの姿を見つめる。あかねは足を大きく開かされたまま、ビクン、ビクンと痙攣していた。ぼくの体は石になったみたいに硬直している。
生まれたばかりの化け物の子供はフラフラと空中を彷徨い、頭についた五本の指のようなものをユラユラと動かしている。奴らを見ていると真っ黒な気持ちが湧き上る……。
パンパンに膨らんでいたあかねのお腹は空気が抜けるみたいにしぼんでいった。
「ふっ……、ふっ……、ふっ……」
あかねは体を痙攣させて放心している。
けれどクラゲの化け物は、グッタリしたあかねの腹を触手で容赦なく叩いてえぐった。
「ウグッ! 」とあかねが呻く。
あかねの股の間からドロっとした液体と一緒に白に近い銀色の玉がコロコロと吐き出されていく。
ぼくの心が暗く、黒く染まっていく……。
やがて……、あかねの膣が中のものを全て吐き出すと、クラゲの化け物はまたあかねの股の間に次の触手を挿入した。
「ああっ!? ……あぁぁ、……いや、……もう、いや……、やめて……、あぁ……、あはぁ……」
あかねは弱々しくうめいて涙を流す。
「あか……、ね……」
ぼくは目の前で犯されているあかねを助けられない。ぼくには何もできない。頬を涙が伝った。泣いている場合じゃないのに……、ぼくは……、無力だ。
あかねは必死に首をこちらに向けてぼくを見る。そして震える声で言った。
「こ、……ろし、……て。……すい、く……ん、ころし……、あぁぁ……、あぁぁぁ」
「……! 」
あかねの潤んだ眼差しが刺さる。それは僕の中にある何かのスイッチを押した。頭の中で何かが弾けた。指先に力が戻ってくる……。
ぼくの気持ちに呼応するように側にいた空魚1号がブルブルと震える。羽のようなヒレは突然分裂して2枚から4枚に増えた。それから4枚の羽はゆっくりと厚みをましていき、側面に発射口のような穴ができる。
1号はクルリとぼくの周りを回ってから、ぼくの正面で止まった。1号は攻撃命令を待っている……。頭に選択肢は出なかった。
ぼくは空魚1号に攻撃を命令した。
すぐに1号のヒレにあいた穴から「シュッ、シュッ」と何かが次々に発射された。
「グバッ! グバッ! 」
1号から発射される見えない弾丸は、化け物クラゲとあかねを容赦なく貫いた。弾はまるで機関銃のように次々と発射され、クラゲとあかねの体はあっという間に穴だらけになった。体中に空いた風穴から透明の何かが噴き出している。
「グポポッ!! 」
化け物が悲鳴を上げる。やがて化け物クラゲの体に空いた穴から白い煙のスジのようなものが立ち上る。その煙はクラゲの体の至る所から漏れ出している。そして化け物の頭のてっぺんから、一際太い筋が空中に向かって伸びていく。同時にあかねの頭のてっぺんからもら同じような白いモヤが一筋立ち上る。
「シュ! シュ! シュ! 」
空魚1号は容赦なく見えない弾丸を撃ち続けた。
ぼくは拳を握りしめて、あかねとクラゲがボロ切れみたいに穴だらけになるのを見つめた。
目を逸らしちゃダメだ。これはぼくが自分の意志でやっている事……。自分の選択に責任を持たなきゃ……。
「グババババッ……」
傷だらけの化け物はズルズルと壁をずり落ちていく。壁には化け物のネバネバした銀色の体液が飛び散っている。
「グギュュ……」
崩れ落ちるクラゲの化け物は、頭の真ん中にある1つ目から銀色の涙を流した。
そこを狙えと1号に命じる。
その瞳を1号の弾丸が貫く。
「バンンッ! 」
化け物の大きな頭が爆発するみたいにぐちゃぐちゃに弾け飛んだ。
「ゲホッ! ゲホッ! 」
あかねが口から血を吐き出してベットの上に転がった。
「あかね! 」
あかねに駆け寄り抱き上げる。体中に穴が空いているのに、傷口からはほとんど血が流れていなかった。
あかねは弱々しくぼくの胸に手を添えて言った。
「あり……、が……、と……」
ぼくは首を振ってあかねの名前を呼ぶ。
「あかね……、あかね……」
お礼を言われるような事はしていない。ぼくはあかねを助けるどころか、攻撃してしまった……。あかねをこんな風にボロボロにしたのはぼく自身だった。グワっと目頭が熱くなってまた涙がこぼれそうになる。
けれどあかねは苦しそうな表情で首を振った。
「うう……、うん、あり……、がと……、すい……、君……。気を……、つけて。メデューサは……、他にもい……、る……」
そう言ったあかねは短く痙攣した。
あかねのつむじ辺りから立ち上っていた白い煙が唐突に途切れる。するとまるで電源を抜かれたように、あかねの体がダラリと弛緩した。
「あかね!? ……あかね! あかね!! 」
幾ら呼んでもあかねは返事をしなくなってしまった。
ぼくは震える手であかねの肩を揺する。あかねの首が不自然に揺れている。自分の手が激しく震えて、あかねはぼくの手から滑り落ちて床に転がり落ちた。壊れた人形のように手足が無造作に投げ出される。
「あかね……、あかね……、あかね……」
あかねの身体中に空いた穴から、急に血が吹き出して床を赤黒く染めていった。
「クキュ……」
「クキュ……」
ぼくの周りには、さっきあかねがメデューサと呼んだクラゲの子供達がフワフワと浮遊しながら取り囲んでいた。
彼らはそな小さな触手を尖らせて、ぼくを刺そうと様子を伺っている。彼らの敵意をはっきりと感じた。
「クキュ……」
「クキュ……」
「クキュ……」
奴らが近づいてくる。
けれどぼくの体は動かない。ぼくは穴だらけになって床に転がっているあかねをただ見ていた。
ぼくの心は空っぽになってしまった。体の真ん中にとても強力な掃除機があって、それがぼくの中身をあらかた吸い取ってしまったみたいにぼくは虚だった。
何も考えられない。選択肢は出てこない。
目の無いメデューサの子供達はぼくのすぐ鼻先まで迫っていた。
「クキュ……。クキュ……。クキュ……。クキュ……。クキュ……。クキュ……」
メデューサ達がその触手を一斉に掲げる。
空っぽの頭の中に不意に一つの映像が浮かんだ。
それは大人になったぼくとあかねが仲良く手を繋いで歩いている姿だった。この先、決して訪れない未来のイベント……。
もう全てがどうでもよくなって、ぼくは目を閉じた。
「グシャャャ!!! 」
突然、ぼくの周りのメデューサ達が次々に破裂していった。
ビックリして目を開けると、そこにはゆめちゃんが立っていた。ゆめちゃんの隣には空魚2号が浮いている。2号はロケットのような鼻先にノコギリみたいなツノを生やしていた。
「すい君!! 」
ゆめちゃんは駆け寄ると、ぼくを強く抱きしめた。ゆめちゃんの柔らかい胸とブラジャーの感触。柔らかくて……、そして熱いくらいの温もりを頬に感じた。
「すい君! 大丈夫? 」
「ゆめちゃん……。ゆめちゃんが……、どうして……? 」
「2号に呼ばれたの。この校舎の中は酷いことになってる! 早くここから逃げなきゃ! 」
ぼくはぼんやりとゆめちゃんを見つめ返す。
ぼくの表情を見たゆめちゃんはハッとして辺りを見回した。
そこには半裸で穴だらけになったあかねの死体。そして崩れてグチャグチャの塊になったメデューサが転がっていた。
「すい君……」
ゆめちゃんはぼくの頬っぺたに両手を添えてぼくの顔を覗き込んだ。
ゆめちゃんの顔を見たら、ぼくの中で何かが震えた。空っぽの心に小さな火が灯る。
「あかねが……」
ぼくは言葉に詰まって泣き出す。ゆめちゃんはギュッとぼくを抱きしめた。ゆめちゃんから仄かに甘い香りがした。
ぼくはゆめちゃんの胸で泣いた。涙の温度とゆめちゃんから伝わる温もりが混ざり合って溶けてゆく……。ゆめちゃんの心臓がドキン、ドキンと鼓動する度に、空っぽの心に暖かい何かが注がれていくみたいだ。
あったかい……。
ぼくはこの時のゆめちゃんの鼓動と温もりを絶対に忘れない。
そうして、しばらくゆめちゃんに抱かれていたら、体の奥の方から気力が湧いてきた。指先にまた力が戻ってくる。
そんなぼくにゆめちゃんは言い聞かせるように囁いた。
「すい君、走れる? 」
「うん……」
ぼくは身体中の力をかき集めて立ち上がった。大丈夫……、立てる。走れる。
「行こう」
そう言ったゆめちゃんは、ぼくの手を握ると走り出した。
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